黎明の預言者
「おお、戻ってきた! 先ほど雨が降ると預言した方だ!」
広場には、先ほどダンが救助した生存者たちが固まって座っていた。
その他にも、ダンが瓦礫から引き摺り出した者や、火災の中から助け出した者。
それらが全員広場に固まって座っていた。
そして、付け火した張本人たちである聖職者や聖堂騎士たちも 恐らくノアが操作したのだろう、ぼへっと心ここに在らずと言ったふうに広場の隅に座らされていた。
『皆無事か? もうじき雨が振り止むころだ。火も消し止められたし、ここで待っていれば安全だろう』
ダンはそう言って空を指さす。
するとそこには――とずずず、と黒雲が動き、空から晴れ間が垣間見える。
避難民たちはそれを見上げて、おお、と歓声を上げた。
「こ、これはあんたが……い、いや、貴方様が!?」
『まあそのようなものだ。そして皆、集まったところで少し聞いて欲しい。何故こんな事が起きたかと言うことを』
ダンはそう前置きしたあと、ことのあらましを説明する。
この都市の人々は非常に信仰心が厚い。神の名の下にこの聖都の繁栄があったのだから無理もないだろう。
故に納得させるにも、ただ道理を諭すより、宗教的な神や悪魔と言った迷信を交えた方が効果的であるとダンは判断した。
『一言で言うならこの都市は呪われていた。君たちが崇めていた主神は本当は悪魔の使いで、使っていた魔法は邪悪なものだ。それを証拠に、魔法を使える洗礼を受けた者たちは、今や悪魔に魂を取られて抜け殻になっている』
そう言って、ダンは広場の端でぼんやりと空を眺めている、聖職者や聖堂騎士団を指さした。
「そ、そんな、まさか主神がそんなものだったなんて……!?」
『事実だ。故に彼らは、魔法を使える聖職者たちを操って、君たちに牙を剥いた』
「で、ですが……なぜ突然そんなことを……?」
『私を恐れたからだろう。真なる神の使者たる私が来たことで、正体が露見することを恐れた彼らは、目眩ましに聖職者たちを操って都市に火を放って逃げおおせたのだ』
ダンはそう言い放つ。
この西大陸から奴隷制度を無くす為には、少々芝居がかった物言いも必要だと考えた。
聖都の者たちは非常に信心深い。故に彼らの考えを矯正するには、別の宗教で上塗りする必要があると感じられた。
嘘も方便と言うやつである。
「なっ、だったら、あんたさえ来なければ……!」
『――良かったというのか? このまま悪魔に支配されて、邪悪な教えて魂を堕落させていても。言っておくが、私は君たちを純粋な被害者であるとは微塵も考えてはいないぞ』
ダンは被災して消沈する避難民たちにそう言い放つ。
「な、何故だ、我々は敬虔に神を崇め……!」
『偽りの神を崇め、偽りの教えに身をやつし、多くの者を傷付けてきただろう? この場で純粋な被害者と言えるのは、森から無理やり連れてこられて、こんな事態に巻き込まれたこの子たちだけだ』
ダンはそう言って、自らが引き連れている、異種族の子供たちを指して言った。
「し、しかし、教会の教えでは、亜人を奴隷として扱うのは、来世に人間にさせるための良い行いと……!」
『だからこんな年端も行かぬ子供たちを鎖に繋ぎ、痩せ細るまで飢えさせ、奴隷としてこき使っていたというのか? 馬鹿が、それこそが悪魔の教えだと言うのだ!』
「…………!」
ダンがそう声を荒げると、避難民たちは震え上がって身を寄せ合った。
『自分たちは亜人を奴隷にしても良いなど、とんだ傲慢だ! 神は命の価値に上下など付けない! 全てが等しく対等だ! お前は神を愚弄する気か!?』
「い、いや、そんなつもりは……」
『見ろ、この子を! 奴隷商人に両手足を砕かれ、生意気だからと舌まで抜かれているのだぞ!? これが神の都だと、我らの神の正しき教えだと、本当の神の前で胸を張って言えるのか!?』
「…………!?」
そう糾弾して少女を前に翳すと、それを見た避難民たちは、ひっ、と小さく悲鳴を上げて縮こまる。
『分かるか? この都は呪われている。一見優美で栄えているように見えて、その下は奴隷たちの血と涙と臓物で淀んでいる。聖職者たちは民衆からの献金で私腹を肥やし、奴隷制度を広めていた。民衆は奴隷同士を殺し合わせて、それを見せ物にして金を賭けて遊んでいる。これの何処が聖なる都なんだ? 私が来たからではない、悪の都は悪によって滅びた。あなた方の悪徳の清算の時が今だったというだけに過ぎない』
「…………」
ダンのその突き刺すような正論に、避難民たちは黙り込む。
しかしやがて――一人の男が地面の石を掴むと、あろうことか広場の隅で固まっていた、聖職者たちに向かって石を投げ始める。
