強行突破
それから二日後、デロスと合流するまでに、ダンが魔法とやらの解析をしながら暇を持て余していると――
『船長、報告があります。前日からビットアイによって捜索させていた剣闘士、『カスパリウス』の消息が判明しました』
ノアから船内放送を通じて、そう報告が入る。
「おお、そうか! 彼もまた非常に類稀な闘士だった。是非とも勧誘したいところだ。それで、どこに居るんだ?」
『――現在、奴隷市場で競りに掛けられていることが確認されました。借金があり、それを返済出来ずに奴隷身分に落ちたようです』
「なに……!?」
そう聞き捨てならないことを言われ、ダンは声を上げる。
即ち借金奴隷ということだろう。
それがいくらの額かは知らないが、ダンは彼に約束したファイトマネー、金貨二千枚分をまだ払っていない。
試合が終わった後で、ドレヴァスの乱入やらゴタゴタがあって払いそびれていたのだ。
もちろん踏み倒すつもりはなく、今回見付け出して、勧誘ついでに払うつもりではあった。
しかし借金奴隷ともなると、ダンが報酬を払うのが遅れたおかげでそんなことになってしまった可能性が高い。
「やむを得んな……。すぐに救出に向かうか。最悪、その奴隷市場とやらを潰しても構わん」
ダンはそう考える。
基本、地球連合の軍人は未開の地に降り立った場合は、現地の法に従うことが常である。
しかし、現地が奴隷制度といった非人道的な行為を行っている場合はその限りではない。
その場合は、緊急避難として一部武力行使が認められる。
「よし、では行くか」
「はい、お供します!」
意気揚々と立ち上がるイーラに、ダンは言った。
「君はダメだ。聖都では既に顔が知られてるし、バレたら騒ぎになりかねない。それに、今日はトレーニングメニューがある日だったな。ノアに管理してもらいながらしっかりやり遂げるように」
「そんなぁ〜……」
ダンの言葉に、イーラはへなへなとへたり込む。
ちなみにイーラは二日に一度はダン監修の地獄のブートキャンプを、船内のトレーニングルームで実施している。
黒妖族は、獣人や吸血鬼のように身体能力に優れた種族ではないので、厳しいトレーニングが必須であった。
「この程度のこと私一人で十分だ。私なら顔も割れてないしな。という訳で行ってくる。留守は頼んだぞ」
『了解しました』
「はぁい……」
そう二人に言いつけてから、ダンは久々にSACスーツを着込んで、光学迷彩を起動する。
そしてハッチから地面に降り立ったあと、ジェットパックで聖都の外壁を軽々と飛び越えて中へと侵入した。
* * *
「ノア、どの辺りかナビゲートしてくれるか?」
『了解しました』
ノアの通信に従って、未だ人の行き交いで賑わう聖都の往来を通り抜ける。
向こうはダンの姿が見えてないので、一切バレずに件の奴隷市場まで辿り着くことが出来た。
奴隷市場という語感からして、薄暗いオークション会場で怪しげな雰囲気のもとで行われているものと思ったが、この市場は白昼堂々、往来の元晴天の下で行われていた。
「さあさあ、お立ち会い! 今度の奴隷は獣人種の男だ! 少し痩せているがまだ若い働き盛り! 労働奴隷で如何でしょうか皆さん!」
「二○!」
「いや、こちらは三〇出すぞ!」
そう快活に売買の声が飛び交う様はまるで地球の魚河岸のようであった。
その明るく賑やかな様を見ると、この国の人々はこれだけ奴隷制度というものに馴染んで忌避感を失ってしまったのかと暗澹たる気分になる。
売られていく件の青年にはいずれ助けることを誓って心のなかで詫びながら、ひとまずカスパリウスのことを探すことにした。
市場の裏側に回ると、獣のように鉄格子の中に入れられ、枷を嵌められた者が大勢閉じ込められている。
その中で最も大きな――猛獣の檻のようなものに入れられた、褐色肌の大男、カスパリウスの姿があった。
かなり大型の檻であるにも関わらず、身体を折り曲げて窮屈そうにしている。
イーラにへし折られた右腕と、顎に包帯を巻いているが、その顔はまだ青年と言ってよく、兜の下は若々しく美しい顔をしていた。
「……カスパリウス君で合っているか?」
「?」
