十一話
獣王バンドラと、禽王ガラドラが人間の統治している国に使者を送った。
「我々の侵略を望まないというのであれば、我々から掲示する条件はただ一つ。ほしくずのつるぎを人間の手で破壊しろ。それができたらもう我々は現在の人間の領土に侵略する事をやめよう」
「我々は大変に気長な方だ。故に半年待ってやろう。その間に人間達がほしくずのつるぎを破壊すれば、いいだけだ。ただし、半年が過ぎてもそれを達成できなかった場合」
魔性の軍隊は一斉に、人間達の国を滅ぼす進軍を始めよう。
使者はそう告げると、あっという間に姿を炎に変貌させたと言う。要は魔術で作り上げた伝言用の人形だったというわけだ。
余計な事を言わせないため、そして使者自体が人質にされないために、五王の二人はそういう手段を使ったのだろう。
人間の国では、使者として敵国に向かったが最後、人質になる話などよくある話として転がっている事を、彼等がしっかり認識した結果という事だ。
そして、待っている間は進軍を一時停止すると言う話である様子で、五王は人間側が戦いを挑みに来ないのならば、現在の布陣した場所から動く気配を見せない、という事だった。
そうすると、人間の欲の皮が厚くて、命知らずな商人達が、五王の軍勢に商売をしに行く事も始められた。
要は、襲われないなら、人語を解してくれるなら、商売の相手になるという判断のためだ。
商人というのは商魂たくましい訳で、なるほど世界中にそれだけの根性を持った人々が数多いると証明している姿だった。
魔性達は、五王の命令だから今のところ、積極的に人間の世界を侵略はしていない。
だが彼等には彼等の流儀と常識と考え方があり、それを侮辱する形になった商人がいた場合、その商人はあっという間に頭から丸呑みされてしまっていて、まさに命がけの商売を、商人達はしていた。
私はそれを……遠くからしか見られない。それは魔王のしもべが、私が商人達の方にむかう事を邪魔するからだ。
「……」
物珍しさも相まって、魔性の群れの隙間からのぞきに行こうとすると、いつの間にやら魔王のしもべが私の手を掴んで、距離を置くように担ぎ上げてしまうのだ。
私は三ヶ月以上の時間が経過しても、呪いが和らぐ気配が無いため、言葉を発せ無い。
不便だと思いつつも、身振り手振りでどうにか、ぎりぎり生活している状態だ。
魔性の言葉を話そうと努力もしたけれども、彼等の使う母音すら発せなかったので、努力は大変にむなしい結果となった。
私は魔王のしもべに、どうして近付いちゃいけないのか、と聞きたいけれども、話せない私と話さないしもべに、それの詳しい意思疎通が出来るはずも無く。
近付けば確保され、確保されれば遠ざかられる。の繰り返しであった。
「本当に、人間って火事場泥棒って感じね、調度品その他が大量に持ち去られているじゃない」
エスターシャが、ちらりと周囲を見回した後にそう言った。
そんな事を言うここがどこかというと、……元々は魔王の城だった、もっと前は何かしらの神の神殿だった場所が、地上に堕ちた廃墟だった。
魔王が今どこに居るのかは、私の所まで情報が回ってこないのでわからない。
しかし、どこかに居城があり、そこを拠点として五王に指示を出しているのは間違いないだろう。
魔王は気が長くて根気強く、そして諦めない性格のようなので、人間相手の戦いに勝利を収めようとしているのかもしれなかった。
エスターシャは配下の魔性達に、廃墟を片付けるように指示を出して、自分は見回っていたのだ。
私はその後を追いかけざるを得ない。今のところ、エスターシャの近くに待機しているのが、一番身の安全が確保できると言う現状だ。
彼女の配下達は、彼女の機嫌を無駄に損ねないために、私に何かしてこようとはしないけれども、突発的な意見の相違による喧嘩に、巻き込まれそうになる事はある。
そう言うのが、彼女の周りならないため、一番安全なのである。
こう言った場所に待機するようになって、何度か人間達の世界に戻るために、呪いを解く方法が無いか調べたくなったけれども、手持ちの知識やその他では、状況は改善されないままだ。
何しろ会話が出来ないのがとても痛い。
呪いを解く方法が欲しいと言うくらいは……出来た方が絶対に良い。エスターシャくらい、温和な性格をしている相手なら。
エスターシャは配下達が怪我をすると、自分の癒やしの鱗粉で治してしまったりする。……彼女はおそらく、武よりも搦め手に長けた魔性で、腕自慢達より遙かに敵に回せない五王の一人だろう。
彼女の美しい羽の鱗粉は、彼女の意思のままに変化をし、彼女の望む結果を引き寄せるのだから。
