素材生成
その後しばらくして――
「ぐっ……!」
ドレヴァスは、ガンガンと頭の中で響く鈍重な痛みとともに目が覚める。
周囲は既に夜。
日中と夜では気候が180度変わる砂漠では、夜間の温度は氷点下を下回ることがざらにある。
上空には青白い月が昇り、生命の生存を許さない無情な砂漠を照らして光を反射させる。
その残酷ながらも美しい光景の中で、ダンを含む、黒妖族や獣人、南方人や西洋人など多種多様な人種種族が、同じ焚き火を囲んで宴を開いていた。
「おお、グランドチャンピオンが目を覚ましましたぞ!?」
「ほう、あの感じだとまだ半日は寝たままだと思ったが……やはり回復力も並ではないな」
そう言ってダンが手招きするのに、ドレヴァスは不承不承ながらも従って、焚き火の前に腰掛けた。
「どうかね? 身体の感じは。一応船に運んで、全身くまなくメディカルチェックして異常がないことは確認済みだが」
「……とにかく頭痛が最悪だ。頭の中で誰かがガンガン絶え間なく鐘を鳴らしてるみてえにな」
そう答えるドレヴァスに、ダンは「ははは!」と朗らかに笑って言う。
「呂律も回っているようだし、その程度なら大したことはないさ。脳波も正常なのは確認済みだしな。常人なら頭が吹き飛ぶくらいのパンチだったんだが、君にかかれば軽い脳震盪程度か。まったく呆れた耐久力だ」
「ちっ……それを正面からぶち破っておいて何言ってやがる」
「生き物が私の半分本気のパンチを耐え切れる時点で尋常ではないからね。君ならRPG-7を生身で受けても生き残れるかも知れんな」
ダンはそう言ったあと、焚き火を囲んで集まった者たちに、杯を掲げて声を掛ける。
「さて――全員出揃ったことだし、改めて乾杯しようじゃないか。今日この夜が、この地にとって記念すべきものになることを願う。これから新たな仲間を迎え入れて、この"エアンナル"を盛り立てていこうじゃないか。乾杯!」
「「乾杯っ!」」
ダンの号令と同時に、集まった者たちは一斉に杯を高く掲げる。
そうして一斉に皆が杯を飲み干すと、ドレヴァスの前にも遅れて料理の皿が配られる。
「……エアンナル?」
「ああ、今からここに築く都市の名前だ。そこにあるイナンナの聖塔、天の館から名前を取った。この地の象徴だからね。皆と相談して決めた」
ダンはそう言って、遥か上空まで続いている、塔というには細い、一本の管のような建造物を指さした。
「……あれは一体何なんだ? ここの連中にも正体を尋ねたが、"神の遺物"だ、という以外誰も何も知らねえ」
「昔、この世界には生き物や自然、大陸などを全て創った神々――というにはいささか俗っぽい人々だが、そういう超越者たちが居た。あの遺跡はその人々が遺したものだ。私はそう言う古代の遺跡を巡礼し、その機能を復活させて人々のために使う旅をしている」
「この地はイシュベールが来るまでは、渇いた土と幽魔の眷属が湧くだけの絶望的な場所でした。ですがこの御方がイナンナ神の遺跡を継承し、我らに知恵と恵みを授けてくださったことで、この土地に豊かさと平和がもたらされたのです」
ダンの言葉に続いて、イーラがそう補足する。
「ほおお……! なんとも壮大な話ですな! やはりダン様は神々の使いであらせられた! だとするなら、ドレヴァスですら圧倒するあの強さにも納得がいくというものです!」
「イナンナ神……!? で、ではあの、高い塔は、幽冥の王クインサの大侵攻で失われた、伝説の天の館……!?」
感心するデロスを他所に、カスパリウスは雲の遥か上まで突き抜けてそびえ立つ、天の館を見上げて、声を震わせる。
「ほう、君はイナンナの信徒なのか? そう言えば何か祈りの言葉も叫んでいたな。如何にもあれは天の館、イナンナが遺した古代文明の遺構だ。南大陸では人間の国でもイナンナは信仰されているのか?」
「はっ……北部の最大都市"アレクサンドリア"においては、イナンナ神が主神として最大の権威を持っています。しかし……先のクインサの侵攻によって大陸の南半分が焼き払われて砂漠と化し、聖地と目されていた天の館の道筋が完全に途絶えてしまったのです」
カスパリウスは、南大陸語でそう説明する。
それを聞いて、ダンは闘技場だけでなくこの天の館自体も観光名所として収入源に出来るかもと考えた。
「なるほど……見ての通り、ここに居る黒妖族が代々守り続けてくれたおかげで、遺跡は無事だ。君もこの地の守護者として暮らす訳だが、先達として彼らに色々教えを乞うといいだろう」
