天雷
『…………!』
ダンはその余りの轟音に思わず顔を顰める。
今まで見たことがないほどに巨大な落雷だった。
あの巨体が丸ごと稲光に呑まれる程の太い雷は、その骨の体を焼き貫いて地面にクレーターを形成するほどの衝撃を与えた。
まさしく神の一撃というに相応しい威力であった。
「カッ…………!」
巨大髑髏は、骨同士を擦り合わせそう奇妙な音とも付かぬ声を上げたあと、ゆっくりその身体を傾かせる。
――そして、ボロボロと末端から崩れ、大量に粉々の人骨をばら撒きながら完全に沈黙した。
『……よく考えたらこれ、稲作にも使えそうだな。雨を降らせて、雷で空気中の窒素と化合させたら肥料要らずかも知れん。今度鬼族の畑で試してみるか』
ダンは場にそぐわない変に所帯じみた事を考えながら、ジェットパックを吹かして人間たちの前に降り立つ。
『貴君ら、怪我はないか?』
「あ、ああ……だが、貴公は一体……!?」
『私の名は"ゾディアック"。まあ魔術師のようなものと思ってもらって結構だ。私の任務は幽魔を討滅することだ。貴君らと事を構えるつもりはない』
ダンはそう言うと、身を翻してジェットパックを吹かす。
『では私はこれで。済まないがあの骨の処分は貴君らに任せたよ』
「ちょ、ちょっと待て! せめて一旦、詰所で話を!」
『悪いが断る。まだ他にも幽魔に襲われている場所があるんでね』
そう答えるや否や、ダンは地面を飛び立って空中で船のハッチに飛び込んだ。
「ノア、戦況は?」
『南大陸はこれで平定できた模様ですが、東大陸では未だに緊張が続いています。海中ではほとんど全ての幽魔を殲滅出来たとの報告が上がってきています』
「そうか、皆よく頑張ってるな。後で労ってやらねば。……となると西大陸だな。エデンの様子が気になる。聖都も未だ混乱が続いている頃だろう」
『了解しました。優先的にエデンに航路を取ります』
ノアはそう返答したあと、船を走らせる。
そのまましばらく進むと、眼下のエデンの様子がモニターに映し出される。
それは平穏そのもので、他の大陸が幽魔に襲撃されていることなど何処吹く風で、いつも通り平穏に過ごしていた。
ダンは一応武装したあと、外に出る。
「……ここはまるで変わった様子がないな」
「おや、イシュベールじゃないか。今日はどうしたんだ?」
ダナイーはダンの姿に気付くと、子供たちにお話ししていたのを中断して、こちらに歩み寄ってくる。
「どうしたも何も……今世界中で大半なことになっているのを知らないのか? 幽魔が侵攻して、至るところで混乱が起きている」
「ああ、それでか……確かここにも何匹か来たよ。シロクマさんたちが暴れて全部倒してしまったようだが。言っただろう? ここはニンフルサグ様の陽の気で満ちている。邪悪な幽魔は近付けないと」
「どうやらそのようだな……。それと、幽冥の主に関しては一つ君に共有しておかなければならないことがある」
「なんだい?」
「――幽冥の主はエンリルが創った魔物だ。どうやらエンリルが地上に復活することを目的として、混乱を巻き起こしているらしい」
ダンの言葉に、ダナイーははっと息を呑む。
「そんな……いや、しかしそうか。あの時か……」
そううわ言のように言うダナイーに、ダンは尋ねる。
「何か知っているのか?」
「五千年前のあの日……この地上から突如としてアヌンナキの方々が姿を消してしまった。空に大きな稲光が光ったと同時にな……もしかしたらあの時に何かあったのかも知れない」
「ニンフルサグは何も言っていなかったのか?」
「何も……ただ、自分が居なくなった後のことをよく私に教えてくれていた気がする。あの時の私はまだ苗木で、大して疑問に思わなかったが、あの方はこうなることを分かっていたのだろう」
「そうか……」
ダンはそう言って話を打ち切る。
これ以上は彼女も何も知らなさそうだ。
すっかり考え込むダナイーを他所に、ダンは平穏極まりないエデンを飛び立った。
* * *
モニターに映る聖都の様子は、まさに混沌の極みといった様子だった。
