激闘の後に
周囲には驚くほどの静寂が訪れていた。
時折響く風の音や、マグマが沸き立つような音。
先程までの轟音鳴り響く戦場が嘘のように、穏やかな時間が流れていた。
『よくやったぞ、ベータ』
「はぁ……はぁ……!」
そんな最中、母の仇討ちを成し遂げたベータに、ダンは声を掛ける。
未だ興奮冷めやらぬまま息を荒げるベータに、ダンは更なる方法をもたらした。
『それといい知らせがある。アルファ殿はまだ助かるかも知れない』
「…………!? ほ、本当ですか!?」
思っても見なかった言葉に、ベータは驚きと歓喜に目を見開く。
『ああ、心肺蘇生が上手くいった。この身体はもう駄目だが……頭さえ無事なら新しい身体を用意してやれる。今からすぐ船に運べば間に合う。手伝ってくれ』
「は、はい! ただちに!」
『――いえ、その必要性は認められません』
ベータがそう返事をする上から、恐らく機能の復旧を果たしたであろう、ノアが降り立った。
『本機が生存者や負傷者を含め、全員を船に誘導します。致命傷や危険な状態にある者は一時的にコールドスリープ処置を施し、後ほど水の館に搬送します』
「その通りだ。しかし大丈夫か? 君は先ほどエンリルの電撃を受けて何処か故障したようだが……」
『問題ありません。本気の活動限界はあと22分。10分以内に全ての工程を完了します』
ノアはそう宣言すると同時に、既に息も絶え絶えなアルファを抱えて、背中のエンゼルウィングを吹かして船へと急行する。
(なんというか……あそこまで積極的なたちだっただろうか?)
ダンはそう内心で疑問を抱く。
なんだか今のノアは少し焦っているような、電磁パルスによって肝心なところで動けなかった失点を、慌てて取り戻そうとしているようにも見えた。
もっともそれもダンの思い込みである可能性もある。ひとまず今は、山場を越えてようやく一息つくことが出来た。
「は、母上……」
『大丈夫だ。ノアに任せておけば、全て上手くやってくれる。それよりも……ここでジッとしているのは不味いな。徐々にマグマが侵食してきている』
ダンは冷えて固まりつつも、ゆっくり頂上から垂れてきているマグマに危機感を覚える。
もう距離は五〇メートルもない。あと二十分もすればここもマグマの底だろう。
しかしダンの身体機能も、徐々に回復しつつあった。
『よし……ベータ、済まないが、私のナイフを取ってきてくれないか? それが終われば、すぐにここを移動しよう』
「はは! 神の御心のままに!」
ベータはそうシュタっ、と胸に手を当てて宣言すると、そのままナイフを取りに向かう。
何やらベータが妙なキャラになってしまっているが、それに関しては後ほど言い聞かせるしかないかとダンはため息をつく。
しばらくして、ベータがナイフを回収してくるものの、その先端にあの真っ赤なコントロールコアを突き刺したまま戻ってきた。
『む、それはどうしたんだ?』
「も、申し訳ありません。抜こうとしたのですが……私の力では硬くてとても」
ベータはそう少し申し訳なさそうに言う。
コントロールコアは未だに微かに明滅を繰り返しており、完全に機能を停止してはいなかった。
もしかしてこれの中身を調べることで、何らかの情報を得られるかも知れない。
『いや……これは使えるかも知れんな。持ち帰って中身を解析させてもらおう』
ダンはそう言ったあと、ベータに視線を向けて続けた。
『君も私の船に着いてきなさい。そこでお母さんが治療を受けているだろう。……それに、残念だがもうこれでは君たちの住処も長くはあるまい。代わりに私が新しい住処を用意してあげよう』
ダンは、ゆっくりと山全体をマグマが侵食して、今もなお火を吹き続ける山頂を見やった。
「はい……神の仰せのままに」
『神ではなく人としての提案なんだがね』
あまりに仰々しい物言いのベータに肩をすくめながら、ダンたちは船へと無事帰投を果たしたのであった。
* * *
「これが、イシュベールの……神々の船……!」
ベータは目の前の光景に圧倒されながら、そう呟く。
