混沌の侵攻
『ここは私が引き受ける! あなたは子供たちを連れて早く向こうに逃げろ!』
「す、すまない、あんた! 恩に着るよ!」
子供を連れた若い父親らしき男を見送ると、目の前のスケルトンと地べたを這いずる人面タコたちの処理に取り掛かる。
かれこれこうして三十分は戦い続けて、ようやく終わりが見えてきた頃だ。
もうほぼ街の中の幽魔は駆逐し終え、住人もあらかた避難させた。
もうこの街は問題ないだろうと、ダンはあっさり目の前のモンスターたちを駆逐したあと、次の地点に向かうことに決めた。
『ノア、今何処にいる? この付近の掃討は完了した。次のポイントに向かう』
『……了解しました。ただいま沿岸部の人面の頭足類の形状をした幽魔を掃討中。あと五分ほどでそちらに合流します』
『なに、まだ終わってないのか!?』
ダンはその報告に少し驚く。
ノアならほんの十分ほどあれば十分対応可能な数だったはずだ。それがまだ終わってないということは、何か厄介なことでも起きたか、もしくは予想した以上に数が多かったのだろう。
『はい。二十メートル級の大型のもの十体、中型の十メートル級の中型のもの百体、五メートル以下の小型のものが三百体。それぞれが400キロメートルの沿岸部に沿ってバラバラに上陸してきた所を、本機が現在対応しております』
『なんと、想像以上の規模じゃないか。これは私たちが居なければこの国は滅亡していたかも知れんな……。他には見える範囲で敵は居ないのか?』
『沿岸部では。しかし中央部に向かって、高さ五◯メートル級の大型の人型生物が時速180キロで移動中。あと二十分足らずで中央の都市部に到達します』
『まだそんな大物が隠れていたのか……』
そんなことを言っている間に、ノアが沿岸部の掃討を終えてダンの元に戻ってくる。
ダンはハッチの開口部にジェットパックに飛び込むと、すぐさまその大型の人型巨人の追跡に向かった。
「他の場所の戦況はどうだ? イーラやドレヴァスたちはうまく抑えられてるか?」
『大陸南部はイーラ、カスパリウス、ドレヴァス三名と、黒妖族が連携して上手く押し返すことに成功したようです。また、西大陸ではエデンも攻撃を受けた模様ですが、ニンフルサグの展開した力場と、北大陸から来た森の動物たちが迎撃して事なきを得たようです。ただ、聖都内部では未だに混乱が続いているようです』
ノアの報告に、ダンはこれは全世界規模の同時侵攻であることに気付いて頭が痛くなる。
「そうか……聖都にはあまり思い入れがないからな。悪いが対応は後回しにさせてもらおう。とりあえずエデンが無事なら問題ない。東大陸は?」
『エヴァの報告によると、ロムール軍側は一度刃を交えた後、ティグリス川の向こう側にまで撤退。ロムール軍側はわずか二万五千。帝国側は十万人、更に五万の援軍も追加されるようです。……それとこれは未確認情報ですが……どうやら、帝国の第三皇子を名乗る人物が、ロムール側を経由して我が方に接触してきたようです』
「…………なに? 一体どういう了見だ、それは?」
ダンは、いきなりどう扱って良いのか分からないド級の手札が転がり込んできたことに、困惑しながら聞き返す。
『今回の戦争を聞きつけて、ロムール側に降伏の呼び掛けと調停の申し出に来たようです。これ以上余計な血を流したくないので、降伏してくれるなら属国としても存続できるように皇帝に掛け合うと』
「分からんな。典型的な欺瞞作戦だが……もし本物だとしたら使者として使うには身分が高過ぎるだろう。狂言で偽物を送り込んでくる攪乱作戦か?」
ダンは真意を図り兼ねて頭を悩ませる。
『いえ、エヴァの報告によると、この第三皇子を名乗る人物は本物のランドルフ皇子で間違いないとのことです。ただ、当該人物は本国では皇位を絶望視されており、公費で大陸中を飲み歩く、"バカ皇子"と噂されている人物でもあります』
「……なんでそんな人物が今回の件に首を突っ込んできたんだ?」
『不明です。ただ、ランドルフ皇子は帝国の皇族の中ではハト派であることが知られています。護衛も付けず、たった一人の侍従だけを付けてロムール側に接触してきたことを考えると、帝国軍とは関係なく単独で行動している可能性があります』
ダンはその言葉に、ますます真意が読み取れず悩む。
「何が狙いだ……? いや、まさか本当に戦争を止めたいがために、危険な敵国に身一つで乗り込んできたのか?」
もしそうなら、彼は噂に違わずバカ皇子だろう。しかし、ダン個人としては好ましい、骨のある人物であるとも言えた。
「ロムール側はなんと?」
『当方では戦線が激化する恐れがあり、万が一皇子が殺されるようなことになったら、取り返しが付かないことになる。なのでそちらで預かって欲しいとの事です。また、個体名:ガイウスより、船長なら良い案を出してくれる、と強い推薦があったようです』
