八話
「こんな魔性は見た事も聞いた事もない」
「翼が三対ある魔性だな」
「聖典によれば、三対の翼は聖なる印だという。この魔性は聖なる属性なのか?」
「わからないが、魔性に近付いた時特有の、嫌な気配はしないな」
そんな声が聞こえてきて、私は目を覚ました。それから頭の痛みにうめいたけれども、喉の奥から聞こえてきた音は、とても人間の発する音ではなかった。
「あ、目を覚ましたぞ」
そう言ったのは知らない人達だ。私は意識を失ってからどうなったのだろう。
瞬きをして見てみた世界は、おかしな所などなさそうでもある。
「ここはどこ?」
私はそう問いかけたはずだった。でも、言葉はまるで出てこなかった。
ぎいぎいと言う音が喉から響いて、それ以上の人間らしい会話の音は一つもだせない。
そこで私は、リリーシャ姫のかけた呪いは、確かに効力を発揮したのだろうと理解した。
醜い姿におぞましい声。
私が力不足で撤回できなかった要素は、多分これらなのだろう。
そんな事を思いつつ、私は体を起こした。
じゃらりと、魔性と思われたからだろうか、鎖が重い音を立てる。
「……知性のある目をしているな。俺達の言葉がわかっていそうだ」
わからないわけがない。人間の言葉は十分に理解しているが、そうだと肯定する事も難しかった。
「まあ、だとしても、こいつも素材としてばらばらに解体するまでの話だけれどな」
言われた中身に、私の感覚として音を立てて血が引いた感じがした。
たしかにそれは、ギルド所属の冒険者達が行う事として、ありふれた話の一つだった。
生きたまま持ち帰るのが面倒な何か、を捕まえた場合。
冒険者達は、その何かを殺して解体して、ギルドの鑑定が出来る受付に持って行くのだ。
そこで、それがなんなのかわかる場合も多い。
私は……彼等からすれば、得体の知れない、ばらばらにしていい何かというわけなのだろう。そしてここは森の中、魔性を解体しても、街のように体液の処分には困らない。
冗談では無い。ばらばらにされてたまる物か。
私はセトさんの呪いをから彼を庇ったけれども、だから死にたかった訳じゃないし、素材扱いされる事も受け入れている訳ではない。
なんとかして、この鎖を外して脱出できなければ、私は魔性扱いでばらばらにされるのだろう。
冒険者達がそれをためらう事なんて滅多な事ではあり得ない。
だって、人間を殺すのにはためらいがあっても、魔性を殺す事にためらいがある冒険者は全くいないだろう。
それを私はよくわかっている。勇者だって、人間は殺せなくても魔性は殺せるのだから。
「……」
冒険者達が何事かを相談し合っている。私は自分の入れられている、携帯式の檻の中で、自分にはめられている枷を探った。
冒険者が、一時的に魔性などを入れておくための檻は、ありふれた物と言って良いだろう。
それの作りは……はっきり言って、ちょっとちゃちなようだ。
少なくとも、人間だった私は仕組みがわかるから、枷の鍵を外す事も、檻の扉を開ける事も出来そうだった。
しかし、今は冒険者達が起きているし、油断をしている様子もない。
彼等が油断するように、ここはおとなしくしておかなければ。
下手に警戒したり、暴れ回ったりすれば、向こうも油断しないだろうから、脱走の隙を見いだせないだろう。
そんな事を考えながら、私は自分の体を探った。
……ありがたい事に、腕が増えたり足が増えたりしている様子はない。
尻尾が生えてきたと言う事もなさそうだ。
手が二本に足が二本、頭がてっぺんにある……ありふれた形をしていそうだ。
よかった。これで手足が増えていたり、頭の位置がずれていたりしたら、そのかみ合わない感じで、脱走がもたついてしまうだろう。
とにかく、隙を見つけなければ。私はじっと膝を抱えて、話し合う冒険者達を見つめて、時が来るのをじっと待った。
