噴き出す悪意
竜人たちのこともエアに任せてようやく手空きになったダンは、再び北大陸を目指して進んでいた。
途中で噴火が起きたり避難民を受け入れたりで、未だにエンリルの遺跡の解析が済んでいないのだ。
しかしエンリルの遺跡は活火山の内部にあり、捜索は難航を極める。
唯一の手掛かりは、今ノアが解析中の翼獅子のコントロールコアくらいであった。
『北大陸中央、クルガル山上空一万二千メートルに到達しました。現在、山頂付近では未だ激しい火山活動が継続しており、大陸南部から南西部にかけてその領域を広げています』
ノアはそう淡々と説明しつつ、モニターで現在の状況を映し出す。
そこには、真っ黒い噴煙を上げながら、大陸の南部を呑み込もうとマグマが着々と侵略していた。
恐らくそう遠くない内に海まで到達し、大陸の領域を広げることになるだろう。
「エンリルの遺跡はあそこの山頂で間違いないんだな?」
『はい。噴煙で視界から隠されていますが、マグマの中心部から金属反応が見られます。あの中にアクセスポイントがあるのは間違いないと思われます』
「あの噴煙の中に降下するのか……気が進まんが仕方ないな」
ダンはそう言いつつも、自身もSACスーツを着込んで準備する。
「そう言えば、君の護衛用アンドロイドのバッテリーの故障はもう直ったのか? 問題ないようなら着いてきて貰うつもりだが」
『問題ありません。該当箇所は既に修復済みです。ただちに準備致します』
そう返答が船内放送で流れたあと、しばらくしてレールガンで完全武装したノアが姿を現す。
なんと大袈裟な、と思うがエンリルの遺跡なのでどんな罠があるかも分からない。
ダンもミニガンとミサイルランチャーを装備して、腰にグレネードをぶら下げた完全装備で挑む。
「よし、行こう。船はこのままこの位置で滞空させておいてくれ。これ以上近付くと礫が飛んで船体が傷付く恐れがある」
『了解しました』
そう互いに示し合わせたあと、開いたハッチから噴煙渦巻く火口内部へと降下を開始した。
『……これは酷いな。マイクロレーダー無しじゃ何も見えんぞ』
ダンは時折噴火のエネルギーで飛んでくる岩の礫を避けながら、こまめにジェットパックを吹かして下層へと降下していく。
『ここより二時の方向にまっすぐ二十メートル、真下に金属突出部が見えます。そこが山の館本体と思われます』
ノアの指定した通りの場所にジェットパックを操作して、そのまま降下する。
するとそこには――長い石板のようなものを据えた、黒い金属で作られた丸い台座が、周囲のマグマに呑まれずに残っていた。
『これは……』
ダンはその石板に見覚えがあった。
これは、クルガル山の一番上に登ったときに、山頂が爆発する寸前で見たものと同じ台座だ。
あの時はベータが気絶して保護するのに手一杯でろくに調べられなかったが、こんな内部まで下がって来ているのは意外であった。
山頂が爆発したことで火口内部まで落ちてきたのか、それともこの設備自体が爆発を起こした元凶なのか、はっきりとは分からないが、少なからず山の館はマグマの中にあってなお健在であった。
ダンがその中心部の石板に近付くと、あみだ状に赤い光が地面を走り、マグマでほの明るい周囲を人工の妖しい光が照らす。
『船長、ここから先は本機だけで近付くことを提案します。エンリルは敵性の高度宇宙文明人であり、これより先は極めて危険が伴います』
『確かにそうだな……。ならここから先は君に任せよう。私は周辺を警戒する』
ダンはそう言って、ミニガンを構えながら周辺を警戒する。
エンリルならここからもうひと罠あってもおかしくはない。
なら解析はノアに任せて、自身は周囲を警戒したほうがいいだろう、とダンは考えた。
『アクセス開始――』
ノアがその石碑に触れた瞬間、地面に走る光が赤から白へ、緑から紫へと次々に色を変えていく。
時折赤に逆戻りしたり、青一色になったりと、その激しい変わりようを見ていると、何やら内部で綱引きをしているようにも思える。
やがてそれが青一色に変わって安定したあとで、ノアは再び口を開いた。
『――解析完了。山の館のシステムを完全に制御下に置きました。解析中に攻撃性のウイルスプログラムを発見。全て駆除し、現状の安全性は確保されました』
『なに!? エンリルのやつはやはり何か仕込んでいたか……ノアは大丈夫だったんだな?』
『はい、本機の機能には異常はありません』
その言葉に、ダンはほっと胸を撫で下ろす。
もしここでノアがウイルスなどにやられてしまったら大変なことになる。
地球への帰還の道が絶たれるばかりか、この火口から出られるかも怪しい。
幸いノアには大した妨害にもならなかったようだが、エンリルという悪辣な男は、とことんまでダンに敵対的であるようだ。
(あいつは一体何者だ……? 私と直接顔を合わせたようなことがあるような口ぶりだったが……)
