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八話

「面倒な事を、医療院に頼まれましたね」


「一週間なら大丈夫ですよ」


翌日早朝、私は尼僧の人から、リネンを受け取り、予備のリネンを入れておく部屋に置いた。

ここは、いざという時は包帯などになる、清潔なリネンがたくさん積まれている部屋だ。

虫除けの匂いが、少しばかり強い部屋という印象を受けやすい場所でもある。


「それは……情が移らないという意味ですか?」


妙に察しがいい尼僧の、ルナさんを横目で見る。ルナさんは、最初に目を覚ました時に、喜んでくれた尼僧の人だ。

ルナさんは寺院で、主に子供たちの面倒を見ている。働く親たちが、寺院の方で、子供を預けたりするからだ。

そんなルナさんは、色んな意味で、目がよい人だ。


「一週間も一緒に過ごしたら、情が移ってしまいますよ」


呆れた、と言いたげにルナさんが言った。私は淡々とした響きになるようにこう言った。


「移らないようにする」


「あなたのように優しい方には、少し難しいのではないかと思うのですけれどね」


「一度すると決めた以上、やり通さなくちゃいけないでしょう」


やると受け入れたのに、やっぱりできないと言ったら、信用問題にも関わって仕事がしづらくなってしまう。私もそれ位の予測は出来た。

ゆえに私はそう言って、医療院の方に向かった。

医療院へ進む通路では、ひそひそという噂話が拾えた。


「可哀想に、寺院の職員が、肝が太いというだけで、魔王のしもべの世話を頼まれたという」


「可哀想すぎる。襲われたら一発で死ぬだろうに」


「その職員は相当、強いのだろうか」


「たとえ強くても、防御結界のネックレスがないのに、よくやる気になったものだな」


皆、脇を通る私がその職員だとは気付かずに会話している。このままでいいか、と私は進んでいき、医療院の食事を作る厨房で、他の患者よりも明らかに質素というか、貧相なスープに、どれだけ日数が経過したらこうなるんだ、と思う、何か石のように固くなったパンを受け取って、訳あり部屋に入って行った。

スープが冷え切るまで、エリーゼさんとか、誰か看護神官の人が来ないか待っていたけれど、誰も来る気配がなかったので、入ったのだ。

まさか、私一人に丸投げって事もないよね……?

