竜の末裔
「お、おお……! 新たなグランドチャンピオンだ!」
「グランドチャンピオン!? しかもまだあんな若い小娘が!?」
「うおおおおッ! 黒き閃光万歳! 大儲けだぜッ!!」
観客から驚きと困惑の混じった声が上がりながらも、盛大に称賛される。
リングの真ん中で、運び出されていくカスパリウスを呆然と眺めているイーラを見て、ダンもようやくホッと胸を撫で下ろす。
恐ろしい相手だったと心から思う。
今回はもう、パワードスーツの性能をフルに押し付けてどうにか勝ちを拾った形だ。
今までもそうだったが、今回に関してはスーツの補助なしでは近付くことすら危うかっただろう。
なんとか早期決着できたが、流石に剣闘の王者ともなると隔絶した実力を感じさせる。
しかしあの腕ではもう闘士としては役に立つまいと、ダンが残念な面持ちでカスパリウスを見送っていたその時――
「「おおおおーーっ!!」」
状況にそぐわぬ盛大な歓声が上がり、ダンは再びリング内に視線を向ける。
そこには――闘技場の観客席の敷居を越えてイーラの前に立ちはだかる、ドレヴァスの姿があった。
「なっ……!?」
ダンは思わず立ち上がる。
ドレヴァスとは、あのイゾルデとの戦い以降関係を解消して別れている。
ノアの報告で闘技場には来ているのは分かっていたが、まさかこんな大胆な手段に出るとは……!
まさかこんな派手な登場しておいて、前チャンピオンから新チャンピオンに祝福の言葉を、なんて話にはなるまい。
ドレヴァスはイーラの戦闘力に非常に興味を示していた。まず間違いなく戦闘になるはずだ。
「ノア、イーラに通信して引き上げさせてくれないか? 流石にこれは訓練の範疇を超えすぎだ。さっきの試合でも相当神経を削られたが、こっちの心臓が保たんぞ」
「既に試みています。ですが本人は、『やりたい』との返答です」
その返答に驚きながら闘盆の方を見やると、その中心からまっすぐこちらを見返しながら、ぐっ、と親指を立てているイーラの姿があった。
「……スーツの性能を自分の実力と勘違いして全能感に浸っているんじゃないだろうな? それだととても許可は出来ん。ノア、バイタルの数値はどうだ?」
イーラの体内のナノマシンを通じて、ノアにバイタル情報が送られてくる。
「脈拍、呼吸ともに正常。多少のドーパミン反応が見られるものの、戦闘直後であることを考慮すれば許容範囲内です。脳波に異常も見られません」
「まったく……誰に似たのか戦闘狂になってきているじゃないか。冷静なら許可しよう。ただし、こちらが危険な状況と判断すれば即座に割って入ると伝えてくれ」
「『わかりました』との返答です」
ノアの報告を受けて、ダンは改めて試合場を見やる。
既に観客の熱狂は最高潮に達し、戦いが起きるのは既定路線のようになっていた。
正式な試合でもないのにそこかしこでトトカルチョが組まれ、観客がそこに殺到して多くの金が飛び交っていた。
「さあ、世にも稀なるグランドチャンピオン同士の対決だッ! 倍率は龍鱗が二倍で黒き閃光が七! これを逃せばもう一攫千金は手に入らねえ、賭けない手はねえぞ!」
「俺は龍鱗だ!」
「俺もだ!」
「龍鱗に1タレント!」
「いや、ここはあえて黒き閃光だろう!」
倍率で言うとイーラが圧倒的な大穴だ。
それもそのはずで、ドレヴァスは二メートル超の筋骨隆々の巨人であるのに対して、イーラはごく一般的な少女ほどの体格しか有していない。
これまで超絶した速さと体格に見合わぬ腕力で破竹の勢いで勝ち進んできたイーラだが、さすがに伝説的なチャンピオンの前では分が悪いと判断された。
そんな周囲の下馬評を他所に、イーラはドレヴァスの前に佇んでいた。
「受けてくれて感謝するぜ。久々にまともにやり合えそうな相手を見たんで、身体が疼いてしょうがねえんだ。悪いが最初から全力で行かせてもらうぞ」
「構いませんけど……あなた相手に加減が出来る気がしません。万が一取り返しのつかないことになっても恨まないでくださいね」
そう不敵に言い放つイーラの言葉に、ドレヴァスはニヤリ、とその口元を歪めながら答えた。
「安心しろ。加減が利かないのは――お互い様だァ!!」
そう言うや否や、ドレヴァスは審判の合図も待たずに拳を振り上げて襲い掛かってくる。
どちらにせよ非公式な試合、ルール無用なのは承知の上である。
(予想より速――――熱っ!?)
それを問題なく躱したイーラが、最も驚いたのは速さや威力ではなく、その熱気であった。
近付くだけで顔が焼き付くような熱さ。
その振り回した腕から火の粉が飛び散り、その拳が地面に突き立った瞬間――
ドンッ!! という火薬のような爆音とともに地面に火柱が立った。
イーラはパラパラと降り注ぐ礫に顔を顰めながら、慌てて距離をとって構えを取る。
土煙の中からは――両腕と背中に炎を宿らせながら、上着を焼き尽くしたまま立つドレヴァスの姿があった。
その顕になった上半身には、人型の筋肉の上にトカゲのような鱗が張り付いており、赤熱化してシューシューと煙を放っていた。
「くっくっく、以前人間の医者に言われたんだが……どうも俺は竜と人間が混じった"半竜"とかいう珍しい種族らしくてな。どういう訳か、殴った相手を粉々にして消し炭に変えちまうんだ」
ドレヴァスは、ガツンガツンと自分の拳同士を突き合わせ、火の粉を散らしながら言う。
「"赫腕"って特異体質でなあ。色んな使い方が出来んだ――こんな風に!」
そう言うや否や――ドレヴァスは指先で地面をすくい上げるように、赤熱化した礫を散弾のように一気に弾き飛ばした。