聖堂騎士団が剣を持って民衆に襲い掛かり、抗う術のない民衆は逃げ惑うことしか出来ない。
特権階級の聖職者たちは神の名のもとに魔法で街を焼き払い、美しく荘厳な建物が並んでいた聖都は火の海となっていた。
「これは酷いな……」
ダンは思わずそう零す。
別に好きな街ではない、奴隷制を肯定して、それを広めた点というではいっそ嫌いですらあるが、それでも目の前の悲惨さは目に余る。
少なくとも非武装の民間人と、奴隷にされていた異種族たちは早急に保護する必要がある。
ダンはそう思い、ハッチから地面に向かって飛び降りる。
聖都ではまさに阿鼻叫喚の様相を呈し、聖職者が信徒の一般民衆を虐殺するという異常な光景がそこかしこで見られた。
「神の名の下に矢を放てぇ!」
「うわああああっ! 騎士様たちが来るぞぉ!」
「騎士様、何卒お慈悲を! 私は常に多額の献金をし、一日たりともお祈りを休んだことはありません!」
身なりのいい商人らしき男が、剣を振りかざす聖堂騎士の前に跪きながら、必死にそう命乞いをする。
「バカめ! 魔法が使えない時点で貴様などただの劣等種! 神はお前のことなど虫けら程度にも思っていない!」
「そ、そんな……ぎゃあああああ!」
そう言って、聖堂騎士は一切の容赦なく男に向かって剣を突き立てる。
「神の名の下に火を放てぇ! この都市ごと神への供物とするのだ! イヒヒヒヒヒ!」
「教皇猊下の思し召すままに!」
そのすぐ近くでは、神官たちを引き連れた立派な身なりの老人が、狂った笑い声をあげながら家屋に火を付けて回っている。
聖都はもはや地獄となり、そこかしこで悲鳴が響き渡っていた。
「全員密集隊形! 前方の劣等種族に向かって突貫をかける!」
「ははーっ!」
「やめてくれえええ!」
「お前たちだけでも早く逃げろ!」
騎士団たちが、逃げ惑う民衆に向かって突進を掛けようとしたその時――
『全員、目を瞑って耳を塞げ!』
「…………!?」
ダンがそう叫んで、騎士たちにスタングレネードを投げ込む。
次の瞬間――パァン、と何かが張り裂けるような音とともに、辺りを眩い光が包み込む。
途端騎士たちは総崩れとなり、呻き、頭を抑えながらその場に倒れ込んだ。
『ノア、奴ら全員にナノマシンで無力化しておいてくれ。あと、消火のために聖都にだけ豪雨を降らせることは出来るか?』
ダンは目の前で轟々と燃え上がる家屋を見てそう指示を出す。
『可能です。また、聖教会中枢のコントロールタワーにアクセスしたところ、聖職者たちの暴走を促すウイルスプログラムを発見。それを排除した後にシステムを掌握。聖職者たちの魔法行使の権限を剥奪後、彼らの脳に直接アクセスし、沈静化に成功しました』
そうノアは淡々と報告する。
なんとノアはダンが一つの行動をする間に、即座に全ての問題を解決していたらしい。
見ると既に、先ほどまで暴れ回っていた聖職者たちが、その場に膝を付いて呆然と空を見上げている。
その相棒の優秀さに舌を巻くと同時に、ダンは後ろの避難民たちに声を掛けた。
『大丈夫か、怪我人は?』
「あ、ああ……大丈夫だ。助かったよ、あんた……」
ダンがそう声を掛けると、民衆たちはホッとしたように息を付いた。
『もう彼らが暴れることはない。私の方で意識を鎮めておいた。君たちはすぐに聖教会前の広場に避難しなさい。ここにいると火に巻き込まれるぞ』
「あ、あんたは一体……いや、でも、聖教会前だっていつ火の手が回るか……!」
『――今から私が雨を降らせる。それによって火は消し止められるだろう。それに、既に都市の外郭にも火は回り始めている。中央の広場に行くのが一番安全だ』
「…………!」
ダンは避難民たちにそう忠告すると、ジェットパックを吹かして聖都を上空から見やる。
黒煙が上がる聖都からは、所々から悲鳴や助けを呼ぶ声が響いており、未だ火災によって混乱は続いているようだった。
ダンはそれに向かってジェットパックを吹かしながら、徐々に雲行きが怪しくなってきている空の元で急いで人命救助に向かった。