「あれもこれも、見覚えのある価値のありそうな物は軒並みとられているわ! 人間ってがめついのね。それだけ欲望があるから、世界にいっぱい繁栄しているのかもしれないけれど」
「本来ならば約定の通りの領土しか、人間には与えられなかった訳ですが」
「仕方が無いわ、ほしくずのつるぎを奪われて、約定を撤回させられたのですもの。それが……魔王様に人間との戦争を行う事を決めさせたけれども」
「仕方の無い事でしょう。人間は人間同士でいがみ合い争い合うからか、自分達の支配できる土地を増やす事に、どの魔性よりも執着する種のようなので」
「その考え方自体はあまり否定しないけれど、その結果、ほしくずのつるぎを狙って奪いに来て、私達と長い長い戦争をする事になるのが不毛だわ」
「先見の明という物は、魔王様と違い人間にはありませぬ」
エスターシャがボルボッサにそういう。また一つ情報が手に入った。
ほしくずのつるぎは、人間と魔性の間にあった不可侵の約定のような物を、撤回させる特殊な力があったらしい。
最初は魔性の元にあったと言うそれは……強大な魔道具だったのかもしれない。
つるぎという位だから、剣の形をしているのだろうそれは、今や魔性達に属さず、人間の側に属している。
それを人間に破壊させようとしているのが、魔性達の、魔王の目的なのだ。
……それが、せめてセトさんとか、話せる人に伝えられれば良いのに。
私は自分の手を眺めた。変色した爪はいかにも人間ではない証明で、隠すのにも一苦労しそうだった。
自分の手を眺めている私の脇に、魔王のしもべがどさりと座る。仕草は乱暴に見えるのに、彼が実はどの魔性よりも恐ろしいのだろう、と言う事は、エスターシャを狙った人間達が、瞬時に倒されているから、理解している事でもある。
私は顔を動かして彼の方を見た。彼は私の手の中にある金属のわっかを見ている。
物言いたげな瞳だけれど、……彼の方は喋る気配が無い。
全く喋れない訳でも無いと思う。だが一度も悲鳴や雄叫びすら聞いていないから、喋れないかもしれなかったが。
「……」
エスターシャが私に預けっぱなしの金属のわっかを見やると、汚れを完全に落としたそれは、銅の色に輝いていて、細かい細工は無く、少し細い金属を、ぐるぐると巻いて輪にしただけの物に見える。
元々は宝石でも着いていたのか、経年劣化で何かが取れたのだろう台座も、同じ銅色だった。魔王のしもべはそれをじっと見ている。何かを言いたいのだろうけれども、言えないといった調子で。
「あら? ねえ、半端さん。あなたもちょっと見てちょうだい」
二人で金属のわっかを見ていた時だ。
エスターシャが私達に声をかけてきて、顔を上げると手招きしているから、それに逆らう理由も無い私達は立ち上がり、彼女の方に近付いた。
「見て、これは城の一番高い所に行くための階段だったのよ。魔王様以外の誰も上ってはならないと厳命されていたから、私も遠目で見た事しか無いのだけれども。……これを見ると、城の一部が神殿だったという話も少しは信じられそうよね。この細工は神殿に使う物と聞いたわ」
彼女がはしゃいでいる物は、落下の衝撃で十段ほどしか原形をとどめていない階段の一部だった。
私には神殿に使う物という細工のあれこれはわからない。
ただ、これがあった場所が、五王にとって特別だった事は感じ取れそうだ。主にエスターシャのはしゃぎ方で。
「上ってはだめかしら、ボルボッサ」
「廃墟に上る事で、魔王様はお怒りにはならないでしょう」
「魔王様だものね! 私一度で良いから、これに上ってみたかったの。そうだ、半端二人も上ってみたらどう? 知っていて上るのは気持ちが違うわ」
……確かに、知らなかったら廃墟の壊れた階段にしか見えないそれである。
聞くと大変に特別な意味があったのだろうとも……思え……壊れすぎてて思えない。残念な事に。
しかし、ここでエスターシャの機嫌を損ねても無駄なので、私はこくりと頷いてから、とりあえず魔王のしもべの手を引いて、エスターシャが階段から降りてから、その階段に上ってみたのである。
十段あるかないかのそれなので、上るのは一瞬だ。上った先が絶景というわけでもない。
上ってみても違和感もないし、意味もなさそうだ。
そんな事を思ってから……私は、自分より数段ほど下に立っている、魔王のしもべが何かをためらっている気配なので、片手に持っていて邪魔な金属のわっかを彼の頭にとりあえず乗せて、両手で彼の手を引いた。
たったそれだけ、変な行動はとっていない。
だけど。
青空の一部が、いつかアフ・アリスが奇跡のような事を起こした時のように瞬き、とても深くて心臓に響きそうな、
鐘の音が、あたりに響き渡った。




