十話
ごうごうと炎が燃え上がっている。ここは人々が営みを育んでいた中規模な街で、今、人々はちりぢりに逃げ、建物などは見る影も無く破壊され尽くされているさなか、だった。
突如現れた襲撃者達に、立ち向かおうとする猛者達もそれはそれはいたのだが、彼等はその勇気もむなしく、襲ってきた襲撃者達に返り討ちにされ……生きている方が少なくなっていた。
私は聖剣の鞘だった。人々を勇者と共に、魔王や魔性から救うのが役割だった。
もうその役割はどこにも無くなっているけれども。
その残虐な光景を見て、思ってしまったのだ。
まるで。
人間同士の略奪が常套手段の戦争のようだ。
と。
「魔王様も、ぱーっと我々に一斉に進軍しろとおっしゃってくれればよろしいのに。五王の軍勢は、人間達を滅亡に導けるだけの数がそろっているというのにね」
エスターシャが勝利の美酒というのだろう、美しい酒杯に入れられた飲み物を口にする。彼女は蛾の様な性質のためか、人間を食する事はあり得ない行為らしい。
私はそこで、魔性にも人間を食べる行為をしない種がいるのだと知った。
「人間達が、早くほしくずのつるぎを破壊してくれるなら、こんな残酷な真似をどの五王もしなくて済むって言うのに、人間は数は多いのにのろまだわ」
「エスターシャ様。人間は千年の寿命を持たぬ生き物。風化された品物の知識が、千年を超えた古に消え失せた物であれば、残っているはずもありませぬ」
「それでも、魔王様は人間がほしくずのつるぎを破壊すると予言なさったわ。魔王様は予言者でもあらせられるのよ? 人間が絶対に、ほしくずのつるぎを破壊するはずなの」
私はそんな蟲王の言葉を黙って聞きつつ、黙々と手を動かしている。
最初に、金属のわっかを綺麗にして欲しいと言われてから、専用なのだろうブラシや拭き布で磨き続けるそれは、ようやく長年の汚れが取れだしてきていて、地金が目も覚めるような銅色なのだと知らせてくる。
この、銅色の金属のわっかは、なんなのだろう。
そういう話を聞きたくても、私は魔性とすら言語で会話が出来ない喉で声で、身振り手振りにも限界があって、何かしらの有益な情報は一つも手に入らない。
そもそも、魔性達の王である魔王が、ほしくずのつるぎを破壊したい理由がわからないのだ。
人間側には、その理由がわかる何かしらの文献が残っていたのかもしれないけれども、今の、背中に翼のある、人とは思えない見た目の私では、人間の世界に潜り込む事など叶わない。
私の喉は人間の言葉を発せないのだ。たとえそれが呪いの結果でも、会話の出来ない私が突如人間の集落に現れたら、魔性に次々と壊滅させられている今、人々を恐慌状態に陥らせるだろう。
そんな事は何一つ望まないのだから、私はただ、言われたとおりに金属のわっかを磨くばかりだ。
「……」
魔王のしもべが、私の分まで酒杯を渡してくる。魔性が考えていた以上に、勝利した時に酒盛りをするので、魔王のしもべもまた、酒杯を傾ける側なのだ。
アフ・アリスと同じ道をたどった、何者かは一体何を思って、魔性の軍勢にいるのだろう。
アフ・アリスのように会話は出来るのかもしれないけれど、話しかけられない身体状況である私には、その疑問をどうにかする方法もない。
それに。
魔性の襲撃を、私は聖剣の鞘だった頃に見た事がなかった。それは、魔性達が、人間の集落を襲撃しにこなかったからだ。
当時はそれがありふれた当たり前とされていたから、何も疑問に思わなかったけれども、それはあの頃、魔王が集落を襲うなと魔性の端くれに至るまでに周知させていたからだった。
そのかわり、私が時折見たのは、人と人が争いあう光景だった。
もしくは、魔性の討伐のために、王国の兵士達が行軍し、経路にある村の物資を、王国の権威を笠に着て奪う光景だった。
魔性の襲撃は、それら二つをあわせたような感じで、人間がやっている行動とそっくりだった。
まるで醜悪さを、人間の物差しにあわせて居るみたいにそっくりだった。
そのせいだろうか、魔性の襲撃を、極度の悪の様に思えなくなっている私が居る。
……ダズエルで見た時の襲撃は、本当に極悪な感じがした。
あれは見える人間を皆殺しにする、そんな姿勢が空気にも現れていたからだろう。
でも、エスターシャ率いる蟲の特徴を持つ魔性が多く居る軍は、見える人間を皆殺し、と言う風な事はあまりしない。
どういう違いがあるのだろうか。やはり、魔王の座をかけて争っていた時と、魔王が復活しその統治の元、攻撃を行っている時とでは基準が違うのか。
そういう所すら、王が替われば残酷さの変化する、人間の世界とそっくりだった。
「……」
私は渡された酒杯を受け取った。目が目出し帽の下に隠れて、見えない魔王のしもべは、うんうんと言った様子で頷く。断ると、受け取るまで押しつけられるから、最近は受け取る方にしたのだ。
酒杯の中身は、果実を搾った汁の事が多い。それはエスターシャがそういう物をたしなむからだ。蟲の特徴を持つ魔性達は、人の生き血よりも、そういうのの方が祝い事に適しているという姿勢を崩さない。
「ボルボッサ。後どこの軍勢が、どこを潰したら、ほしくずのつるぎを人間達が破壊するかわかるかしら」
「獣王バンドラと禽王ガラドラの二名の軍勢に、いくつかの国の首都に、その旨を伝える使者を立てた後期限を設け、それが叶わぬならば王都を攻め落とせと魔王様は命じております」
「早く見つかってくれないかしら。ほしくずのつるぎは、人間の手でしか滅ぼせない厄介な物だもの。そもそも、千年前に人間の方に持ち去られたあれの実物を、魔性はどれも見ていないのだから、魔性が探すのは困難なのよね」
「我が家の記録に寄れば、千年前に一度、魔王様があと一歩でとどめを刺されるかに思われた絶体絶命のあたりで、行方をくらませたとあります。当時それを行ったのは、……たしかエリスという名前の人間だったと」
「エリスというのだから女性ね」
エスターシャはそう言って、本当に早くその目的が達成されて欲しいという調子で言う。
「あれは我々の神に授けられたものだったのに、人間の側に持ち去られて、主が人間に変わって……変質を遂げたというわよね」
「はい。我々から持ち去られたと言う時点で、我々を出し抜いたという勝利故に、あれの所有者の資格は人間となり……破壊する事が出来るのは人間になりましたゆえ」
「あれの力を、今の人間達は知らないわね」
「はい。……あれの力は、当時の魔王様のみが正確に理解してらっしゃったでしょう。我々の誰も、もうそれの真価を理解できませぬ」
エスターシャとボルボッサが会話をする。
私はここでも、情報が手に入った状態だった。
ほしくずのつるぎは、人間が持ち去った魔性側の秘宝みたいなもの。
何かしらの条件で所有者の資格が変わる物で、今は人間の側になっている。
そのため、破壊するのは人間で無ければならない……という事を知った訳だ。
これをセトさん達に伝えられればどんなに良いか。相当な手がかりになるはずだ。
しかし。
私は変質しまくった自分の手を眺めた。どうあがいても人間に見えないその手は、自分の顔に触れれば、その顔すら人間の物では無いと伝えてくる。
「……」
国を魔性達がいくつも滅ぼす前に、そのつるぎが見つかって欲しい、と私は酒杯を脇に置いて、金属のわっかを祈るように磨きながら、心底願ったのだった。




