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伝説のスローライファージュン  作者: 根室流星
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スローライフもいいじゃない

 第一話 元前衛職のお宝鑑定士


鑑定士ジュン・フォージャーは今、開業以来の大事件を前に、湧き上がる興奮を抑えられずにいた。目は大きく見開き、少しニヤけた口元に手袋をした左手の親指と人差し指を添え、机上に置かれた何か動物の牙のようなものをじっと見つめている。一見、なんということもないこの動物の牙。その途轍も無い価値と希少性に気付いてしまったからである。

 

ー遡ること、1時間。

ジュンは自分の店にいた。人の流れがいい都ではあるが、どんなお客にも威圧感を与えないために、高級感溢れる一等地ではなく、少し離れたところにある商店街で店を構えているのがこだわりだ。


あまり大きくない室内には、木造りの店に合うようシンプルで大きめの机が一つ。それからジュンの故郷で「朝日を運んでくる」という意味を持つ、『ハワロハ』という大きな鳥の羽毛をふんだんに使用したフカフカの客用ソファが1台。そして自分が座るための何の変哲もない椅子が一脚。その椅子のすぐ後ろには扉があり、その扉の後ろはジュンが買い取った品物が置かれていたり、特殊な品を鑑定するときに使う道具が用意されている。


 お宝鑑定なんてニッチな仕事をしているが、これでも元勇者パーティーのメンバーという知名度からそこそこ客足はある。ジュンはいつものように、趣味の推理小説を読みながら客が来るのを待っていた。ジュンはとてもガッシリとした大きな体つきをしており、手に持つ本はとても小さく見える。しかし、貴族出身の整った顔立ちと、ジャンル問わず書物を読み漁り身につけた教養を感じさせる落ち着いた雰囲気から違和感はあまりない。と、ガラガラと引き戸を開けて、一人の女性が入ってきた。年季の入った無地の衣を着ている、少し痩せこけたこの女性は、どこか浮かない顔で、店内をキョロキョロと見渡して言った。


「あの…ジュンさん、ジュン・プレジャーさんのお店で合っていますでしょうか?」(この質問、よくされるんだよなぁ。)ジュンは思った。ジュンの店は割安で丁寧な鑑定をしてくれると金持ちの間でも評判の店なので、そんな噂を聞きつけて来店してくれたのだろうが、それがまさかこんな古びた店だと分かったら確かに初見の客は店を間違えたかと不安になってしまっても仕方がないかも知れない。だが、こうも毎日のように何回も同じ質問をされると少し気が滅入る。(今度大きな看板でも立て掛けようかな…。)そんなことを考えながら、ジュンは何度やってもぎこちない笑顔を浮かべて応えた。


 「はい、店の主のジュン・プレジャーと申します。いらっしゃいませ。」

そう言って温かい紅茶とお気に入りのクッキーを何切れか用意すると、「お座りください」と客用のソファを右手で示した。査定するものによっては長い時間待たせてしまうものもあるので、ゆっくりともてなすのがジュン流だ。

 「本日は鑑定のご依頼ですか?」

 「あ、はい。ありがとうございます。これ品を見てもらいたくて…」

 そういって女性は、ポケットからクシャクシャになった小包を取り出した。

「これは私の父が生前家宝としていたものでして…価値がある物なのかも分からず…父はこれは竜の牙だと言っていたのですが、それにしてどうにも小さいなと。」

「なるほど。ではお品物を拝見させてもらってもよろしいでしょうか?」

「お願いします。」


ジュンは、傷つけぬよう特別な絹糸でできた手袋をつけ、慎重に小包を開くと、中から小さな牙が顔を出した。なるほど、確かにこれが竜の牙とは少し考えにくい。竜の牙とは、普通小型の竜でも30センチはあるものだ。最大級のものだと10メートルを超えるものもある。しかしこれはせいぜい5センチ程度しかない。更に、竜の牙は普通少し赤みがかった色をしている。これは牙に含まれるクリゾチウムという色素が原因で、それにより竜の牙は強度を増しているのだが、その特徴も見られない。この色素は年をとる毎に蓄積されて深く美しい色へと変わっていく。もちろん色が深く美しければ美しいほど価値は高くなる。300年を越えた竜の牙ともなると、竜の種によっては3億ロベル(日本円で約3億円)を超える事さえある程だ。つまり牙の色素の量は竜の年齢を判断する基準ともなるのだが、仮にこれが幼齢な竜の牙だとしても、ここまで色素が全く無いということはまず無い。(どうやって落ち込ませずに伝えたものかな…)そんなことを考えながら小包から取り出した牙を指でつまみ上げ様々な角度にして見ていると、牙の上の部分が少し輝いていることに気づいた。