扉を開けて覗いた訳あり部屋では、最後に見た時と同じ丸まった姿勢で、魔王のしもべがじっとしていた。肩の毛布が動いた形跡もない。

まさかずっとあの体勢だったのだろうか。

体を動かさなければ、こわばって大変だろうに、と考えたのは一瞬で、もしかしたら怪我の具合が悪化して動けないのでは、という方に考えが向いた。

もしもそうだったら、誰か医療神官の人を呼ばなければならない。

その時が来るまで、この魔王のしもべには生きていてもらわなければならない、と上の人たちが考えるだろうから。

そしてその兆候を見逃したとなったら、私にもお咎めが来るのは間違いなかった。飢えの人というものは、下の人に責任を押し付けるのが大好きな考えの人も多いのだ。

私はパンとスープを、寝台脇の小さな机に置き、その塊のようにじっとしている相手に、慎重に近付いた。


「……生きてる?」


私はそう言い、相手の体が上下して、呼吸をしているから生きているのは間違いないと判断した。


「寝ているの?」


そう言いつつ、私は手を伸ばし、毛布の被っている肩に手をかけようとして、指が触れる寸前に、目出し帽の頭が動いて、こっちを見たから、動きが止まった。

やや背中を丸めて、相手を見下ろしている私を、見上げている瞳は、驚いているのか、少し開かれている。


「どうシて マたきみがいル?」


「……ここの副院長先生、あんたの面倒を頼まれたから。だったら何?」


私の少しばかり乱暴な口調に対して、魔王のしもべはゆっくりを瞳を瞬かせて、静かにぎこちない口調で続けた。


「……そうカ」


納得したのかしていないのか。判断のつかない言い方だったけれど、とにかく、食事はさせなければならない。

まず、相手の手が動くかどうかを、調べた方がいいのだろうか。

昨日はあまりにも危なっかしく怪しい動きをしていた指は、まともに物を触れるようになっているだろうか。


「……ちゃんと手を動かせるかわかる?」


言いつつ私は、まだエリーゼさんが来ない、と思っていた。看護神官の彼女なら、そう言った事もすぐに見極められるはずだ。

私はそう言ったものの見極め方など知らないから、相手にいちいち確認しなくちゃいけない。

手間がかかる。

そんな事を頭の隅で考えながら、私は毛布の隙間から覗く、相手の手袋に覆われた手を取った。


「!!」


魔王のしもべは驚きに染まったような反応で、触れられるとは考えもしなかったという態度だった。

私はそんな反応を無視して、その手を開かせて、手で軽く押さえながら問いかけた。


「握ったりできる?」


「……」


魔王のしもべは、私の手の指を、軽く握った。力加減も大丈夫そうだ。


「問題はなさそう、じゃあ、ほら、自分で食べな」


私はそこで、冷え切って白く脂の塊が浮いたスープを持ってきて、石のように固い、かびていないだけまし、というパンを渡した。

魔王のしもべは、一度スープを口にすると、まるで空腹というものを初めて感じた人みたいな様子で、一気に飲み干し、私だったらとてもかみちぎれないような、硬すぎるパンを食いちぎって咀嚼した。

量だってそんなになかった食事を、むさぼる速度で食べ終えた魔王のしもべは、大きく息を吐きだして、私を理性が感じられる瞳で見やった。


「足りなくても、あれで全部だから」


先手を打ってそう言うと、言いたい事は違ったらしい。魔王のしもべは、ゆっくりと、口を動かした。


「たのミガアる」


「逃がせとか、そういうのは受け付けないからね。というか、頼みが出来ると思ってるんだ」


「しょけイのヒマデ ゆメがミタい」


「……安眠の香を焚くとかそういうの? でもあれ、依存性すごく高いし、切らすと正気なくすって話だから、今のあんたに処方できる物じゃないと思った」


「ちがウ」


死ぬ間際まで夢が見たい、というのだから、てっきり現実逃避の方だと思えたのだが、違っていたみたいだ。じゃあ夢ってなんだ。

怪訝そうな顔になった私に、魔王のしもべはこう言った。


「しョけいのひマで ともだちノユめを」


言われた事に、私は瞠目した。つまり、なんだ。この、魔王のしもべは、私に、処刑の時まで友達の扱いをしてほしいと言っているのか。

とてもつたない言葉だった。でも、それから感じた孤独は、刺さりそうなほど痛いほど、感じ取れた。

おそらくだけれども、私に少しばかり世話を焼かれた事が、心地よかったのだ。

……どうせ一週間の時間しかないのだ。こっそりと夢を見せてもいいような気がした。そんな事を考えた時に、ふと、この強すぎた魔王のしもべは、今までろくな事がなかったのだろうな、と推測が出来てしまった。

ひたすら勇者たちを殺すため、魔王を守るために立ちふさがり、最後の関門になる。

その血なまぐさい役割は、仲間であるはずの魔族とかにも、嫌煙されたのかもしれなかった。

そこまで考えてしまってから、私は頭の中で突っ込んだ。


同情してどうする。


だって相手は百ではきかないはずの勇者一行を単体で屠ってきた、人間の裏切り者だろう。でも。


つかの間の、砂粒ほどの優しい夢さえ拒まれたら、怨霊にならないだろうか。


そんな考えが頭に入ってきた。抗えない死が迫り、死にゆくものが、ほんの少しばかりの優しい夢を見たいと望み、それも叶えられず、未練が残り、怨霊になる話はいくらでもこの世界では転がっている。

これだけ強い魔王のしもべが、怨霊になったら、もう無茶苦茶な強さだという事は、考えなくてもわかる事だった。

ならばこの願いに、答える事は最善策では、という声が頭の中で響いた。


これは最善策だ。


どうあがいても、この魔王のしもべは一週間後処刑されるのだ。


下手に恨まれるよりは、未練などなく死なせる方が、後々の事も考えていいはずだ。


そんな脳内会議を行ってから、私は相手に、頷いた。


「処刑の日までなら。友達扱いって言っても、私も友達少ないから、色々分からないけれど」


この答えを聞いて、魔王のしもべは緑の目で、私に頷いた。


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