物質を投影する光
ドレヴァスやデロスたちをその場に残して、ダンは砂漠中央のエアンナルから離れて、南の造成中の港町に立ち寄ることにした。
ここには水の館を介して魔性の森との船便が行き来しているので、あの奴隷市場で助け出した子供たちもついでに返すことが出来るだろう。
ダンが港町の上空までたどり着くと、モニターを通して見る街並みはかなり整理されており、漆喰とローマンコンクリートで作り上げた白亜の街並みが徐々に広がりつつあった。
『ただいまより着陸態勢致します』
ノアの言葉通り、船の高度が徐々に下がって、港町の少し外れた場所に着陸を果たす。
乗降口から顔を覗かせるとそこには、こちらに向かって手を振りながら走ってくる、ジャスパーと、サンゾウ率いる北の獣人たちの姿があった。
「おーい、旦那ァ!」
「うむ、ジャスパーと……サンゾウ君か。その後はどうだ? 順調にやれてるか?」
ダンは、目の前で肩で息をする二人にそう尋ねる。
「それなんですが……資材が足りねえ! 特に木材が! 一応魔性の森から定期的に届いてはいるんだが、開発の速度に全然追い付いてねえです!」
「あと紙もねえな。南大陸語の学習にも、商売人のノウハウを教えるにもなんだかんだで紙が必須だ」
そう二人が同時に訴えかける。
サンゾウは街並みの建築を、ジャスパーは黒妖族を行商人として鍛えるために日々講義を行っている。
その二人からの要望は出来る限り応える必要がある。
「紙は私の船に在庫が大量にあるから問題ない。全てジャスパーくんに渡そう。しかし木材か……」
ダンはその言葉に少し考え込む。
紙はともかく木材は一石二鳥という訳にはいかない。
木材に使える木だってそれなりに真っ直ぐで、ある程度大きな木である必要がある。
そんなものが急にポンポンと用立て出来るとは――
「……いや、あれがあったな」
ダンはそう言うと、一旦船に戻り、武器庫から一メートルを超える巨大な銃器のようなものを持ち出してくる。
「ダン様、それは?」
「これか? 質量のある立体ホログラムを投影する装置……なんだろうな、恐らく」
「?」
ダンですら自信なさげに解説するその装置は、あのニンフルサグの聖塔で手に入れた、立体投射装置、"創造主の筆"である。
これは植物限定ではあるが、光を投射した場所に木を創造する装置である。
また大地を癒し、幽魔などの悪しき存在を退ける力、"アセンション・フォース"なる力もある。
時間軸も質量保存則も無視して、過程をすっ飛ばして結果だけを生み出す力は、ダンをもってしても理解が及ばず、ノアの内部解析すらも拒むその難解さは規格外揃いのアヌンナキの中でも更に異質と言えた。
(地球のある物理学者が言うには……三、四次元世界の"物質"と呼ばれるものは、全て五次元以上の世界を投影した影に過ぎないという。ならばこれは……本当に上位次元の世界からもたらされた光ということだろうか?)
ダンはそう考える。
ニンフルサグの力の秘密を読み解くのは現状では不可能だ。
なので、今はただその力を利用させて貰おう。
「これを使えばこの場に木を生やすことが出来る。それを切り倒せば、即席で木材を手に入れられると思うが……」
「そ、そんなことが本当に出来るんですかい? そりゃ、それが出来るなら木材の心配なんか必要ありませんが……」
サンゾウはいまいち信じられないと言った風に言う。
ダンも正直半信半疑だが、投射装置を起動してみると、この地の気候や地形情報を自動的に読み込んだのか、付属したホログラムモニターに、あらゆる砂漠地帯に適した植物の立体映像が表示されている。
サボテンのような多肉植物がほとんどだが、中には木材に適した樹木や、食用の果実が取れる植物もある。
そして、植物のホログラム映像の近くには、古代シュメール語でそれに適した環境や気温、立地、利用法などの情報が細かく記載されていた。
「バオバブに……アカシアのような木もあるな。確かになかなか良さそうだが……気候や立地条件を満たさないと植物が発生できないのか?」
ダンは適当な場所にアカシアの木を生やそうとしたが、生やす植物の項目のところに☓印が出て、選択自体が出来なくなってしまった。
どうやら砂漠のど真ん中で、サラサラの砂地の上では植物も発生させられないらしい。
デメリットというほどではないが、最低でもその植物が生育可能であるという条件は満たす必要はあるようだ。
「ならここはどうだ?」
ダンはそれを受けて、今度は水場の近くの湿った土の上に、アカシアの木で設定した投射装置を向けてみる。
――すると、メキメキと音を立てて突如としてアカシアの木が猛スピードで生えてくる。
まるで映像の早回しを観ているようでなんとも不思議な光景だが、そのまま一分もしない内に、五メートルを超えるしっかりとした幹の真っすぐなアカシアがそびえ立っていた。
「は……!?」
「……凄まじいな。それで、これは材木に使えそうか?」
「も、もちろん! こんな立派な木なら、切り倒したらすぐにでも使える! しかし……加工はどうすればいいんです? ここに木材の加工場なんてありませんぜ?」
サンゾウはそう尋ねる。
「それも私がやろう。レーザーで切ればすぐに済む」
そう言うや否や、ダンの周辺にビットアイが一斉に集まり、一気に生えたばかりのアカシアの木に群がる。
そしてレーザーで表皮を削って切り倒したあと、十センチ四方の角材に加工していく。
あっという間に四メートル角材も出来上がり、ガラン、と砂地の上に転がる。
「ここは乾燥した砂漠だからな。二週間も砂の上に寝かせていれば、カラカラに乾いていい感じの木材になるだろう」
「こ、こんなあっという間に……!? でもこれが五十もあれば次に届く木材までには間に合うかと!」
「五十本だな? よし、分かった。すぐに作ろう」
ダンはその後、五十本以上のアカシアの木を生やしては、レーザーで切り倒して加工する工程を繰り返した。
ついでに景観や地面の保水性が高まるようにバオバブに似た木やヤシの木なんかも植えていく。
かなりの木を生やしたにも関わらず、この"クリエイター・ツール"のエネルギーは尽きる様子がない。
ニンフルサグの眷属であるダナイー曰く、放っておけばエネルギーは人の意思の力によって回復するという話だったが、そもそも何処からエネルギーを得ているというのだろう。
ニンフルサグは、『愛と創造性こそ宇宙の謎を解き明かす鍵』だと言った。
ダンにはその謎掛けが、未だあまりにも遠く離れた場所にあるように感じられた。