冒険者達は、誰が私を解体するかでもめているらしい。見聞きした事が過去一度としてない魔性だから、どういう反撃をしてくるかがわからないからであるようだ。
それは用心深くて、冒険者としてありふれた対応であるわけだが、それは私にとって時間稼ぎになってちょうど良かった。
冒険者達は押し付け合いに白熱していて、私の方を見なくなったのだ。
「あんたが見つけたんだろ」
「あなたが檻に入れたんじゃ無い」
「お前が金になりそうだって言い出したんだろう」
「内臓の位置がわからないんだから、解体に失敗したらどうする。最上級の素材の可能性だってあるだろう」
素材扱いされている側としては、とても嫌な気分になる会話は、これまたありふれた会話でもあった。
人間は人間以外に対して、これくらいの事を余裕で言えるのだ。
彼等は押し付け合いに白熱していて、私の方から意識がそれている。
「……」
私は音を立てないように、足につけられた枷を慎重に外した。
……大神殿の訓練で、鍵開けの技術を教えられた時は、こんな事は何の役に立つんだとすら思ったけれども、この技術がある事に感謝したくなった。
これで逃げ出せるのだから。
続いて私は、これも音を立てないように、そっとそっと、檻の鍵を開けて、抜き足差し足、外に出ようとした、その時だ。
がっちゃん! と。
想定していない音を立てて、私の出てきた檻が縮んだのだ。
そしてその音を聞いて、冒険者達が一斉にこちらを振り返る。
「魔性が檻から出てきた!」
「すぐ捕まえろ!」
「空を飛ばれたら追いつかないぞ!」
「どうやって枷も檻の鍵も外したんだ!!」
振り返った彼等が武器を構えて迫ってくる。私は今度は殺される可能性が高い、と言う初歩的な事くらいはわかるから、死に物狂いで走り出した。
空の飛び方なんて知らないから、地べたを走るほかない。
そして……背中にあるらしい、翼が、色々なところに引っかかって、とても……とても邪魔だ! 藪もすり抜けられないほど引っかかる。
足が遅すぎる訳じゃ無いのに、翼のせいで逃げ切れないかもしれない。
私はとにかく、走り続けて、でも……誰かの投じたのだろう投げ縄に、背中の翼が引っかかり、思い切り転んだ。
「!」
顔を打ち付ける。痛い。すぐに起き上がらなければ、と思うのに、続いて投げられた投げ網が体に巻き付き……完全に動きを封じられた形になった。
「飛べないのか、こいつ」
「木が生い茂っていて、空に上がれなかっただけだろう」
「また逃げられたら大損だ、先に翼をもいでおこう」
「にしても、純白の綺麗な翼ね。素材として申し分なさそうな感じしかしない」
冒険者達はそう言い、……解体のためののこぎりを取り出してくる。完全に私は物扱いをされているだろう。
死にたくない。逃げなければ、にげださなければ、魔性として殺される訳には!!
私は待ってくれと叫ぼうとしたのだけれど、声は出てこない。リリーシャ姫の渾身の呪いは有効だ。大嫌いな私を殺す術としては完璧だろう。
誰も人間を殺したと思う事なく、私を殺せるのだろうから。
「!!」
投げ網でまともに動けなくて、芋虫のように這いずって、しかしのこぎりが迫ってきた、その時だった。
「……あ」
何が起きたのか、瞬間的にはわからなかった。いきなり、冒険者達が肺から息が全部出た、みたいな音を立てて、それから。
ばたばたと、倒れたのだ。
遅れて、血しぶきが飛ぶ。
地面にだらだらと血だまりができあがっていく。
それらを気にせず、歩み寄ってきたのは。
「!!」
驚くほかない光景だった。
だってそこに立っていたのは。
アフ・アリス。……いや、魔王のしもべ?
呼びかけたはずの声は、やっぱり人間の発する音ではなくて、ギャアギャアという音にしかならなかったのだった。




