砂漠の守り人
「やれやれ、酷い目にあったな……」
ようやく船に帰還したダンは、子供たちを連れて休憩室で一息ついていた。
正門を突破した後も衛兵の追っ手が掛かったが、ひとまず銃で二、三発足元を撃って脅かしたら、怖がって追ってこなくなった。
その間にカスパリウスと、他の子供たちを船に押し込めてようやくひと心地着いた所であった。
ちなみにカスパリウスは、今は治療室で顎の骨と右腕の骨の治療を受けている。
折れてはいるが綺麗に折れているので、ギプスを嵌めて安静にしてたら、元通りになるらしい。
「しかしこれはどうしたものか……」
ダンは休憩室内で、あれやこれやと弄りながら遊んでいる子供たちを前に頭を抱えた。
成り行きでつい見捨てられずに連れてきてしまったが、この子たちのことはこれからどうしようかと頭を抱える。
「はあ……まあ考えても仕方ないか。よし皆、お腹空いてないか? 甘いお菓子があるんだが欲しい人は?」
「…………! いる!」
「わたしもっ!」
ダンがそう言うと、子供たちは皆手を挙げてお菓子!お菓子!の大合唱が始まる。
分かった分かったと笑いながら、ダンはお茶菓子のマドレーヌを一人ずつ配っていく。
これはロムール産の小麦を使って船内で作った試作品であり、まとまった数があるので子供たち全員に配ってもまだ余っていた。
「おいしいっ!」
「あまーいっ!」
キャッキャとはしゃぐ子供たちを横目に、先ほどまさに売られる寸前だった年長の子が、呆然とした顔で一口かじったマドレーヌを見ていた。
「どうした? 遠慮なく食べたまえ。お腹空いてたんだろう」
「いや、えっと……ちょっと信じられなくて。なんで俺たちにこんな良くしてくれるんだ……です?」
そう不自然な敬語を話す青年に、ダンは笑いながら言った。
「別に何故ということはないさ。端的に言って私はあの奴隷制度というのが好かんのでね。市場を破壊したついでに君たちを助け出した、ただそれだけのことだ」
その返事に困惑したような顔をしながらも、青年は言った。
「お、俺たちはこれからどうなるん……ですか?」
「君たちの故郷に送ってやってもいいし、望むならここで逃がしてあげてもいい。……ただしあまり後者はおすすめしないな。今回の騒ぎでまだ衛兵が辺りをうろついているかも知れない。捕まったらすぐに連れ戻されるだろう」
「…………!? こ、故郷に帰れるのか!?」
ダンの言葉に、青年も、そして子供たちもパッ、と表情を明るくした。
「ああ、もちろん帰してやる。君たちがどこの出身か知らないが……知っているとこならな」
「お、俺は、東大陸から連れてこられたんだ。そこのミトと、ラナも同じとこの出身だ」
そう言って青年は、近くの小さな子供の獣人を指差す。
「む、東大陸というと……もしや魔性の森か?」
「……! そうだ、そこだ! そこの西の集落で、俺たちは住んでいた! なのに、突然人間が攻め込んできて……」
そう悔しそうに言う青年を他所に、ダンは今の言葉に内心驚く。
「知っているも何も……そこは私の拠点だぞ。もしかしたら君、シャットとリラという名前に聞き覚えはないか?」
「……!? ある! ゲンツさんとエリヤさんの娘だ!」
「うむ、そうか。君は運が良かったな。必ず故郷に送り届けてあげよう。他には東大陸出身の者はいないか?」
ダンがそう尋ねると、青年は近くに居た少女を前に連れ出した。
「ここにいるミトと、あと二人も俺と同じとこ出身だ。ミトは族長の娘だから、小さいけどこいつが俺たちの群れの頭だ」
そう言って、青年はあむあむとマドレーヌを食べる、まだ幼い少女を指差す。
「族長の娘、というと、まさかラースの娘か!?」
「そうだ。知っているのか?」
「知っているも何も……」
ダンは何とも言えぬ思いを抱えながら、目の前のキョトンとする少女を見やる。
ラースは自身の失態により、死なせてしまった西の集落の族長である。
確か息子が殺されて、娘と妻が攫われたと言ったが……生き残りがこんな所にいるとは。
「そうか……何にせよ。生きてて良かった。エリシャ殿もきっと喜ぶだろう」
「? お祖母ちゃん、また会える?」
「ああ、会えるぞ。私が皆を魔性の森に帰してやるからな」
そう言って頭を撫でるダンに、ミトは薄っすらと目を細めながら受け入れる。
故郷に帰還できると沸く獣人族たちを横目に、ダンはなんとも後ろめたい気持ちとなった。
――そんな時、
「ふう、やっと終わった……って、ど、どうしたんですか、この子たち!?」
ようやくトレーニングメニューを終えたのか、汗でぺったりと張り付いた船内着を着たまま、イーラがタオル片手に休憩室に入ってきた。
「ああ、終わったか。今からシャワーだろう? なら悪いんだが、ここにいる女の子たちを連れて一緒にお風呂に入ってやってくれないか?」
「え、えええ……? そ、それは構いませんけど、一体なんでこんなことになってるんですか?」
イーラは焼き菓子を口にしたままキョトンとする子供たちを前に、目を白黒させる。
