良き統制者
『体温、脈拍ともに上昇。身体の中枢部に出血が見られます。血圧急低下、著しく健康を損なった状態です』
「原因は何か分かったか……?」
船内にある医務室のベッドにて、ノアに治療を受けながらダンは尋ねる。
イーラはそれを見るモニターの前で、痛々しそうに顔を歪めていた。
『――破壊性のナノマシンによる中枢神経への侵食が原因であると思われます。口腔内から侵入し、血管を通って身体を巡り、中枢神経や脳幹の一部分を作り直しているようです』
「ナノマシン……!? あちらさんもナノマシンを使っているというのか!? 破壊を食い止められそうか?」
『可能です。相手側のものよりこちら側のナノマシンの抵抗性の方が上回っているようです。駆逐しようと思えばいつでも可能ですが、どうなさいますか?』
ノアはそう尋ねてくる。
どうやら洗礼を受ける前に強力なナノマシンを打ったのは正解だったらしい。
まさか相手側もナノマシンを使っているのは予想外だが、余裕を持って対処できるのは僥倖と言える。
「相手がどういったものを子供に飲ませているのか確かめたい。そのまま好きにさせておいてどうなるか観察してみてくれ。その間、私は元の身体に戻る」
『了解しました』
そう言葉を交わしたあと、ダンは現在の子供の体との連結を切って、元の本体を取り戻す。
「……やはりこっちだな。視点が低すぎるというのはどうも落ち着かん」
『お帰りなさいませ、船長』
うむ、とノアの言葉に頷いたあと、ダンは取り付けられたケーブルを外して、保護カプセルから出る。
医務室の前ではイーラがそわそわと心配そうにモニターを見ており、ダンはそれに苦笑いしながら声を掛けた。
「何をやってるんだ?」
「えっ、あ、ダン様!?」
イーラはモニターの中の子供の身体と、今の元のダンを見比べて困惑するも、ようやく状況を理解したのかホッと一息ついた。
「今のそれは私の抜け殻のようなものだ。心配しても仕方がないぞ?」
「えっと、いや、その……なんと言うか、情が移ってしまったというか……」
「ははは! まあ無理もない。しばらくあの姿で一緒に過ごした訳だからな。だが安心するといい。あの身体はノアがキチンと治療してくれる。そして魔法なるものが本当に使えるのか確かめる必要があるからな。廃棄処分したりもしない」
「…………! そうですかっ」
その言葉に安心したのか、イーラは胸を撫で下ろした。
「なのでその間は休憩室で待っておこう。君にはさっきのことで精神的負担を掛けたからな。とびきりの船内食をご馳走しよう」
「ホントですか!?」
「ああ、着いてきなさい」
そう言って、ダンは休憩室でイーラにケーキとパフェのセットをご馳走する。
それに幸せそうに舌鼓を打つイーラを他所に、ノアは淡々と『魔法』の正体の解析を始めた。
* * *
――そのまましばらくして、
『解析完了致しました。船長にご報告がございます』
「うん、聞こう」
ダンも休憩室でコーヒーを啜りながら答える。
『結果から言えば――魔法の正体はナノマシン、体内に取り込んだものと、空気中に散布したナノマシンを共鳴させて、発火、放電、凝固などの自然現象を起こして、それを奇跡や魔法と称しているようです』
「……ということは、科学で説明がつく領分か?」
『はい。一部不明な技術が使われていますが、概ね科学の分野です。もっとも複雑なのはナノマシンで自然現象を起こしているメカニズムですが……恐らく"摩擦"と"振動"を使ったものと予測されます』
ノアの言葉に、ダンは大いに頷く。
「つまり、空気中に散布した無数のナノマシン同士をぶつけ合い、擦り合わせたり共鳴して振動させたり、一箇所に固めたりすることで、まるでそれが神秘のように自然現象を起こしていた、ということだな?」
『未だ予測の範疇ですが、その可能性は高いと思われます』
ダンはその説明を聞いて、うーん、と悩む。
その仕組みなら、恐らく火を放ったり、空中放電を起こしたり、凝固して一時的に氷結させたように見せかけることも出来るだろう。
だがそれ自体は決して悪いものとは思えない。
指先でパチンと火を付けられれば、ライターもないこの文明レベルでは非常に便利だし、ならず者に襲われた時に放電で撃退出来れば、身を守ることも出来る。
要はナイフと同じで使い方次第と言ったところだ。
児童虐待の側面があるので肯定はしないが、たとえそれがまやかしの類であっても、恩恵を与えているということ自体は嘘ではなさそうだった。
――しかし、ノアの次の言葉にその考えを改める。
『体内に取り込んだナノマシンを解析した結果、どうやらあのナノマシンには、取り込んだ者の脳幹の一部分を改造し、思考統制を行う機能があるようです』
「……なに?」
ノアの言葉に、ダンは思わず聞き返す。
『"教会の教えに一切疑問を持たないこと"、"主神の命には逆らわないこと"。これらの命令が幼少期の頃から無意識下に刷り込まれ、大人になる頃にはそれを自分自身の考えとして受け入れられるよう、思考誘導のプログラムが組み込まれています。脳幹の理性を司る分野の機能を一部抑制し、教会の教えを優先させるよう思想統制を図っているようです』
「……大規模なナノマシン統制か。そう考えると、先ほどの司祭もその洗脳を受けた被害者と言えるかも知れんな。その信号はどこから出ているんだ?」
『聖都の中心部、聖教会本部中枢にコントロールタワーがあるようです。また、東大陸にある東方聖教会本部にも、同様のものが仕込まれていると予想されます』
ダンはそれを聞いて、少し考え込む。
最初はそのコントロールタワーを破壊して、この洗脳システムそのものを根底から破壊することを考えていた。
……だが、これは考えようによっては非常に有効なシステムなのではないだろうか?
十代の子供に対する苦痛をともなう洗礼という儀式には、非常に難があるものの、魔法という恩恵を与えるシステムはなかなか悪くない。
そして主神と教会という立場を乗っ取ってしまえば、教義を書き換えて、異種族への弾圧や差別をやめさせて、奴隷制度なども一斉に駆逐出来るのではないか?
思想統制が悪しきものなら、良い方に思想を統制すればいい。
既に教会のコントロール下にある人物を、一人一人洗脳から解いていくのははっきり言って現実的ではない。
ならば自分がそのシステム側になればいいのだ。
やがて思想統制そのものを廃止し、"魔法"という上澄み部分だけを残せば、全人類種族が恩恵を受けられる理想的なシステムに変わる。
「ノア、そのコントロールタワーのシステムを遠隔で乗っ取ることは可能か?」
『……現状では演算能力に不足が見られます。しかし、数々のアヌンナキの聖塔を解放してシステムを連結したことで、本機の演算能力は大幅に向上しています。ですので――』
「巡礼の旅をしていけば、いずれは乗っ取ることも可能ということか。よく分かった。ならば私のやることは変わらんな。引き続き、アヌンナキの遺構を探索していこう」
ダンの方針は決まった。
全人類全種族の調和の為、引き続き謎多きアヌンナキの遺跡に挑む決意を新たにしたのであった。