そう考え込むダンを他所に、ノアは淡々とした口調で説明し始める。
『解析の結果:山の館の機能が判明したのでご説明します。エンリルは風雨と雷鳴を司る神であると伝え聞かれた通り、山の館には天候操作の機能が搭載されています。空気中に散布したナノマシンを操作して風雨を巻き起こし、空気摩擦を起こして電気エネルギーを作り出すことも出来るようです』
「なるほど……つまり西大陸で習得した"魔法"を世界規模で使えるということだな。ということは、やはり聖教会にあるコントロールタワーとやらは……」
『はい。ここ山の館を起点に本機の制御下に置かれています』
ノアの言葉に、ダンはやはりという感想を抱いた。
あまりに似すぎていたからだ。
ダンが西大陸で習得した"魔法"と、エンリルの使っていた雷撃の技術形態が。
西大陸に聖教会なるものを作って人間と異種族の分断を図り、"魔法"を餌に人類の思想統制と支配を目論んだのではないだろうか。
ダンがそう仮説を立てた、その時――
『はははは! こいつはいい! 主神が負けて、我らのゆりかごがマルドゥリンに寝取られてしまったぞ! おお偉大なるエンリル! 我らが主よ! なぜ貴方はそんなにも脆く儚いのか! そう、まるで作りたての水牛のチーズだ、乙女の柔肌のような!!』
『厶……マルドゥリン、破壊ス……』
『マルドゥリン……貴様のせいで我らが父の復活が遠のいてしまったわ。許さぬぞ、奴隷種如きが!』
『…………!?』
突如として三者三様の声が響くと同時に、マグマから噴き上がる噴煙に紛れて、何者かたちが姿を現す。
一人は狂気じみた目をギョロリと開いた、乞食のような襤褸を着た白髪の老人。
そしてもう一人は、黒いローブを深く被っているが、その隙間から覗く姿には生気がない髑髏の顔をした死体。
そして最後に、人ならざる青い肌をして、頭部に羊のような巻き角を付けた、悪魔のような出で立ちの女。
『一体なんだコイツラは!? ノア、周囲に反応はあるか!?』
『ありません。恐らくは、山の館から投射されたホログラムであると推察されます』
ダンがそう尋ねると、ノアはそう淡々と報告する。そして、続けてこう言った。
『重ねて報告致します。山の館のデータベース内に、幽冥の主と呼ばれる者たちの作成データが存在します。魔導の御子アストリン、破壊の御子クインサ、狂乱の御子ドレポル、その三名とも、ここ山の館で造られたナノマシン構造体であることが分かっています』
『何だと!?』
『ほう、やっと妾たちのことに辿り着いたのか。そうだ、我らは父たるエンリルにより創られた神の御子だ。中でも最も賢く貴き我が名はアストリン!』
『我、破壊ヲ司ル御子、クインサ也』
『そう、それはまるでエールに浮かんだホップの泡のように清らかで、老いた山羊のように狡猾だ! とどのつまり私は、青春の甘い記憶の中を泳ぎたくないのだ! ドレポルの司る狂気というのは即ち無秩序だ! 勉強になったかな、マルドゥリン?』
そう三者三様の名乗りを上げる。
それぞれが悪名高く、邪悪な逸話持つ悪魔ばかり。
中でも狂気に駆られた老人の姿を取ったドレポルは、話していることの文脈と単語がめちゃくちゃでほとんど理解不能だ。
正直まともな話し合いすら望めなさそうな相手だが、ダンはそれでも警戒を滲ませながら尋ねる。
『……お前たちは一体何が目的でこんなことをしている?』
『無論、我らが創造主を暗き氷の底から呼び戻すため。あの御方が地上に顕現すれば、真の自由が始まる。力ある者が弱き者を支配して君臨する、力の時代が始まるのだ』
ダンの問いに、アストリンは口元に嘲笑を浮かべて答える。
『そんな獣の世にすることを私が黙って見ていると思うのか?』
『ふっ、お前が認めようが認めまいが関係ない。お前はエンリル神の分身体たる翼獅子を倒して粋がっているようだが、本体はあの比ではないぞ。本人と対峙した時に、絶望した貴様の顔を見るのが楽しみだ』
『そう、絶望、絶望なのだ! 誰かが絶望した顔はこれ以上なく美しい! 石鹸にして飾りたいほどだ! 主が復活したら、私の芸術でこの地上を埋め尽くしてあげよう!』
『我、破壊ス。尽ク全テヲ焼キ払イ、全テヲ砂ヘ還ス。我地上ニ渇キ齎ス者也』
そう幽冥の主たちは好き勝手に宣う。
『貴様らに好き勝手はさせん。エンリルに伝えておけ、いつか地上に悪意をばら撒いた報いを受けさせるとな』
『世迷い言を……』
そう言いつつ、幽冥の主たちは徐々に薄れていく。
『挨拶がわりに我らの力を見せてやる。せいぜい火消しに奔走するがいい』
『……何?』
そう言い残すや否や、幽冥の主たちは完全に姿を消した。
『まさか……ノア! すぐに船に戻るぞ! 奴らが攻撃を仕掛けてくる可能性がある!』
『了解しました』
ダンはそう言うと同時に、ノアと共に急いで船へと帰還した。




