アトラ・ハシース
「地上の民よ! ひれ伏しなさい! 神の御前ですよ!」
「こら、やめなさい」
ベータが先んじて無関係な島民たちに平伏を強要したため、ダンは後ろからチョップして黙らせる。
頭を抑えて涙目になるベータを他所に、ダンが前に出て言った。
「皆さん落ち着いて下さい。私は敵ではありません。皆さんのことを助けに来ました」
「た、助けに、ですと……? それに、その山の民の皆様は……」
島民たちを代表して、ひげを生やした年嵩の男性が恐る恐る聞き返す。
「彼女たちは気にしないでください。私の協力者のようなものです。皆さんあのマグマから逃れようとして、この海沿いに避難してきたのでしょう? ならばこの、私の空飛ぶ船で皆さんを安全な外の島までお送り致します」
「そ、空飛ぶ船……! まさかそんなものが……!?」
ダンの言葉に、男は信じられぬものを見るかのように、ノアの銀色の船体をしげしげと眺める。
「申し訳ありませんが、そう長い間説明している暇はありません。残念ながらこの島はもう駄目でしょう。じきにここもマグマに呑まれます。そうなる前に、私が皆さんを新天地へとご案内致します」
「わ、我々はここで生まれ、育って来たのです。先祖代々の墓もここに……ど、どうにかならないのでしょうか?」
男はダンに縋るように言う。
「大変心苦しく思いますが……不可能です。皆さんを救うことは出来ますが、私には自然の営みをねじ曲げることは出来ません。火山というものは一度噴火すると、力を出し切るまで放って置かねばなりません。無理に蓋をすると最初よりひどい災いを巻き起こします」
ダンがそう説明すると、代表者らしき男は唇を噛み締めたあと、絞り出すような声で言った。
「貴方様がどのような方か存じ上げませんが……山の民の皆様が付き従っているところを見るに、いと尊き御方なのでしょう。ならば貴方様に我々の命運を委ねることに迷いはありませぬ」
「……とても賢明な判断に感謝致します。皆さんを必ずよい場所にお連れしますのでご安心ください」
ダンはそう言って軽く男性と抱擁を交わしたあと、ノアに頼んで格納庫の扉を開けさせる。
「さあ、中に入って! 老人と子供から先に!」
「地上の民よ、イシュベールのお言葉に従え! この御方は尊く慈悲深い方だ! 必ずやお前たちにも救いの手を差し伸べられる!」
ダンの言葉に被せるように、ベータもそう島民たちに呼びかける。
何故そんなに偉そうなのかと疑問を抱くが、どうやら島民たちにとってはベータたち竜人は尊敬の対象であるらしく、ダンの言葉よりむしろ従順であった。
皆迫るマグマへの恐怖と失意に顔を歪ませ、赤ん坊の泣き声も聞こえてくる悲惨な有様だが、それでなお文句の一つも言わずに大人しく付き従ってくれる。
そして、全員が乗り込んだのを確認したあと、ふとダンは視線を感じてそちらに振り向く。
――そこには、この島に住んでいるであろう、白鳥、兎、狐、鼠、狼、小鳥、リス、ヘラジカ、白熊などの大量の動物たちが、揃ってジッとダンの方を黙って見つめていた。
肉食も草食も、獣も鳥も、バラバラに揃っているにも関わらず、一匹も争ったり吠えたりもせずに、ただじっとダンの方を見て目で何かを訴えかけていた。
『僕たちを助けて』
「…………!」
ダンは頭の中で一斉に誰かの声が響いた気がして、驚いて一瞬言葉を失う。
今のは一体なんだ? まるでアヌンナキが夢の中で話しかけてきたときのように、直接頭の中に思考が流れ込んできた。
ダンは不可思議な現象に驚くも、それに応えるように頷いて動物たちに向かって改めて言った。
「そうだな……君たちもこの星の大事な家族なんだな。一緒に行こう。住処を壊して済まなかった」
ダンがそう言って手招きすると、動物たちはまるでそれが当たり前のように、秩序だって船の中にぞろぞろと乗り込んでいく。
先に入った島民たちも、それで騒ぐでも怖がるでもなく、不思議そうに目の前の光景に見入っている。
動物は人間が思っている以上に多くを知っているのかも知れない。
これほど科学を極めてなお、危機を前にして種族を超えて団結する動物たちの知恵の深さには、自然の神秘を感じざるを得なかった。
あるいは人間は、自然のことなど未だに半分も理解していないのかも知れない。
「人も動物も一つの船に……まさに"ノアの方舟伝説"だ。さしづめ行き先はアララト山と言ったところか。あまりにも話が出来過ぎだな」
ダンはそう困惑しながらも、数多くの生命を載せて北大陸を飛び立ったのであった。