「カスパリウス君を奴隷市場から連れ出すと言っていただろう? その時に、この子たちも捕まっていて、可哀想だからつい連れ出して来てしまった」
「つ、ついって……まあ分かりました。慈悲深きイシュベールのなさる事ですから、私たちはただお役に立つまでです」
「すまんな。男の子の方は私が面倒を見るから」
ダンがそう言うと、イーラは女の子たちを連れてシャワールームに向かって行った。
それと入れ替わるように、腕にギプスを嵌めたカスパリウスと、その妹が休憩室へと入ってくる。
「おお、終わったか。どうだ? まだ何処か痛むか?」
「イエ……アノ、アリガト……」
「ありがと、ござマス……」
そう片言で言う二人にひらひらと手を振ったあと、ダンは改めて――今度は南大陸語で話し掛けた。
「君たち、確か南方人という話だったな。『だったらこっちの言葉の方がいいのか?』」
「……!? 南大陸語、話せたんですか?」
突如として母国語を話し出すダンに、カスパリウスは驚きのあまりそう尋ねる。
「まあ少しね。知り合いに南大陸の商人がいてその男から教わったんだ」
ダンはそう答える。
ちなみに、南大陸語を話せる商人というのは、魔性の森で商務と財務担当をやっているジャスパーのことである。
あの猿族の獣人の男は、元南大陸出身者ということで、今は黒妖族たちに南大陸語と商人の心得を叩き込んでいることだろう。
そのついでに、ノアに南大陸語のサンプリングをさせていたのが活きたようだ。
「君たちには申し訳ないことをした。あの試合で約束した金貨二千枚は、本当は試合後にすぐに払うべきだったんだが……あの後色々騒ぎが起きてな。渡しそびれてしまったんだ。これが君の取り分だから、ちゃんと数えて受け取って欲しい」
ダンはそう言って、金貨二千枚分も入った大袋を、カスパリウスに手渡す。
「…………申し訳ありません。てっきり支払いを渋って逃げられたのかと勘違いしていました。助けて頂いた上に治療までして頂いたというのに」
ダンをして見上げるほどに巨大なカスパリウス青年は、そう言って胸に手を当てて片膝を付く。
「そう思うのは無理もないし、なにより私の都合で支払いが遅れてしまった訳だから構わないよ。そのせいで借金奴隷なんてことになったんだから、謝るのはこちらの方だ。腕と顎の治療はその慰謝料と思ってくれればいい」
「あなた様は……一体何者ですか? 先ほどのごろつきたちを一発で倒したあの武器に……この不思議な部屋。高名な魔術師様ですか?」
カスパリウスはそう尋ねる。
「魔術師ではないが、まあ似たような力を持つ者だと思ってくれて構わない。そこで君に一つ、提案があるんだが……」
ダンはそう言ったあと、コホンと咳払いしてから続けた。
「――君、私の部下になるつもりはないか? 実は私は色んな大陸に広大な領地を持っているんだが、それを護るための強い戦士が不足していてね。君ならば実力は申し分ないし、若くて人格的にも良さそうだと思ったんだが、どうだろう?」
「…………! く、詳しく聞かせて貰っても?」
カスパリウスは、必死な顔で身を乗り出しながら言った。
思った以上の食い付きに、ダンは驚きながらも言った。
「場所は、そうだな……南大陸の砂漠で、ある街の守り人をやって欲しい。家や家財道具、装備なども全て支給。給金は毎月金貨百枚で、働きに応じてボーナスや、年数によって徐々に上がっていくことも――」
「やりますッ!!」
そう全て言い切らぬ内に、カスパリウスは断言する。
その剣幕に圧倒されながらも、ダンは続けて言う。
「……誘っといてなんだが、もう少し考えなくていいのか? 細かなところで条件に不満が出てくるかも知れないぞ?」
「いえ、故郷に帰れる上に、家と毎月決まったお金まで貰えて不満なんてありません。私たち兄妹は、南大陸で人買いに攫われ、私は妹を人質に取られたまま剣闘士として戦わされていました。怪我をしたことで用済みと言われて私も売られましたが……いつかこの境遇を抜け出して、故郷に帰るのが夢だったのです」
そう存外に重い過去を吐露して、カスパリウスは続ける。
「なので帰れるならどんな形でも良かったんですが……まさか手負いのこの身に家や装備まで頂けて月に金貨百枚も貰える仕事なんて普通ありません。どんな危険があろうとやります!」
「そうなのか……まあそれなら私としては否やはない。それどころか俄然君のことが気に入ったよ。あと数日もすれば南大陸に出発するから、君たち兄妹もここに滞在するといい。今更聖都に戻っても逃亡奴隷として連れ戻されるだけだしな」
「はっ!」
まるで騎士のように片膝を付いて礼をするカスパリウスに、ダンは続けて言った。
「それとその腕なんだが……一月もすれば、元通り剣も振れるようになるだろう。折れ方も綺麗だったし関節も無事だ。だがしばらくはそのまま動かすな、骨がくっつき辛くなる」
「ほ、本当でございますか!? ありがとうございます!」
そう嬉しそうに言うカスパリウスに、ダンはうむと頷いたあと、また新たな部下を迎え入れたのであった。




