十四話 完
「一体どうなってやがる。いきなりあっちこっちにいっぱいいた魔性どもの姿が消え失せて……それも空が光り輝いて、鐘の音が鳴り響いてすぐにだ。その大本がこっちだってんで、こっちに来る根性のある奴を集めて、転移術を使って駆けつけて……」
「……アフ・アリスは、魔王に乗っ取られたのではなかったのか? それだというのに亡くなっているなんて……一体何が起きたらそうなる?」
「あれだけ感じられた魔性の気配が、ひとかけらも、まるで最初から居なかったかのようにないわ。ジルダ、何があったの?」
三人は私とアフ・アリスにすぐに近付いて問いかけてくる。その後から後から、たくさんの冒険者達が近付いてきていて、皆動揺していた。
「……アフ・アリスは、勇者だったよ」
私は、もう体温の消え失せてしまった彼の手を握りながら、そう呟いた。
「アフ・アリスは、誰よりも、勇者として生きてきた。自分の名誉なんて、捨て去って。守れる限り、たくさんの人を守ろうとして……」
自分の命さえ世界平和と天秤にかけて、命ではない方を選んでしまった。
「どういう意味だ? この状況と、アフ・アリスに何か関わりがあるって事か?」
「アフ・アリスが、魔性達を、もう人間と関わらない遠いところに導いた。……ほしくずのつるぎを使って。もうそれは、壊れてどこにも存在しないけれど」
体温の失われた手は硬くて冷たい。彼が笑う事は、もう二度と無いのに、今の彼の表情は、安らかな笑顔のままなのだ。
笑って死ぬと言う事は、あなたは満足して死んだのだろうか。
そんな事を思いながら、ふと、もうずいぶん前になるあの時に聞いた言葉を思い出した。
「……これも予言だった」
「は?」
「アフ・アリスがずいぶん前に、闇の水晶を壊した時に言った言葉があったでしょう」
神はおらず 祈りは届かず 愛は裏切られ 友は去り 名は地に堕ち なお私はここにある
射貫け黎明 暁を 裂け
あれは確かにこの運命を予言した言葉だった。神様がいたら、アフ・アリスをこんな結末にさせないだろう。祈りが届くというのならば、もうとっくに奇跡が起きている。愛が裏切られていないのならば、そもそもこんな結末に至る訳もない。友エド・エリスは去った。彼の勇者だった名前は魔王のしもべとして地に落ちたままで、それでもなお、彼はここに居て……魔性との戦争という闇から、平和という夜明けを生み出した。
あれは確かに、彼の生き様そのままだったのだろう。
「ジルダ」
セトさんがそれ以上の言葉を言えないと言う調子で言う。
「……友達だったんだ。この人は私の友達。信じていられる相手。……死んで欲しくなかった。……なんで」
たくさんの何でが頭の中からわいて出てきて、言葉がうまく作れない。
握る手は冷たいままで、そして、不意に。
「……え?」
ふわり、とアフ・アリスのからだが浮かんで、そして静かに……光り出した。
「何が……」
起きているのだと思ったその時。アフ・アリスの体が丸い光の球体になって、それから。
「……星」
アテン村で見た物と同じ、明るい明るい星の姿に変わって、私の前で一度瞬いて、空に……上がっていった。
「死んだらお星様になる」
童話のような事が目の前で起きて、そして私は、見えなくなるまで、その星が空に上がっていくのを見続けた。
「……行こうぜ、ジルダ。今一気に、イニシエルから冒険者や街の住人だった人間が解放されて、あの地点が大騒ぎになってんだ。あんたがやった事を、国に報告しなくちゃな」
セトさんが言う。私は立ち上がって……空をまた見上げて、頷いた。
「そうですね。それだけの手間はかかりましたし」
そう言って、私は空を見上げた。
「アフ・アリス。あなたが空にいるなら、人生を続けていっても、悪くないと思う事にするから。そこで、終わりが来るまで、見守っていて」
私のつぶやきに、空のどこかが、かすかに光った、そんな気がした。
勇者譚は語る。
人を救うために魔性に堕ちた、聖剣を人間が持つ前の古き時代の勇者の事を。
魔性との争いを止めるために、命をなげうった勇者の事を。
そして語る。
勇者の夜明けをもたらした、勇者の真なる友の名前を。
彼女の名前はいとしいジルダ。勇者の夜明けのその名前。
完




