新たな来客
ダンはデロスを引き連れて一端王都を離れ、外壁の外に出る。
流石にダンの船を衆目に晒してパニックを起こす訳には行かないので、人目から遠く離さなければならなかった。
「ふぅ……ふぅ……! この歳で遠出は、流石に応えますな! まさか外壁の外にまで出ることになろうとは……!」
闘技場に関しては情熱が底なしなデロスも、体力は年相応なのか、馬車道を息を荒げながら歩く。
「すいません、王都の中では私の船は目立ち過ぎたので、人目につかないところまで移動してもらう必要がありまして」
「し、しかし船とは言いますが、ここは港とは真逆ですぞ? 運河もありませんし……こんな場所に船があるとは到底思えませんが」
「いえいえ、海を必要とする船ではないんですよ。じきに分かります。――ノア、この辺りで良いだろう。私たちの付近に本船を降ろしてくれ」
『了解しました』
ノアから通信でそう返事が来ると、ダンたちの周囲に生暖かい突風が吹き抜ける。
恐らくエンジンからの排気だろうと当たりをつけたダンは、既に船が自分たちの直ぐ側に着地しつつあることを理解する。
「デロスさん、その場から動かないで下さい! 着地に巻き込まれますから!」
「こ、この風は一体……!?」
デロスのそう困惑する声と同時に、ズシン、と地響きを立てて――本船が着地と同時に姿を現した。
「うおお、こ、これは……船、なのですか!? 目の前にいきなり、こんな巨大なものが!?」
光学迷彩を解いて、いきなり目の前に現れたノアの本体に、デロスは腰を抜かしながら声を上げる。
既存の帆船などとは余りにも形や規模が違うため、これを船だと認識すら出来ていないようであった。
「これが私の"船"ですよ、デロスさん。空を飛び、大陸を股にかけ、彼方の星まで飛んでいくことができる。私の自慢の相棒です」
「これが、船……!? あなたは、一体……!?」
そう告げるデロスに、ダンは笑みを浮かべながら言った。
「――私の名はダン・タカナシ。あの空の果てからこの星にやってきた宇宙の旅人ですよ。……もっとも今は、帰る星を失っている漂流者ですがね」
ダンはそう答えると、太陽の光を反射して銀色の光沢を放つ、自らの相棒を頼もしげに見上げた。
* * *
「いやあ、驚きましたぞ! まさかあのお坊ちゃんが、空の果てから来られた神々の使いだったとは! イーラ嬢のことといい、あなた様が来られてから、わしの常識はひっくり返されることばかりですわい!」
船内の休憩室で冷たいミルクを飲みながら、デロスはこれ以上ないほどの上機嫌で言う。
「私は神の使いなどではありませんよ。ただの宇宙の漂流者です。帰還の道を探る最中に、この星に住まういわゆる"亜人"、と呼ばれる異種族の人々の境遇を哀れに思いまして。我慢出来ずに手を差し伸べた結果、いつの間にか私が彼らの代表者のようになってしまっただけです」
ダンはその向かいに座り、子供の身体に合わせてジュースを飲みながら答える。
「なるほど……このような神々に等しき力を持った方々からすれば、我らの成さりようはさぞや愚かで滑稽に映るのでしょうな。わしとて闘技場の奴隷闘士の闘いぶりを楽しんでいた身ゆえ、耳が痛い限りですわい」
デロスは珍しく、悔いるような渋い顔をして言う。
「あなた方を責めるつもりはありません。恐らく社会の構造的な問題でしょう。私が思うに、聖教会がいわゆる亜人の差別を助長させているのです。自らの権威を高める為か、はたまた別の狙いがあるのかは分かりませんがね」
「主神が? ……いや、確かに、聖教会の教義の中には、"人と獣の血が混じった者は、前世で罪を犯して獣に落とされた者故に、奴隷として扱うことが彼の者らの救いとなる"という一文があります。これ以上は主神への批難と成りかねませんので、恐ろしくて口には出来ませんが……」
意外に信心深いのか、デロスは震え上がるように自らの肩を抱く。
「あなた方が主神とやらの教えに異を唱える必要はありません。それはこの星の部外者である私がやりましょう。……しかし、宇宙の視点からの絶対的な真実は、全ての命は対等に調和すべきであり、奴隷として生きていくために生み出された命など一つもないということです。悔い改めよなどと上から言うつもりはありません。心の奥底に留め置いて下さい」
「分かりました……なんともやり切れぬものですな」
神妙な顔で頷くデロスに、いい加減重たい空気を察したダンが言った。
「まあそのような説教をする為に呼んだのではありません。元の話に戻しましょう。私のこの"船"を使えば、わずか十五分でここから南大陸の砂漠地帯までひとっ飛びで行くことが出来ます。あなたはそこに向かい、私たちと共に歴史に残るような偉大な闘技場を作って頂きたい。お引き受け頂けますか?」
「…………」
ダンがそう尋ねると、デロスは少し考える素振りを見せる。
しかしやがてこう言った。
「先ほども言いましたが……この老体にとって身に余る栄誉な仕事です。このようなものを見せられて、今さらそれが嘘などと疑ったりもしておりません。……ただ、少し気になることがあります」
「ほう、気になること?」
デロスの言葉に、ダンは興味深げに聞き返す。
「何故わしなのかと言うことです。これほどまでの不思議な力を持つあなたなら、この非力な老人一人の力などなくとも、自身の力だけで偉大な功績を成し遂げられるでしょう。それなのになぜ、わしのようなものを使おうとなさるのか」
その言葉に「ほう」とダンは息をついたあと言った。
「もっともな疑問です。それには二つ答えがあります。まず第一にデロス氏に個人的に力を貸してもらった恩返しがしたいという側面。そしてもう一つ、文化的な側面もあります」
「ほう、文化的な?」
デロスは興味深そうに身を乗り出した。
「ええ、おっしゃる通り、私一人でも建てようと思えば偉大な闘技場を建てることも出来るでしょう。……しかしそれは、本当にこの星の建築物と言えるのでしょうか?」
「?」
ダンの言葉に、デロスは不思議そうに首を傾げる。
「思うにこれは、星同士における文化的侵略の側面を孕んでいます。私が今の力をフルに使って、自分の思う建物を作れば、恐らく私の故郷の星の建物と似たようなものが作られるでしょう。実際に私はそれに該当する建物をいくつか作っています」
そう言うとダンは、休憩室のモニターを操作して、そこに英国のオックスフォード大学やケンブリッジ大学を模して作った、魔性の森の学園を映像として映し出した。
「これは……なんと見事な!」
「ええ、これも確かに良いものですが……私はこの星の建築物が、このように私の星の影響を受けたものばかりになるのはあまり好ましいとは思っていません。この星の人々が自分たちで考え、我々の影響を受けずに独自に作った建築物を作ることに意義を見出します」
「なるほどなるほど! 仰りようは理解できました! そこで選ばれたのが、無二の闘技場狂いであるわしという訳ですな!? 現地人の感性だけで、素晴らしい闘技場を作り上げて見せろと!」
「そういうことです」
デロスの言葉に、ダンは頷いて肯定する。
「いやぁ、なんたる僥倖か! この話、是非ともお受けさせて頂きますぞ! わしがこの星の代表者の一人に選ばれるとは光栄の至り!」
そう言って笑顔で手を取るデロスに、ダンも大いに頷く。
「ええ、では早速細かな話を……」
――そうダンが答えたその時、船内にガン! と激しく壁を殴り付けるような音が響いた。




