エンリルとの戦い②
『マルドゥリィィィィンッーー!!』
そう何者かが咆哮を上げると同時に、クルガル山の頂上が吹き飛んで爆炎を巻き上げる。
『ぐっ!』
『…………!』
ダンとジェットパックで咄嗟に退避して爆風から逃れるも、頂上から吹き上げる熱風にヘルメット越しにも顔を歪める。
ノアはベータを確保しながら、既に安全距離にまで退避していた。
一体何が起きたのか――そう、ダンがベータを連れて一旦下山しようとしたその瞬間、突如として山の頂上が噴火して、マグマと同時に巨大な影が飛び出してきたのだ。
『久しいなァ、我が兄弟よ! いや、甥だったかァ!? よくぞ恐れもせずにノコノコと我が喉元まで飛び込んでこれたものだ!』
そう大音量で声を上げるのは――巨大な顎を持つ、翼の生えた獅子であった。
その獅子は全長三◯メートルを超える巨躯でありながら、大きな翼をはためかせて悠然と空を飛んでいた。
『貴様……何者だ!?』
『分からんかぁ!? ふははは! まあこの姿では無理もあるまい!』
その獅子は、大音量で言った。
『――我が名は唯一にして絶対なる主神、"エンリル王"!
我が前にひれ伏せ、薄汚い簒奪者よ!』
『まさか……エンリル本人だと!?』
そう名乗ると同時に、その獅子は咆哮を上げて周囲に向かって電撃を撒き散らす。
『ぐっ!』
『船長!』
咄嗟に躱そうとするも、雷など躱せるはずもなくダンは直撃してしまう。
しかしSACスーツの耐電性によって大事は避けることができた。
『くははは! 無様だなあマルドゥリン!! そのような貧弱な装備で俺に勝てると思ったか? んん?』
エンリルはそうからかうように言いながら、首を鳴らすようにぐるりと回した。
『ぐっ……なんだあの化け物は……!』
『――恐らくエンリルの随獣"アンズー"を模したものだと推測されます。アンズーは翼の生えた獅子で、大空を自由に飛び回り、嵐と雷を自由に操ったと言われています』
『あの巨体でか……悪夢みたいな話だ!』
ダンは再び飛来する雷を、今度はニードルガンの針で上手く誘電して地面に撃ち落とす。
雷は近くの導電性の高い場所に目掛けて落ちるという特性がある。
故に導電性の高いニードルガンの針に誘導して、そのまま地面に向かって撃ち続けることで雷を地面に落とす。
弾丸で弾丸を打ち落とすような離れ業だが、機械的な射撃精度を持つダンならできないことはない。しかし、そう何度も成功するようなものでもなかった。
『ほう? 足りないなりに知恵を絞ったじゃあないかマルドゥリン! しかしそんなものが何度も成功するかな?』
エンリルも当然それは理解しているのか、自身の攻撃が躱されたことを全く意にも介さず悠然と佇む。
(くそっ……まずいな。こんな距離から核兵器や電磁砲を撃ってもまともに当たるまい……。そもそも何故奴の雷はあんなに真っ直ぐ正確に飛んでくるんだ……?)
ダンは相手から慌てて距離を取りながらそう考える。
通常、雷は重力に従って真下に落ちるか、それでなければもっとも近い導体――即ち放った自分自身に向かって飛んでくるはずなのだ。
だと言うのにエンリルの雷撃はまるで狙いすましたかのように、目標に対して真横に真っすぐ飛んでくる。
(いや……そうか、分かったぞ! これも例の"魔法"だ! ナノマシンを使って雷を誘導しているんだ!)