「おお……! 感謝します、我が主よ! 我が主神と、そして守護者の一族の方々に仕えようとは、これ以上ない栄誉です!」
カスパリウスは礼拝のような姿勢を取りながら、ダンに頭を下げる。
ダンはそれに苦笑しながらも、まあこれなら黒妖族の者たちとも上手くやれるだろうと安堵した。
どうやら南大陸人は、西や東と違って異種族に対する差別意識は低いようだ。
「……ダン様、いえ、皆と同じくイシュベールとお呼びした方が?」
そんな時、先ほどまでむっつり黙り込んでいたルシウスが、手を挙げながらそう発言する。
「ダンで構いません。イシュベールは異種族の人々に伝わる私の称号であって、名前ではありませんから。それで、何でしょう?」
「ではダン様と……御身はこの地に建造物を造ると仰られましたが、この見渡す限りの砂の大地で、どのようにまとまった数の石材を手に入れるのでしょうか? また、人足や石工の職人などの手配もお済みではないようですが……」
そう真っ当な疑問を呈すルシウスに、ダンは頷きながら言った。
「なるほど、それは大変素晴らしい質問です。――では、せっかくなので今から皆さんに天の館の内部をお見せしましょう」
「えっ?」
そう口にするダンに、一同は呆気にとられて言葉を失った。
* * *
『やあ、お父様! 久しぶりだね!』
天の館に入るなり、額にゴーグルをかけた、作業着を着たノアにそっくりのホログラム少女、アナが出迎える。
アヌンナキの遺跡を解放する度に、その設備を管理させる為のAIの仮想人格を導入したはいいものの、元の製作者の趣味が反映され過ぎて、どいつもこいつもキャラが濃過ぎるのがダンの目下の悩みであった。
そんな中でも、ギリギリ話せるレベルなのがこのアナというAIであった。
「ああ、そうだな。その後は変わりないか?」
『もちろん! しっかり管理しているよ! もう少しメカを触らせてもらえると嬉しいけどね!』
アナはくるくると、ホログラムであるはずなので使えないはずのスパナを手元で回す。
「すまんが今回も機械とはあまり関係のない仕事になる。石材は創れるだろう?」
ダンの言葉に少し考えたあと、アナは言った。
『もちろん作れるけど……どんな石がいいのさ?』
「そうだな、今回は試作だから……色んな形を作って貰おう。一メートル未満で、形は任せる。いくつかサンプルを創ってくれ」
『おっけー! ちょっと待っててね』
アナはそう答えると、天の館のブラックホール炉を起動させる。
天の館はいわゆる巨大な3Dプリンタなのだ。
宇宙空間にあるブラックホール炉で、衛星軌道上の小惑星帯から原子を取り込んで合成したあと、地表の投射装置に転送して高温でスプレーのように吹き付ける。
基本的に金属の加工と生成がメインだが、石材も元素である以上問題なく生成できるのだ。
「さて、しばらく時間がかかりそうなのでここで待とうか。三十分もすればいくつかは出来上がっているだろう」
「……! ちょ、ちょっとお待ち下さい! あまりに凄まじい光景過ぎて、理解が追い付いておりませぬぞ!」
呆然としている者たちを代表して、デロスがそう声を挙げる。
「ま、まず聞きたいのは、あの半透明な、ノア嬢のような方は何なのですか!?」
『あ、ボク? ボクはアナだよ、よろしくね!』
「この子はまあ……この天の館を守護する精霊のようなものだと思ってください。私が居ない時は基本的にアナにここの管理を任せています」
実際には違うが、現地人には精霊ということにしておいたほうが分かりやすいだろうとダンはそう説明する。
それに対しアナは、胸を張って得意げに鼻を鳴らす。
「せ、精霊……!? まさかそんなものまで従えているとは……! で、ではあそこに積み上がっている黄金の山は!?」
デロスは次に、山のごとく大量に積み上がり、ギラギラと輝きを放つ金塊の塊を指さす。
「ここに住まう黒妖族たちの財産です。彼らは代々、何千年間も苦労してこの地を守ってくれたので。だからあれを使ってこの土地を開発し、豊かにしようと思っています。もちろんあなたたちの予算もあそこから出しますし、必要なら随時追加もする予定です」
「こ、このような数の黄金や金銀財宝など、聖教会の教皇や国王ですら持っているかどうか……」
「私にとっては大した額ではありません。この程度のひと山いくらの財宝などいくらでも用立て出来ます。それよりも大事なのはこれをどう使うかですから」