(ん?これは一体…)

注意深く観察してみる。すると、突拍子もない、しかし鑑定士として看過することのできないある可能性がジュンの頭にチラついた。その予感がもし当たっているのだとしたら、開業以来の大事件となるだろう。

 (これはまさか…いや、でも流石にそれはありえないと思うが…)万が一にでも誤った判断をしてしまわないために、詳細に分析し鑑定する必要が出てきた。

「すみません もしよろしければ、ほんの少しだけこの牙を削り取ってみて、詳しく調べてもよろしいでしょうか?」

ジュンがそう尋ねると、客の女性は少し驚いたような、期待と不安が入り交ざった緊張の面持ちで

「えっ!?ええ、大丈夫ですけど」

と答えた。

「ありがとうございます。少しお時間を頂くので、そのまま座ってお待ち下さい」

 そう言うとジュンは、背後にあった扉を開け、店の裏側へと移動した。


 扉を締め明かりをつけると、ジュンは部屋を見回した。部屋にはたくさんの棚があり、そこには様々な種類の道具が置かれている。

 ツボなどの骨董品に傷がついていないか見るためのルーペ。魔力水晶の結晶を判別べきる顕微鏡。絵画の顔料を調べるために使われる資料や、人魚の血の成分の有無を確認する遠心分離機。他にも多種多様の道具が置かれているが、どれもピシッと美しく並べられてあり、几帳面なジュンの性格を表している。

 竜の牙を鑑定するには、いくつか方法がある。


①ブラックライトを当てて見分ける

ブラックライトは放射線の一種で、宝石の鑑定にも使われる。当てられたものの中の蛍光特性の物質だけを輝かせることができる優れものだ。例えばマンモスの牙なども、この光を当てると牙の中のビビアンナイトという蛍光特性を持つ物質が光るので判別に使用することができる。しかし、今回ジュンが想定している種類の竜はブラックライトでは絞り込むことができないので、これは外れる。


②断面の模様で見分ける

 主に研究者用の鑑定方法。鑑定士の場合は、竜の牙は硬くて切るのがとても大変なので、元々加工されているものに限る。今回の場合、そもそもお客様の品物を勝手に真っ二つにするわけにはいかないので論外。


③クリゾチウムで見分ける

竜の牙にはクリゾチウムという色素が含まれているのだが、これはかなり特殊なもので、色の深さや美しさ、含まれている量を調べることで持ち主の竜についてかなりの情報を得ることができる。ただし、見分けるのがプロでもなかなか難しい。今回の場合、牙にクリゾチウムが確認できないので使わない。

他にもいくつか方法はあるが、あまりメジャーではなく、今回の品物はあまりにも例外的なものなので、ジュンは普段牙の鑑定に使うはずもない特殊な第4の選択肢を生み出した。


④研磨機を用いて見分ける

ジュンは棚のうち一つに近づくと、一つの箱を取り出した。箱を開けると、中には一つの研磨機が収納されている。この研磨機の名称はスカイフ。世界一硬いと言われる物質、ダイヤモンドを加工する際に使われる研磨機である。スカイフは、ダイヤモンドパウダーをすり込ませて使用する。ダイヤモンドを削ることができるのは、ダイヤモンドだけというわけだ。何故宝石を加工する職人でもないジュンがこんなものを持っていたかといえば、単に雰囲気で店において置きたいと思い購入していただけである。ある意味、これもジュンのコレクションといえる。もちろん使用したことなどゼロに等しいが、今回は少し削るだけなので問題ない。牙をスカイフにセットし、牙上部を削り始める。ジュンは、削りすぎないように最新の注意を払いながら、湧き上がる緊張と高揚を楽しんでいた。この研磨の結果によって、この牙がジュンの期待している、常識的に考えてありえない程の品物なのか、それとも取るに足らないただの牙なのか、その答えが出るからだ。

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