ダンはそう答えを導き出す。
高度に電子化されたダンの頭脳は、あらゆる場合を想定して即座に適切な行動を選択した。
『ノア、ナノマシンだ! 周辺のナノマシン密度が薄い場所に向かえ!』
『了解しました』
ノアもそう返答すると、一気にエンリルの意志を宿した翼獅子から距離を取った。
『ふははは! 気づいたか! だが、分かったところで何になる!』
エンリルは周囲にナノマシンで作った暴風を纏いながら、こちらに突進してくる。
それはさながら竜巻のようであり、頂上から噴き出したマグマをも巻き上げ、山肌の凍土をも削りながらこちらに突進してくる。
『ノア! ベータをこちらに貸せ! 二手に分かれ、君は私の反対側からレールガンで迎撃しろッ!』
『了解』
ノアも言葉短かにダンにベータを投げ渡したあと、一挙に高度を上げてエンリルに向かってレールガンを撃ち放った。
『発射』
そう無機質な言葉とともに放たれたレールガンの弾丸は、エンリルの巻き起こした竜巻に大穴を開けてかき消すことに成功する。
『ははは! たかが人形ごときが俺の前に立ち塞がるか! よかろう、ならば貴様からガラクタに変えてやるッ!!』
『対象の目標誘導に成功。迎撃を開始します』
そう淡々と答えつつ、襲い掛かってくるエンリルの攻撃を凌ぎながらレールガンで迎撃する。
一度でもまともに当たれば撃墜できそうなものだが、翼獅子の機動性能は想像以上に高く、ノアの射撃精度ですら正確な狙いを付けられなかった。
『くそっ……このままじゃ不味いな』
「マルドゥリン!」
ダンがそう攻めあぐねていると、真下から聞き覚えのある声が響く。
視線を向けるとそこには――こちらに向かって羽根をはばたかせながら、一直線に飛んでくるアルファ率いる竜人たちの姿があった。
「一体何があった!? 下で待っていたら、突然山が火を噴き出したではないか! それにあの化け物は!?」
『エンリルが暴れて山を噴火させたんだ。この子は山頂で気絶していたのを、私が保護しておいた! 早く連れて行ってくれ!』
ダンはそう端的に説明すると、半ば投げ渡すようにしてアルファにベータを引き渡す。
『全員遠くに離れていろ! 戦いに巻き込まれるぞ!』
そう言うや否や、ダンはジェットパックを吹かしてノアの援護に向かう。
そしてダンたちがエンリル相手に立ち回っているのを他所に、ベータは母の腕の中でようやく目を覚ました。
「う、は、母上……? こ、これは一体……!」
「起きたか、このバカ娘め……! 皆に心配かけおって……!」
アルファは元気そうな娘にホッとしつつも、今なお続くダンたちの戦いに目を向ける。
「あれは……まさか、エンリル神の!?」
「ああ、神の随獣アンズーだろう……。お前は頂上で倒れていたらしいが、一体何をやろうとしていたんだ? まさか、あの巨大な神獣とやり合っているマルドゥリン相手に、戦いでも挑むつもりだったのか?」
「…………」
そう詰問するような口調のアルファに、ベータはキュッと、口元を引き結ぶ。
あの戦いの中に自分が紛れ込めば、ほんの数秒も保たずに物言わぬ骸になることは、まだ幼いベータですら理解できた。
「愚かな……言ったはずだ、神々の戦いに我らが首を突っ込むべきではないと。むしろ、気絶したお前を保護し、あの激しい戦いの中で守りながら私に引き渡したのは他ならぬマルドゥリンだ。お前はあの者に二度も生命を救われている」
「……!? ま、まさか、マルドゥリンが!?」
その言葉に、ベータは自身の傷一つない身体を改めて見やる。
「そうだ。お前はあの者の慈悲に感謝こそすれ、逆恨みする道理はない」
「……それでも、我らはエンリルの眷属です。主神のために、マルドゥリンとの戦いに加勢すべき、とそう思ったのです」
「馬鹿なことを……」
そうアルファが漏らした瞬間、他の者たちから声が上がった。
「あれは……天空の獅子アンズー!」
「我らが主神の神獣だ!」
「なんたる雄々しい姿か……」
そう言いつつ、竜人たちは少しでも近くで見ようと、不用意に戦場に近付いてしまう。
――しかし、次の瞬間、
『馬鹿ッ! こっちに来るんじゃない! 死にたいのか!?』
『目の前でチョロチョロと目障りだ、虫けらども! ――不敬なり、焦げ失せよ!』
そうエンリルが咆哮をあげた瞬間、その口から放たれた雷が竜人たちを撃ち抜き、そのまままとめて消し炭にしてしまった。
「そん、なっ……!?」
主神の余りに無慈悲な凶行に言葉を失い、ベータは自分の中の信仰が音を立てて崩れていくのを感じた。