そう言ってダンは、鈍く光り輝く黄金を無感情に見つめる。
ダンからすればこんなものはただの石ころに過ぎないが、この地の文明レベルにおいては重要な資源であることは理解している。
ダンの住まう地球連邦、及び太陽系連合においては、貨幣経済が徐々に衰退し、代わりに"貢献値"という、どれだけ他者に感謝され、人の役に立ったかをAIによって高度に数値化した指標が貨幣の代わりに運用されている。
これは当人の寄付か単純労働によってしか得られず、開発途上国でのボランティアや、治安の悪い国家での警備や人道支援活動など、危険かつ皆が嫌がる仕事ほど報酬が高くなる仕組みとなっている。
むしろ地球連邦においては、貨幣経済に引きこもって財産を溜め込む銀行家や投資家、一部の企業団体などは軽蔑の対象となっており、その発言力を失っている。
もはや金持ちが尊敬される時代はとうに過ぎ去ったのだ。
そんな高度な文明社会で育ったダンが、今更貨幣経済を導入するのは退化しているようでやや口惜しい気もあったが、現地の文明レベルに合わせて運用する必要性も理解していた。
「これ自体に価値なんかありません。これを使ってこの地の民が豊かに暮らせるようにする方が私にとっては重要です。闘技場開発はその一環に過ぎません」
「なるほど、素晴らしいお考えですな! そうであるならこのデロス、闘技場造りにより精力を挙げて取り組みますぞ!」
「……ふん、金を持っているやつの理屈だな。路地裏じゃあ金塊どころか金貨一枚で人が殺されるなんてことはしょっちゅうだ。闘技場なんてくだらねえもん造るより、単に金配ったほうがよほど奴らは喜ぶんじゃねえか?」
諸手を挙げて喜ぶデロスを他所に、現実を知るドレヴァスは冷めた口調で言う。
「ふふふ、君の言うことも分かる。貧困層に対する再分配は必要だろうが……今の状況で無闇にばらまいた所で、私の金で余計な諍いが起きたり、奪い合いや搾取が蔓延することは分かりきっている。ならば、貧困層が生きていける受け皿を作るほうが有効な手立てだと思わんか?」
「……受け皿だと?」
ダンの言葉に、ドレヴァスは怪訝な顔で聞き返す。
「そうだ。闘技場一つを作れば、莫大な数の雇用が生まれる。闘技場の清掃、売店の店員、観戦中に飲み物を売り歩いたり、場内を警備したり整備する者。それらの単純労働を貧困層や行き場のない者たちに与え、給金を支払い続けることで、一時的にお金をばらまくよりもより多くの人を長い間養うことが出来る。そしてそれで余った闘技場の利益を黒妖族が平等に分配すれば、この地域全員が豊かになれる。それが私の金の使い方だ」
「…………」
ダンの言葉に、ドレヴァスは何も言えず黙り込む。
ドレヴァスは一市民の視点であり、ダンは為政者からの視点である。
それにどちらが正しいも間違いもなく、ただ立場の違いがあるだけであった。
『できたよー!』
そんな時、チン、レンジのような音と同時に、アナが気の抜けるような声で言った。
ダンたちが巨大な炉の入り口を開けるとそこには――五十センチほどの大理石の立方体が中へと置かれていた。
『あっ、まだ出来立てて炉の中が熱々だからさ。もう少し待ってからの方がいいと思うよ』
「ふーむ……確かに内部は200℃を超えているな。ドレヴァスくん、君なら行けるんじゃないか?」
「ふん……」
ダンがそう言うと、ドレヴァスは空気が歪むほどに高温の炉の中に平然と入ったあと、高温でシューシューと煙を上げるブロックを素手で掴んで、外へと持ってくる。
「うおお……!」
それに怖気づいて後ろに下がるデロスを他所に、ドレヴァスはドスンとそれを床の上に置く。
「これでいいのか?」
「うむ、ご苦労さま」
「おお……! これは、なんと見事な大理石……こ、これはいくらでも作れるのですか?」
ルシウスは、目の前のツルツルで真四角で真っ白な大理石を見て声を上げる。
「どうなんだ? アナ」
『うーん、付近の小惑星帯が全部なくなるまでは行けるんじゃないかなあ? 二十四時間休まずに作り続けても二万年は枯渇しないと思うよ?』
「……ということだ。実質無制限と考えてもらって構わない」
「な、なんと凄まじい……! で、ですが、加工はどのようにすれば……?」
「――おい、まだなんかあったぞ」
それに被せるように、ドレヴァスが炉の奥から完成した大理石の造形物を持ってくる。
