極寒の大地へ
――さあ早く来い、マルドゥリン!
我が顎の元――山の館まで!!
―――――――――――――――――――
「…………!?」
耳元で怒鳴りつけられたような気がして、ダンはベッドの上で跳ね起きる。
今のは、そう、これまでにたまに見ていた夢と同じ、アヌンナキからの呼び掛けである。
しかし、今回はこれまでとは違う。
今までの呼び掛けは、無機質なほどに冷徹であるものや、慈悲深き安心感を感じるものまであったが、そのどれにも共通していたのは、"ダンを導こうとする意思"が感じられた。
しかし今回は、これまでとは違って荒々しい、隙あらば喰らい尽くしてやろうという敵意を感じた。
次の巡礼先はエンリルの館だ。
直接会ったことのあるダナイーが言うには、人を人とも思わず、冷酷で残忍な男であったという。
アヌンナキの中で最も暴力的な破壊の化身。
「一筋縄では行かなそうだな……」
ダンは額を抑えたまま、船内の窓越しに立ち昇る朝日を眺めてため息を付いた。
* * *
「今から私たちは北大陸に向かう」
奴隷市場で助け出した子供たちをジャスパーに任せたあと、ダンは出立前にそう宣言する。
「そうなんですね! じゃあ、私もお供します!」
「今回は君を連れて行くことは出来ない」
そうやる気をみなぎらせるイーラに、ダンはバッサリと切り落とすように言う。
「なっ、な、なんでですか!?」
「――邪魔だからだ。今回の巡礼はこれまでとは違う。私ですら死ぬ可能性がある。そんな中で、戦力で一段も二段も劣る君を連れて行っても足枷になるだけだ」
ダンがそう言い放つと、イーラは愕然とした顔で目を見開く。
なんだかんだで、ダンも最近イーラの実力を認めつつあり、そのことを口に出して褒めてやったこともある。
しかし、今回口にしたのはそれとは全く逆の、足手まといにしかならないという冷たい言葉であった。
「そんな……絶対にお役に立ちます! 最悪、私が囮や弾除けになってでも!」
「あまり私を舐めるなよ。君の尊敬するイシュベールとやらは、女子供を弾除けに使うような卑怯者なのか? ましてや役に立つならいいが、実際には犬死にする可能性の方が遥かに高い。戦いの最中で君が死にそうにでもなったら、私かノアが救援に向かわなければならず、その分だけ余計にリソースを割くことになる」
「そんな……」
ダンの言葉に、イーラは何も言い返せずに黙り込む。
「私は神ではないが……君の価値観に合わせて敢えて言うなら、"神同士の戦いに首を突っ込むべきではない"ということだ。君にはここの防衛を命じる。以上だ」
そう一方的に宣言したあと、ダンはイーラが使っていた重火器類を置いたあと、船の中に戻る。
そして、何も言わずに南大陸を飛び立った。
『報告します。船長の脳波に些少のストレス性の乱れが見えます。入念にメンタルチェックを行い、α波ミュージックを聴くなどリラクゼーションの実施を推奨します』
「はあ……分かった。後でそうするよ。しかし自分の立場が嫌になるな。あんな若い娘にあそこまでキツく当たらなければならんとはな……」
ダンは軽く自己嫌悪に陥りながらため息を付く。
『……差し出がましいようですが、やむを得ない判断であると本機は考えます。今のままのイーラでは戦力にはなりません。全体の生存率を上げるためには、最小限の人員で当たるべきと判断します』
その言葉に、ダンはおや? と思いつつも頷く。
「そうだな。どちらにせよ、次は大火力の撃ち合いが予想される。そんな中で、生身のイーラでは戦闘の余波で死ぬだけだ。……しかし珍しいな。君が自身の主観を交えた意見を言うとは。初めてのことじゃないか?」
『…………』
ダンの言葉に、ノアは何も応えぬまま、ただ目的地に向かって船を進ませる。
「……まあ、どちらにせよこれで私と君だけの元の旅に戻っただけだ。この先はかなり危険だが……頼りにしているよ、相棒」
『Aye aye sir.船長』
そう言葉を交わしつつ、ダンは最も信頼する相棒と共に、恐らくこれまでで最大の難所であろう北大陸へと旅立った。




