動乱
ダンがジェットパックで船に戻ると、特に異常はなく、周りから敵が押し寄せてくる気配もなかった。
「考え過ぎだったか……?」
ヘルメットを外しながらダンはそう言う。
ひとまずやる事は終えたので、魔性の森に帰還しようかと考えた、その時――
「――船長、白き館、水の館、天の館それぞれから、同時に通信が入っています」
「何? すぐに繋いでくれ!」
ダンが妙な胸騒ぎを感じながらそう指示すると、休憩室のホログラフィックパネルに、ノアの三人の"妹"の姿が同時に表示された。
『パパ!』
『お父様!』
『やっと繋がった! 大変なんだって!』
「どうした? 何があったんだ!?」
そのただならぬ様子に、ダンはそう尋ねる。
『幽魔とかいう変な化け物がうちの施設目掛けて大量に襲いかかってるんだよう!』
『うちも……同じ……変な人面のタコ、みたいなのが本体に張り付いてくる……しつこい……』
『うちはなんか帝国が南下して、ロムールに侵攻始めてるよ! 十万人くらい来てる! 加勢しないとヤバいかも!』
「何!? 帝国が動いていたのか……何故もっと早く報告しない!」
ダンはそうエヴァに声を荒げる。
『通信しようにも人工衛星に異常が出てしばらく繋がらなかったじゃん! パパが使ったんでしょ、核兵器!』
「あ、ああ……そうか、そうだったな、すまん」
そう正論で詰められて、ダンは謝罪する。恐らく電磁パルスで人工衛星になんらかの通信異常が起きていたのだろう。
『謝ってる場合じゃない……どうする? このままだといっぱい死んじゃうかも……』
「……幽魔に襲われているところは、お前たちの迎撃装置でどうにか対処できないか?」
『うちの周りは、黒妖族の子たちと、新しく加わったあのメラメラくんとヒョロヒョロくんが頑張ってるよ! 海沿いの方はあのちっこいお姫様が頑張ってくれてるみたい!』
そうアナが言うと同時に、モニターに現地の様子が映し出される。
そこには、ズラリと戦列を並べて襲いかかってくる、髑髏の兵隊たちを前に、カスパリウスとドレヴァスが突っ込んで、暴れまわっている所であった。
そして、取り漏らしたものを黒妖族が弓矢やククリナイフで仕留める。なかなかいい連携が出来ているようだ。
海沿いでは、全長二十メートルはある巨大髑髏に、イーラが一人で立ち向かっている。
だが、ダンが残したパワードスーツと重火器類のおかげで、対等以上に戦えているようだ。
「南大陸はなんとかなりそうだな……あの二人を仲間に引き入れて正解だった。イーラもよく頑張っているようだ」
『ん……こっちも、海精ちゃんたちが頑張って、るよ……。あとおっきいやつも居るから、なんとかなる、かも……』
「おっきいお魚??」
何やら聞き捨てならない単語が耳に入り、ダンは思わず聞き返す。
『う、ん……お父様が倒した、あの"力の子"って呼ばれてた長いやつ……まだ何匹かいたから呼び寄せたら、私に張り付いてる人面タコ、いっぱい食べてくれてるみたい……』
「そう言えばまだ少し小さいのが何匹か居たな……味方してくれるならこれ以上頼もしいことはない」
ダンはそう内心でホッとする。
力の子、というのはかつてダンが倒した、長さ五十メートル級の超巨大海蛇だ。
エンキが自身の水の館を守らせるために創った海獣らしいが、食欲で暴走してダンにまで襲い掛かってきたので、結局討伐した。
その時に少しだけ小型……それでも二十メートル級の幼生体が何匹かいたのをダンも目撃していた。
「分かった。水の館もそちらに任せよう。エヴァの方はどうだ?」
『こっちは不味いよ〜。既にちょっとした小競り合いが始まってるし、ロムールのお姫様の方ではティグリス川の向こうまで一旦撤退しようなんて話になってるもん。手出した方がいい?』