それは円錐、円柱、四角錐、球体など、様々な造形物がある中で――一つだけ異彩を放つものがあった。
「……おい、なんだこれは?」
『えっ、ボクの等身大の彫像だよ! お父様が一人でも寂しくないようにって……わわわ、壊しちゃダメだって!』
今にも拳を振りかぶって叩き壊そうとしたダンに、アナが慌てて庇って制止する。
「こんなものは要らん! 邪魔すぎて船に置いておけるはずがないだろ!」
『うええ、邪魔なんて酷いよー! せっかく苦労して私が創ったのに!』
そう言い争うダンたちを他所に、ルシウスはその彫像を食い入るように見つめていた。
「こ、これは……なんと美しく微細な造形! 聖都の一流の石工でもこうはいかんぞ!」
「わはは! なんとも愉快な精霊じゃが、さすがは神の権能といったところじゃな! あの御方が本気を出せば、聖都の全ての石工が路頭に迷うわ!」
その精巧な等身大フィギュアを前に驚愕で固まるルシウスを他所に、デロスは心底愉快そうに言う。
そして続けざまにこう言った。
「ダン様、これほどの造形物を壊してしまうのはなんとも惜しうございますぞ! なんなら闘技場の守護精霊として飾ってしまえばよろしいではありませんか!」
『わーい、やったぁ! 一番目立つとこに飾っておいてね!』
「お前たちは機械のくせになんでそんなに自己主張が強いんだ……」
ダンはAIとは思えない挙動をするノアの妹たちに、頭を抱えながらため息を付く。
「確かにこの造形は素晴らしい……! こんなものを自在に作れるなら、今更石工を呼ぶ必要もないのでしょう。ですが、石を運ぶ人足などは?」
「ええ、それはこれを使います」
ダンはそう言ったあと、パチンと指を鳴らす。
――すると、ふよふよとビットアイが姿を現して、その円盤状の胴体をブロックの上にペタリと着地させて、まるで吸盤で張り付いているようにふわふわとブロックごと持ち上げる。
ビットアイの下部に付いている反重力フレームには、触れている物体は逆に引き寄せる機能が付いており、それを利用すればまるで吸盤で引っ付いているかのごとく、かなりの重量物を引っ張り上げる事ができた。
「これ一台で1トン――即ち大人二十人でようやく上がるくらいの重量を二十メートル以上持ち上げることができます。そして最大二十台まで連結可能で、その場合は十トン以上上げることが可能です」
「と、とんでもないな……これが、あなた様が人足や奴隷など元より必要としていない理由というわけですか」
「わはは! ダン様はやろうと思えばたった一人でも闘技場建設を成し遂げられる御方だ! 我らはそのお力にただ乗りさせてもらっておるだけよ! ルシウスよ、神々の御業をいちいち疑って掛かっては受けられる恩恵も取り逃がすぞ?」
驚愕するルシウスに、デロスは愉快そうに言い放つ。
「そうだな……。お許し下さい、ダン様。あまりにも常識外れな事ばかりが起きる故に、私は御身のお力を疑っておりました。神々に対する不敬の折、平にご容赦を」
ルシウスはそう言うと、片膝を付いて頭を下げる。
「構いません。信じられぬのも無理はないですしね。それに私は神などという神秘的なものではありません。ただ皆さんより少しだけ進んだ文明を持った、別の星の人間に過ぎません。その事で不快に思ったりもしていませんのでお気になさらず」
「……寛大なるお心に深く感謝を」
ダンはそう言うと、手を差し伸べてルシウスを立たせる。
そして軽く握手を交わすと、今度はドレヴァスに顔を向けて言った。
「さて……こちらは纏まった所で改めて聞こう。ドレヴァス、私の部下になるつもりはないか? 私は考える時間を与え、君に力も示したつもりだ。無論、強制するつもりはない。誰かの下に付くのが嫌だというのなら、西大陸でも東大陸でも、何処かの大陸に降ろして君を解放しよう」
「…………」
その問いかけに、ドレヴァスはしばらく考え込むように黙り込んだあと、やがてゆっくり口を開いた。
「……いいだろう、お前の下に着こう。さっき言っていた、闘技場を創ることで、多くの貧乏人が仕事を得て金を稼ぐ……その顛末が気になる。俺もこの地で見届けよう」
「おや、意外なものに興味を示すんだね? いいだろう、なら君にも闘技場建設を手伝って貰おう。この熱い炉内から焼けた石を取り出せる君は貴重だからね」
そう言って、ダンはドレヴァスとも固く握手を結ぶ。
かくして必要な人員は出揃い、南大陸の砂漠地帯の開発が本格的に始まろうとしていた。




