九話
頭をかぶり物で覆って、剥き出しの上半身。毛皮で覆われた下半身。手は手袋で覆われた、それは魔王のしもべの印と言って良い姿だった。
アフ・アリスの最初に出会った時の姿と言って良いだろう。
何故、魔王のしもべが。
頭は混乱しかけたけれど、魔王のしもべは何も、アフ・アリスだけでは無かったはずだ。
何体もの、魔王のしもべが居て、しかし魔王が倒されたと思われた後、一体も見つからなくなったと聞いている。
人々は、アフ・アリスがその核なんじゃないかと言って、彼を処刑した後調べるために、塩漬けにすると言っていたのだ。
目の前に居る何者かは、その姿ととてもよく似ている。
「……」
魔王のしもべは私をじっと見た後に、雑な手つきで投げ網を外して、私に手を伸ばして……いいや、この手つきは差し出している……来る。
「私に着いてこいって言いたいの?」
いちおうそう言ったつもりだけれど、ぎゃあぎゃあという音にしかならない。
でも、私の今の状態は人間の姿とはとても言えない、何しろ翼なんて物が生えているのだから、この呪いを解く方法その他をどうにかして見つけ出すにしろ何にしろ、多少は生き残れる場所に行かなくてはならない。
私は少し考えた後に、魔王のしもべのその手を取った。
「しもべ、いきなり姿を消したと思ったら、また妙な生き物を連れてきたのね」
魔王のしもべに連れてこられたのは、何かしらの野営地だった。
そして、……圧倒される程の数の、魔性がひしめいている。
その数を数えられたら、正気でいられなくなりそうな程だ。
「しもべ。それは魔性、私達の仲間じゃないわよ。一体何を連れてきたの?」
二回も魔王のしもべに声をかけてきたのは、優雅な蛾の触覚を額から生やした、首元をふわふわの何かで覆った……女性的な魔性だった。
この魔性は人語を解するのだ、と思いつつ、私は人語を発せない自分に少しいらだった。
呪いだとはわかっているけれども、まともな対話一つ出来ないのが、嫌だった。
「……得体の知れない生き物ね。魔性にも人間にも属さない気配しかしないわ。……あなたのお仲間かしらね、しもべ」
蛾の女性はそう言って、私の周りをぐるりと回って見ている。
「エスターシャ様。御身を害せる程の人間などそうそう現れませんが……いささか警戒心が薄いのでは」
「ボルボッサ、この得体の知れない生き物は、少なくともむやみやたらに攻撃はしてこないわよ。オーラでそんなのはわかるわ」
「しかし」
「いざとなればしもべがすぐに片付けるわ。魔王陛下から、五王の中でも一番弱い私につけてくれた護衛だもの」
……魔王がいる。魔王はアフ・アリスの体を乗っ取っている。
つまりこの存在は、アフ・アリスではない……のか……?
まじまじと魔王のしもべを眺めてみても、答えらしい答えは出てこない。
かぶり物の奥の瞳を見ようにも、かぶり物を深く被っている以上、見えないままなのであった。
「あなた喋らないのねえ、喋れない? そんな事もありそうね。私は五王のエレドラこと、正式な名前をエスターシャというの。魔王様がその昔、五王には直々に名前をくださったのよ。魔性の盟約として、名前を与えられたら、名前を与えてくれた存在に従うのが常識なの。格上と言う事だからよ」
エスターシャはにこりと笑う。よくわからないから身を引こうとした私だったけれども、そんな私の前に、魔王のしもべが立った。……庇われているのかもしれない。
「あらあらあら。気に入ったのね、しもべ。半端物のあなただから、わけのわからない物も気に入るのかもしれないわぁ」
エスターシャはくすくすと面白がっている雰囲気で……思い出したようにこう言った。
「あなた、手先は器用? もうずいぶん前に手に入れたっきり、手入れもうまく出来ないからしまい込んである物があるの。この軍に多少居るのなら、手入れをしてくれない? 魔性は指先が人間ほど器用じゃないし、あなたは器用そうだから」
なんだかよくわからないけれども、やればここに少しくらい隠れてはいられそうなので、私はこくりと頷いた。
エスターシャはすぐさま、小さな箱をボルボッサに持ってこさせる。
「磨いた方が良いんだけれど……どうにも魔性の力では引きちぎっちゃいそうなのよね」
箱を開けて見せられた物に、よくわからないと思っていると、エスターシャはそう言った。
箱の中には、おそらく金属で葛の形に作られた、頭に乗せるわっかのような物が入っていた。