「いや……現地人同士の戦争に私が介入するのは不味い。ジェノサイド条約に引っ掛かる可能性がある。余程ひどい有様なら考えるが、しばらくは静観だ。ガイウスを通じて我らに助勢を頼んできた場合は、私の名の下で義勇軍を募ってやれ。亡命してくる場合は全ての難民や王族を受け入れる用意があると伝えておけ。もっともそうならないのが一番だがな……」
『了解〜!』
「くそっ、面倒なことになったな。このタイミングで侵攻とは……もしかして帝国は幽冥の主と繋がってるのか?」
ダンのその考えも辻褄が合うような気がした。
まるで示し合わせたように一斉に襲いかかってくることに、ダンは何となく違和感を覚えた。
だが、今はゆっくり考えている時間も惜しい。
冷静にもっとも優先すべきことから片付けなければ。
『それだけじゃないよ〜。人間の国にもいっぱい化け物が襲いかかって来てるかも!』
「何!?」
エヴァのその言葉に、ダンは思わず声を荒げる。
エヴァはこれでも法と正義を司るウトゥの目を持つ、ビットアイの総括AIである。
四大陸全ての聖塔を起動し、全大陸にアンテナを立てた今、この地上でエヴァの目の届かない場所はないはずだ。
『ほら、見てよこれ!』
そう言ってエヴァがモニターに表示したのは、南大陸の都市の人々が、突如として海から襲い掛かってきた、気色悪い人面タコのような生き物と、カタカタと音を立てながら上がってくるスケルトンの大群に蹂躙されている所であった。
『うわああ! バケモノだーーっ!』
『落ち着け! 隊列を整えるんだ! 槍、構えーーっ!』
地元の軍隊らしきものが必死に押し返そうとするも、多勢に無勢らしくどんどん戦列が崩壊していく。
そしてもう一方では、西大陸の聖教会の近くで、突如として尋常ではない様子の聖職者たちが暴れ出して、一般市民たちに襲い掛かっている所であった。
『虫けらどもめ、神の聖名のもとに悔い改めよぉぉぉぉ!』
『主教様がご乱心召されたぞ! 全員で取り押さえ……ぐああああッ!!』
『くそっ、魔法か……! 聖堂騎士団を呼べ!』
『駄目です! 奴らも急に一般市民たちに襲い掛かって……』
西大陸の聖都も、それまで絶対的な権力者であった高位の聖職者たちが突如として暴れ出し、原因も分からぬまま混沌の坩堝に陥っていた。
「こっちの方が大事じゃないか……ノア、まず南大陸に進路を取れ。あっちはかなり大規模に進軍されているようだ」
「了解しました」
ノアがそう返答するや否や、船は南大陸に向かって急加速する。
今まで姿を隠して密かにやってきていたが……こと人命に関わるこの期に及んではそんなことは言っていられない。
ダンは幽冥の主との戦いを期に、大々的に人間社会に姿を現すことを決意した。
* * *
『南大陸北部中央都市、サマルカンド王国沿岸部に到達しました』
それから十分も経たぬうちに、ダンは目的の場所に辿り着く。
「下の様子はどうだ?」
『未だ混乱が続いています。沿岸部から上陸してきた、人面の大型生物に住人はパニックになり、対応が遅れているようです』
そう言って、ノアはモニターに状況を映し出す。
そこでは、例の悪趣味な人面タコから恐れ逃げ惑い、スケルトンからも追い立てられる住人たちの姿があった。
「無理もないな……上空からの40ミリバルカン砲でどうにか出来ないか?」
『可能です。南大陸語で避難を呼び掛けますか?』
「頼む。人間なんかに当たった日には間違えましたじゃ済まされんからな」
ダンがそう指示を出すと、ノアは外界で必死に人面タコと対峙する、地元の衛兵たちに呼び掛けた。
『ただいまより当船舶から沿岸部の危険生物に対し攻撃を開始します。近隣住民は直ちに避難し、攻撃対象から離れて下さい』
「…………!? 今度は一体なんだ!?」
「新手か!?」
「なんだあれは、空飛ぶ……ふ、船??」
兵士たちは、突如として上空に現れた銀色の船体を前に困惑する。
