人工進化
島民たちを新たに名付けた『エデン』に預けたあと、ダンは慌てて水の館へと急行していた。
何故なら竜人たちが急激な体調不良を訴え始めたからだ。
高き屋根の館周辺のおかしな力場でやられたかと思ったがどうもそうではない。
その証拠に、エデンから遠く離れていていても、未だに症状が悪化している。
今はノアに一時的に麻酔で仮死状態にして貰っているが、恐らくこれは被爆か、エンリルの施した何らかの遺伝子改造に寄るものだと思っていいだろう。
現に眠っているベータの肌から、急激に水分が失われているように見えた。
「自分の産み出した子らになんて真似を……許さんぞエンリルめ」
ダンは義憤に駆られながらも、今はベータたちを助けることを最優先に思考を切り替えた。
『南大陸沖合20キロメートル地点を潜航中の水の館を捕らえました。こちらから通信を試みたところ、浮上して着地点を設けるとのことです』
ノアから船内放送を通じて報告が上がり、ダンはうむ、と頷く。
ダンの船は全長250メートル近くにもなる巨大な惑星開拓船だが、エンキの水の館は全長二千メートルにもなる、ウミガメの形をした超巨大な潜水艦である。
上部の甲羅が開いて中の平らなヘリポートに直接降りられるようになっており、今のような急ぎの時にはありがたい機能だった。
乗降口から内部に降り立つと、混乱した様子でジャスパーと、南大陸の砂漠で作業していた獣人族たちが大勢こちらに駆け寄ってくる。
恐らく魔性の森に一時帰投する最中なのだろう。
「旦那! どうしたってんだ、一体?」
「ジャスパー、話は後だ! 急患だ! 今からここで治療するから、全員中に運び込むのを手伝ってくれ!」
ダンがそう号令をかけると、ただ事ではないと思ったのか、全員一斉にダンの指示に従って、船内から竜人たちを背負って連れ出してくる。
こういう時魔性の森の住人たちは考えるよりも先に身体が動くので話が早くて助かる、とダンはそう思った。
そしてダン自身もベータを背負いながら、水の館内部の培養室へと走った。
* * *
『ひ、久し、ぶり……お父様。あんまり顔見せてくれないから、私のことなんて忘れちゃったって思った、よ……』
そう言って、ノアとそっくりな顔なのに、ボサボサ髪で妙に顔色の悪い少女、エアはふへ、とホログラムで卑屈な笑みを浮かべながら言った。
「お前みたいな濃いやつ、一度会ったら忘れるわけ無いだろ……。ところで、ベータたちはどうなんだ。ここに連れてきた時点でかなり弱っていたようだが……」
ダンがそう尋ねると、エアはホログラムの中でふるふると首を振った。
『残念だけど……この身体はもう駄目だと思う。体内の自食作用が暴走して、身体の末端から細胞死を引き起こしてる……。体内のルビコン遺伝子に意図的に作られた奇形が見られる。あと、被爆してDNAも損傷してる……っぽい』
そう途切れ途切れに絶望的な事実を話すエアに、ダンは深くため息をつく。
ルビコン遺伝子は恐らくエンリルが意図的に仕込んだ遺伝子のバグだが、被爆に関しては恐らくダンの核攻撃によるものだろう。
ベータたち竜人は、今は液体で満たされた培養器の中で治療を受けている。
しかしその顔はみるみる内に衰え、最初少女にしか見えなかったベータが、既に老齢に差し掛かるほどに老けているように見えた。
「……確かにこのまま治したとしても可哀想なことになるな。なら、脳を移植して身体をまるごと換装した方が早い、のか……。だが、それはいいとしても、エンリルが意図的に仕込んだ遺伝子の奇形は治せるのか?」
『ん……それは問題ない。正常な遺伝子コードに打ち直して、一から作り治してあげる、だけ……。あとは、元の頭から脳を移植すれば、完成……』
そうにへらと卑屈な笑みを浮かべるエアだが、これでもここ水の館を統括して、エンキの全ての知識を継承した高性能な仮想人格だ。
少なくとも生命工学と遺伝子工学の分野においては、この地上の誰よりも頼りになるのは確かだ。
「分かった、ならエアに任せよう。この者たちは創造主のエンリルに家畜以下の扱いを受けて、最後には見捨てられた哀れな境遇だ。できれば二度とそんな思いはしなくて済むように、若々しくて元気な強い身体を創ってやって欲しい」
ダンがそう言うと、エアはにたりと笑って言った。
『も、もちろん。腕が鳴るなあ……。私の技術の粋を使って、最強の身体に作り替えてあげるね……』
「……そうは言ったが、やり過ぎるなよ。程々にしておけ」
その昏い笑顔に妙に嫌な予感を感じながら、ダンはそう釘を刺す。
『ふ、ふへ、もちろん。あ、あと、いい身体作るためにお父様が持ってるアレが欲しい……。"ドレヴァス細胞"のデータとサンプル……』
「…………あれか」
ダンは、ドレヴァスが船で治療を受けていた時に、治療にかこつけて採取した血液と、遺伝子データを思い出す。
下手をすれば1000度近くの火にも耐えうる"半竜"の特異なDNAは、専門家のエアを持ってしても興味を引くものであったらしい。
『あれは……お父様が持ってても意味がない。私が持ってて初めて役に立つ……』
「はあ……分かった。お前に渡すから、くれぐれも変なものを創るんじゃないぞ。竜人たちが嫌がるような身体にしたら、お前にはもう二度と何も任せないからな」
呆れ混じりに言うダンに、エアはにへらと笑いながら答える。
『えへへ……分かってる。最高の身体を創ってあげるから……』
その言葉に一抹の不安を覚えつつも、他に手がないダンは竜人たちのことを任せることにした。