「奴め……私は叩けばアイデアが出る打ち出の小槌じゃないんだぞ。まあいい、彼の身柄は私の方で預かろう。エヴァには最上位の護衛を付けさせて、魔性の森の者たちにはくれぐれも手出しするなと伝えろ。万が一があった場合は私が直々に処罰すると」
『了解しました。続いて、当該ポイントに到着致しました』
ノアのその言葉と同時に、モニターに外界の様子が映し出される。
「今度は巨大スケルトンか……骨ばっかりで芸のない奴らだ。まるでがしゃどくろだな」
ダンは映像の中で、南大陸の大都市に迫りつつある巨大髑髏を見てため息を付く。
恐らくあの先にあるのは、この国の首都だろう。
地面では軍隊が弓矢や投石機で抵抗しているようだが、まるで効いている様子がない。
このままではあの都市は蹂躙されてしまうだろう。
「ノア、私はハッチから出て、奴にグレネードで応戦する。君はここから弾の雨を降らせてやってくれ」
『了解しました』
ダンはそう言うと、ハッチから外に飛び出してジェットパックを吹かしながら、巨大髑髏の周りを旋回する。
近くで見てみると、それは大きな一人分の髑髏ではなく、何千何万もの無数のスケルトンが集まって、一つの巨大なモンスターを形作っているようであった。
『なんと悪趣味な……これでも喰らえ!』
ダンはそのぽっかり空いた眼窩目掛けて、グレネードを時速二◯◯キロを超える剛速球で投げ込む。
途端、内部からバキャ、と音を立てて弾けるような音が響くも、破壊した部分を即他のスケルトンで埋めて、髑髏は大して応えた様子もなく、淡々と歩を進め続けている。
『参ったなこれは……グレネードがいくつあっても足りんぞ。かと言って、核や反物質なんか使うと都市ごと巻き込む可能性がある……』
ダンは目の前の巨大スケルトンを前に攻めあぐねる。
良くも悪くもダンの持っている兵装は戦術レベルの物が多く、都市部や人里付近では使えないものが多かった。
元々資源採掘時に小惑星などを破壊するための装備なので、都市に向かって歩く巨大髑髏を倒すなんて特殊過ぎるシチュエーションに適した装備など持っていなかったのだ。
――しかしそんな時、ノアから通信が入る。
『提案します。山の館で取得した天候操作のシステムを使って、対象に落雷を落としてみては如何でしょうか? 落雷は全身に浸透するので、一部ではなく全体を破壊するのに適しています。また、周りの環境への影響も限定的です』
「なるほど……確かに。だが、そんなに上手く直撃させられるのか?」
『可能です。五分ほどナノマシンの招集と蓄電に時間が掛かります。準備が出来次第カウントダウンを開始します』
ノアからそう言われ、ダンは眼下の人間たちにジェットパックで近付き呼び掛ける。
『貴君ら、悪いことは言わんから今すぐ身に着けている金気のものを外しておけ! 今からあのデカブツにどデカい落雷を落とすぞ!』
「な、なんだ貴様は一体! あの化け物の仲間か!?」
ダンがそう忠告するも、相手も殺気立っているのか、まともに聞く気はない。
それどころか、ダンに向かって矢を放って来る者すら居た。
『今そんなことを言い合ってる場合じゃないだろう! 見ろ、あの空を!』
ダンがそう言って指差すと、先ほどまで晴れ渡っていた空に不自然なほど黒雲が集まって、巨大髑髏の上にぐるぐると渦巻き始める。
そしてノアがホログラムで描き出したのだろう。黒雲には、巨大で複雑な魔法陣――即ちナノマシンの配列を示す電子回路が、幾重にも紋様のように光で描かれていた。
「な、なんだあれは……!?」
「おお、神よ……」
『いいか、今からあの髑髏を一発で吹き飛ばすほどの巨大な雷鎚を落とす! だが、この距離だと貴君らも巻き込まれる恐れがある! だから今すぐ、剣や鎧などの金属製のものを外してここから早く逃げろ! さもなくば誘電して一緒に黒焦げになるぞ!』
「…………!」
ダンが全隊に響くほどの大声で怒鳴ると、流石に恐れが出てきたのか、兵士たちは我先にと鎧と剣を外してその場から逃げ去る。
流石に目の前で空の異常な様子を見たら信じざるを得なかったのだろう。
『カウントダウン開始、10、9、8、7……』
周囲の人間たちが退避したところで、ノアはカウントダウンを始め、より激しく空の黒雲が異常な速さで渦巻き始める。
――そして、バチバチと中央から、閃光とともに張り裂けるような音が響き渡った。
『2、1……0、発射』
ノアがそう告げた瞬間――周囲がカッ、と真っ白になるほどの強い光が放たれる。
そして次の瞬間――
ドン!!
と大地を震わせるような轟音と同時に、雷霆が髑髏の脳天から大地に至るまで焼き貫いた。