ダンがコンコン、と鉄格子を叩いて西大陸語で尋ねると、カスパリウスはキョトンとした顔で声の方を見やる。
しかしそこには誰もいない。にも関わらず、続けて声が聞こえてきた。
「君を助けに来た。先の試合で約束の報酬を払いたかったんだが……少し予定が狂って支払いが遅れてしまった。このままでは申し訳ないので、君をここから出して、改めて支払いたいと思う」
「…………!?」
「私の姿が見えないのは、まあ魔法の力のようなものだと思ってもらって構わない。では開けるぞ」
ダンはそう言うと、檻を繋ぎ止めているチェーンを、高振動ナイフでチュン、と軽々と断ち切る。
そして、困惑するカスパリウスの手を引いて、その場から退避した。
「待テ……貴方、何モノ……!?」
走っている最中、辿々しいながらもカスパリウスはそう尋ねる。
「私の正体は後々説明しよう。とりあえず今は安全な場所まで退避するのが先だ!」
「待ッテ……! 私、妹、イル! 置いて、イケナイ!」
「なにっ!?」
そう聞き捨てならないことを聞いて、ダンは思わず足元を止める。
兄妹で奴隷落ちしてしまったのだとしたら、流石に片方だけ連れて行く訳には行かない。
「妹はどこに居るんだ? 何か特徴でもあるのか?」
「い、妹、ワタシと同じ、場所イタ! 青イ目、暗イ肌。マダ十歳、なイ、小サイ子」
ダンはその特徴を暗記する。
「分かった。ではその子もここに連れて来よう。そしたら私に大人しく着いてきてくれるな?」
「…………!」
ダンの言葉に、カスパリウスは何度も首を振る。
「おい、奴隷が一匹逃げたぞ! 一番デケえ奴だ!」
「何!? まだそんな遠くには逃げてないはずだ! 探せッ!」
市場の方ではそんな殺気だった声も聞こえてくる。
しかしダンはそれらの声を無視して、一気に奴隷市場の裏に舞い戻る。
(青い目、褐色肌の小さい子……居た! あの子か!)
すぐに見つけたダンは、その女の子の檻に近付いて、高振動ナイフで一発で鍵を開ける。
「カスパリウスの妹さんだな?」
「…………!?」
ダンが姿を現しながら話し掛けると、その少女は怯えた顔で体を震わせる。
「大丈夫、お兄さんから助けるように言われたんだ。一緒にここから逃げよう、立てるかい?」
「オニイチャン、が……?」
ダンがそう言うと、少女は困惑しながらも立ち上がる。
「あう、あうう!」
しかしその隣の檻では、別の捕まっている子供が、助けて欲しそうに鉄格子を掴んで声を上げる。
ダンはそれを見て少しの間躊躇ったあと――やがてヤケクソ気味に次々と檻の鍵を高振動ナイフで切断していく。
「……ええい、くそっ! こうなったら全員連れて行ってやる! 全員私に着いてきなさい! 家に連れて帰ってやるから!」
ついでにさっき買われた若い子の手枷も外してやると、後ろから騒ぎを聞きつけた男たちが迫ってきた。
「おい、ここに奴隷たちを逃がしてる妙な野郎がいるぞッ!」
「野郎、何処のモンだてめえ!」
そう言って剣を構える用心棒らしき荒くれ者たちに、ダンは子供たちを背に庇いながらハンドガンを向けて言った。
「――君たちは地球連合、ならびに太陽系連合における『子どもの人権条約』において、重大な違反を犯している。よって私の銃火器の使用は制限されない」
「何を訳の分からない……ぐああ!」
「うぎゃッ!?」
「いでぇッ!」
ダンは三人の太腿を一呼吸でパパパ、とサイド・グリップで撃ち抜くと、子供たちを引き連れてカスパリウスの元へ戻る。
「アニタ! ……ドウシタ、この子タチ?」
「話は後だ! 私に着いて来い!」
ダンはそう言って全員を引き連れて、門の方に向かう。
カスパリウスだけならどうとでもなったが、流石にこの人数となると担いで壁を飛び越えるのは現実的ではない。
よって、正面から突破するしかなかった。
「貴様ら、止まれぇ! 一体何事……ぐあッ!」
「うぐぉ!?」
追いかけて来た衛兵たちが、突如悲鳴を上げながら崩れ落ちていく。
『対象を電気ショックによって無力化しました』
「でかした、ノア! よし、このまま真正面から門を突っ切るぞ!」
ダンは子供たちが一人も脱落してないことを確認したあと、今まさに閉じようとしている正門に向かって駆け出した。