『繰り返します。近隣住民は直ちに避難し、モンスターから離れて下さい。攻撃開始まであと10秒……8、7、6……』
「なんなんだ、一体……!? 分からん! とにかく離れろ! 何か嫌な予感がする!」
そう勘の鋭い一人の兵士が呼びかけると、他の者たちも慌ててそれに従って避難する。
ちょうど良く射線上が開けた所で、ノアが攻撃を開始する。
『2、1……発射』
――瞬間、船に備え付けられた40ミリバルカンが火を噴く。
一分間に4500発という、戦車の装甲すら粉々に粉砕するバルカン砲を受けて、怪物とは言え生身の存在がただで済むはずがない。
「ギギッ……!」
一瞬で水風船のように弾け飛んだあと、人面タコは生臭い液体をまき散らしながら壁に張り付いた。
「す、すげえ……あのバケモノが一瞬で……」
「み、味方、なのか……?」
兵士たちはおっかなびっくり、上空の銀色の未確認飛行物体を眺めながら、その銃口が自分たちに向かないかとヒヤヒヤする。
『発射』
ノアはその間も淡々と、上陸して触手を這わしてくる人面タコを粉々に粉砕していく。
「ノア、しばらく沿岸部に上がってくる化け物どもを排除しておいてくれ。私は下に降りて、歩く骨の排除と民間人の救助に当たる」
『了解しました』
ダンはそう告げると、SACスーツを着込んで、ヘルメットで顔を隠したあと、ハッチから地上に飛び降りる。
眼下では、ボロボロの槍や錆びた剣を掲げるスケルトンの群れと、衛兵たちが対峙していた。
ダンはジェットパックを操作してその中心にちょうど降り立ったあと、迫りくるスケルトンたちにニードルガンを向けて、平行移動しながら鋼針を浴びせかけた。
途端――一瞬で粉状に粉砕されて、スケルトンたちはバタバタと倒れていく。
点の弾丸ではなく、面の無数の針攻撃は、身体が空洞のスケルトンと相性がいいらしく、当たったところをすぐさま粉微塵にして無力化していく。
そして、スケルトンの戦列が下がった所を見計らって、ダンは腰からグレネードを外して郡れの中に投げ込んだ。
『全員、後ろに下がれ! 巻き込まれるぞ!』
「…………!?」
ダンがマスク越しにそう声を荒げると、衛兵たちは驚き顔のまま言われるまま後ろに下がる。
そして、次の瞬間――
「ぐわっ!?」
「な、なんだ!?」
ドン!
と爆薬が炸裂する音と同時に、スケルトンたちがバラバラになって辺り一面に飛び散る。
骨同士がぶつかり合って互いに壊し合い、ついでに装備しているボロの槍や剣までもが爆風の中で暴れまわって、たった一発のグレネードで百以上のスケルトンの群れは半壊する。
そして数少ない生き残りをダンがニードルガンで始末すると、あっという間にスケルトンは全滅した。
『さて……皆、怪我はないか?』
「あれだけの骨兵がほんの瞬きの間に……!?」
『義によって力を貸しにきた。私のことは"ゾディアック"と呼んでもらって構わない。……それより、貴官らの指揮官は何処だ?』
「私だが……」
ダンがそう尋ねると、衛兵たちの奥から、立派な口ひげを生やした壮年の男が前に出た。
『貴官がそうか。ならば頼みがあるんだが……この場の化け物どもの相手は私が受け持つ。貴官ら兵士たちは、民衆を守って、避難させてやって欲しい』
「それは構わんが……貴君は一体何なんだ? 何故我らに味方する?」
『それをゆっくり説明している時間はない。私はただ、あの幽魔という連中に罪のない民衆が襲われるのを見過ごせないだけだ。さあ、早く行ってくれ!』
「……今は貴君の言うことを信じよう。だが後で必ず事情を聞かせてもらう!」
兵士の指揮官はそう告げたあと、部下たちを引き連れて民間人の救助に向かう。
『残念だがそれに付き合ってやることは出来ないな。今の私には時間がない』
ダンはそう一人ごちたあと、再び押し寄せる第二波のスケルトンたちを相手にニードルガンを構えた。