「お前たちのせいで! お前たちが嘘を広めて、挙げ句に火を付けたせいでこんな風になったんだ!」
「そうよ、あんたたちさえ居なければ、この都はこんな風には……!」
そう言って、避難民たち口々に聖職者たちを罵りながら幾度も石を投げつける。
教皇を含む立派な身なりをした聖職者たちは、それをぼへっと気の抜けた顔で受け止める。
しかし、その時――
『やめろッ!!』
ダンの怒声が響き、避難民たちの投石がピタリと止まる。
『まだ罪を重ねるつもりか? 言ったはずだ。既に彼らは抜け殻に過ぎないと。今や彼らの魂は今や悪魔に囚われ、永劫の苦しみを受けているだろう』
「で、ですが……」
『――だが、君たちはまだ間に合う。今ここに私が来たことは、悔い改める最後の機会なのだ。神はまだ君たちのことを見捨ててはいない。今からでも皆で助け合い、正しく生きればここは本物の聖都になるだろう。その為には――』
『――騙されてはなりませんよ』
ダンがそう演説していると、広場の女神像から突如として声が響く。
「!?」
「しゅ、主神が……!?」
『その者こそまさに悪魔の使いなのです。教会の教えを疑ってはなりません。あなた方は神に選ばれた民であり、亜人を奴隷に使うのは神に与えられた権利なのです』
そう女神像は告げる。恐らく内部に通信装置でも埋め込んで、天啓を装っていたのだろう。
ダンが民衆を掌握しようとする所を見て邪魔しに来たらしい。
「め、女神様……! では何故、教皇猊下たちはあのような酷い真似を!」
『それこそが悪魔の罠なのです! 彼らはそこの悪魔の洗脳を受けました。それによって聖都の民を虐殺するよう仕向けられたのです。見なさい、あの邪悪な異形の姿を! あれが神の使いなどと――』
『全員、噴水から離れろ!』
ダンがそう声を荒げると、民衆たちは驚いて一歩後ずさる。
そして次の瞬間――
ドンッ!
と地鳴りのような音とともに、女神様に落雷が直撃して、辺りに爆散する。
付近の避難民たちに誘雷はしなかったものの、老人などは驚いて腰を抜かしてしまった。
「い、今のは……!?」
『ジ……ジジ……ア……ギ……』
『馬鹿め。天の雷を受ける神などとんだお笑い草だ』
ダンはそう冷淡に言い放ったあと、女神様の残骸の中から、小さな機械を取り出す。
『見ろ。これが先ほど聞こえていた女神の声の正体だ。このちっぽけな小細工から声を響かせ、神の声を装っていたにすぎない』
『ジ、ジジ……ア……ギ……』
通信装置は、先ほどの落雷で壊れたのか、ノイズ音を出しながらバチバチと音を立てている。
「こ、こんなちっぽけな、怪しげな道具が……神の声の正体だと言うのですか!?」
『そうだ。奴らはこれに遠くから声を吹き込み、天啓を装って民衆を操作していた。……そうだな? 魔導の御子アストリンよ』
『ジ……ジジ……おのれ、マルドゥリン…………』
そう最後に言い残したあと、通信装置は煙を吹いて完全に沈黙した。
「なんということだ……魔導の御子アストリンということは、我らはまんまと幽冥の主の走狗となっていたのか……」
『そうだ。奴らは神を装い、君たちに悪魔の教えを守らせて操作していた。奴隷を使ってもいい、誰かを騙してもいい、奪って搾取してもいい、神が許してくれるなどと言った教えは、全て悪魔の甘言だ。……だが君たちはまだ間に合う』
ダンはそう言ったあと、手を振り上げて宣言した。
『――ここから新しく、本当の聖都を始めるのだ! 種族や身分の垣根なく、全ての者が手を取り合い、分け合い、助け合う真の聖なる都を! 君たちは奪われたのではない。その新たな都の礎として、神から栄誉ある役目を授けられたのだ!』
そうダンが宣言した瞬間――薄暗い雲は一気に晴れ渡り、中天の日がキラキラと半壊した聖都を照らす。
その光景はあまりに鮮烈で眩く、恐怖から逃げ惑っていた聖都の民たちは、ダンの姿に希望を見出して思わずその前に膝を付いて涙した。
それはまさしく聖典の一節のようであり、神話の始まりを予感させるものであったが、実際には詐欺師から詐欺師へと頭がすり替わっただけである。
実際にはダンは神の使いなどではないし、神の声を聞いたこともない。
ただ天候操作で神の奇跡を演出して、言葉巧みに民衆を誘導しているだけなのだ。
それでもダンには差別を無くしたい、奴隷制を無くしたいという純粋な意図がある。
故に欺瞞を承知の上で、ダンは自身を預言者として位置付け、善なる詐欺師として民衆をより良い方向にコントロールすることを決めた。