中では既にノアによって保護された竜人たちが、船の白い壁に寄りかかって項垂れていた。
先程のエンリルとの戦いに巻き込まれて、何人もの同胞が死んだあとと考えると無理もなかった。
「失ったものは大きかったが……これだけの者が帰ってこれたのは不幸中の幸いだったな」
ダンは船に帰投したことで、ヘルメットを収納しつつ言った。
「……!? イ、イシュベール、なのですか……?」
「? そうだが、どうかしたか?」
「い、いえ、何でも!」
ベータがダンの素顔を見てドギマギする一幕はあったものの、ひとまず状況は落ち着いたと言える。
ダンはそんな中、全員に向かってこう言った。
「怪我をして治療中だったり、意識がない者もいるが……ひとまずここにいる者たちだけでも聞いて欲しいことがある。君たちが何故、この山頂付近で長年縛り付けられていたかだ」
「?」
ダンがそう宣言すると、竜人たちはキョトンとした顔を向ける。
「これはアルファ殿から聞いた話だが……君たち竜人は、エンリルによってこの土地から離れたら、長くは生きられない呪いのようなものが掛けられているらしい。麓に降りたら、二年も保たずに寿命死してしまうそうだ」
「……!?」
「そ、そんな!」
「じゃあ俺たちは、こんなになってもここから離れられないってのかよ!?」
その言葉に竜人たちは騒然とし、絶望的な声を上げる。
「落ち着きなさい! まだイシュベールが話している最中でしょう!?」
ベータがそう一喝すると、竜人たちはバツが悪そうに口を閉ざす。
「大丈夫、皆落ち着きなさい。それに関しては私が何とかしよう。治すことも出来るし、最悪新しい身体に入れ替えてもいい。これから君たちにはしばらくこの船の中で過ごしてもらう事になる。不便をかけるが治療に協力して欲しい」
「当然のことでございます。イシュベールは、我ら一人一人に対して救おうと手を差し伸べてくださる。その事に対し異論などあろうはずがありません」
ダンのその言葉に、ベータが真っ先に平伏しながら答える。
それに続いて、他の竜人たちも頭を下げた。
感謝にしては大仰で、その度にこんなことをされてはダン自身も辟易としてしまうが、ひとまず今は言うことは聞いてくれそうなのでため息をつくだけに留めた。
そんな時――
『船長、報告があります』
「な、なんだ! 天から声が!?」
館内放送で響くノアの声に、竜人たちがざわざわと声を上げる。
「どうしたんだ?」
『クルガル山の麓にて、島民と思しき人間たちが侵食するマグマを恐れて、海沿いへと集まっています。また、同じく動物たちも自主的に沿岸部へと集結しつつあるようです』
「あー……そうか。彼らには悪いことをしたな。私とエンリルの戦いに巻き込んでしまった形になるのか。……ノア、格納庫には何人分くらい入るか?」
『密接すれば四百名前後は搭乗可能です』
「ふむ……あそこに見える集落の住人は二百人足らずといったところか。行けそうだな……よし、ノア。あの麓に一旦降ろしてくれ」
『了解しました』
ダンはそう指示を出したあと、ベータに視線を向ける。
「確か君たちは、麓の人間からは貢物を貰ったりして関係を築いていると言ったな? なら、彼らとの会話はどうしていたんだ?」
「…………! いえ、あの者たちは我らと同じ言葉を話せるのです。最初は拙い言葉遣いだったそうですが、何代か交流を重ねていくうちに、彼らも我らとほとんど変わらないくらいに話せるようになったそうです」
ベータはそう答える。
「なるほど……それは助かるな。コミュニケーションには手間がかからなさそうだ」
ダンが異種族たちと会話する時に使っているのは、いわゆる獣人語と仮に呼称したものだ。
最初に関わり、教えてもらったのが獣人族だったのでそうなった訳だが、実際には妖精、黒妖、吸血鬼、有角人、海精、樹精、そして竜人に至るまで、全種族が共通で使っている世界共通語だ。
こうなるともはや獣人だけに限らないので、異種族共通語とでも改称すべきだろう。
そう考えている内に麓に降り立ち、乗降口が開いて船内に冷たい風が吹き込んできた。




