五話
秘密裏に進められる依頼という事もあり、おおっぴらに人食い街の事は調べられないだろうと将軍達は言った。
確かにそれは事実であり得そうだ。ベガ達が失踪したという話は結構広まったかもしれないが、その捜索のために大神殿のある街のギルドに、捜索依頼をしたというのは公的な発表になるだろう。
そこまでならまだいいのだ。ベガ達が何らかの事故に巻き込まれたのだろう、という所は、ぎりぎり人々を恐慌状態に陥らせない。
だが、探しに行った冒険者までもがことごとく失踪した、と言う現状まで大々的に広まったら問題になるのだ。
幸いというべきか、冒険者のほとんどが平行して別件の依頼を受けていたと言う事も相まって、自分の依頼のために街に戻らないのだろう、と普通に判断されている様子なのだ。
実際に、自分の受けた依頼のために、一週間でも二週間でも、街に戻らない冒険者は一定数いるらしい。
「ただし、一週間を経過しても、失踪したベガ達の誰かや、冒険者達が戻らなければ……情報操作の限界になるだろう」
将軍達はそう言った。つまり私達がベガ達や冒険者達を探せる期間は、一週間程度と言うかなり短期間なのだ。
「難易度は極めて高いだろう。お前達が期限を過ぎても何も成果を上げられなかった場合、違約金は発生しない事にはしておく」
「違約金だけはな」
含みのある言い方を彼等はしており、後からフィロさんがぼそりと
「その代わり命を奪われる可能性は高そうだったな」
そう言っていた。口封じのために殺すと言う事になるのだろう。
つまり、今回受けた依頼は命がけという事が決定したのだ。
契約書に、依頼が成功しなかった場合の事は書かれていたけれども、命を奪うとか、行動の自由を奪うとか、そういう記載は無かった。
記載が無いだけ。……それは、危うい側面があるらしい。
「言ってないだけ、書いてないだけ。書いてないから絶対にやらないってわけじゃねえからな」
セトさんがあきれ果てたようにそう言ったけれども、今回の依頼の報酬は破格極まりないから、それだけの罰則があってもおかしくないと言う姿勢の様だった。
「……おれ達にはあんまり余裕がねえな。……昼のうちに連中が入っていった街に忍び込んで、昼の間に抜け出すって言う時間制限のある行動しか、まずは取れないだろう」
「そもそも俺達であの街を呼び出せるのか?」
「やるだけやってみるしかないだろ。……そうだ、ギザ、お前は入るな。ジルダは一緒に来い」
「なんで私だけ?」
「ギザは探知の術も使える。お前の技能は器用貧乏に近いだろ。仲間を目印に、消え失せる人食い街を追跡できるとしたら、適任者はお前。追跡が可能になれば、将軍達の手持ちの腕利きをつれての捜索も可能になる」
「そんなにうまくいくかしら」
「可能性を持っておくのは悪い事じゃないだろう。それなりに腕の立つおれとフィロ。聖剣の鞘だった時は聖なる力を持っていたジルダ。みょうちきりんな場所に潜り込むなら、この三人の方がどうにかしやすい」
「今はもう聖剣の鞘じゃないんですけど」
「でも、あんたはアフ・アリスの祈りが詰まってる。あいつの祈りの力がどう働くかはわからないが、とびきりのとっておきになる可能性が高い」
セトさんは手持ちの経験値と情報と確率から物事を言っている。私は何故、セトさんがこのチームのリーダーという事になっていたのかを、なんとなく知った気がした。
彼は一見するとお調子者で、お金に目がなくて、向こう見ずに映るけれども。その実極めて冷静に物を俯瞰して見る事も出来る盗賊なのだろう。
潜入捜査に都合の良い職は、盗賊とかそれに近いものだと相場が決まっている。
そのセトさんの物理的な補佐としての剣士のフィロさん。
そして、何が起きるかわからないとっておきとしての私。
なるほど、短期間で物事を決する必要があるなら、この三人が入った方が話が早いと彼が判断したのだろう。
私は自分がそんなとっておきとは思えない。
それでも、セトさんやフィロさんの使えない、初歩的な色々な魔法や技術を持っているのだから、いざというときの緊急用の隠し種になると言うわけか。
「……じゃあこれをあんた達全員持っておいてちょうだい。さっき将軍の一人から支給されたの」
「へえ、気前が良いな、生き残りの指輪じゃねえか。核はギザか」
「そうよ。持っていても、全員が一緒に行動するなら、あまり役に立たないと思っていたけれど。今回の作戦の場合は使えそうだから」
「ありがとうござます」
私は生き残りの指輪を小指にはめた。小さな魔法石が入った指輪は、装身具としては質素だし、あまり動きの邪魔をしないように、細く小さく作られている。
セトさんは手袋を外して指輪をはめているが、そこで私は、彼の薬指に金色の指輪がはめられている事に気付いた。
だが今それを指摘する余裕はない。問題が片付いたら聞いてみよう。
そう判断して、全員が指輪をはめて、顔を見合わせた。
「今回は、人食い街っていう面倒なのが相手だ。装備も道具もちゃんとそろえたよな」
「一番そろえないのはお前だろう」
「あんたが一番の心配の種よ、セト。ジルダを見習って欲しいわ」
「私はあれこれがあった身の上なので……準備だけは万全にしたくなるんです」
そんな軽い言い合いがあって、私達は再び、イニシエルだったのだろう、消え失せた街を見た地点に向かい、軽口の調子でこう言った。
「ああ疲れた、このあたりに休めるような街があれば良いのに」
「そうだよな、前までこのあたりに、立派な街があったのに」
「もう足がくたくただ、すぐにでも休憩がしたい」
……これで、人食い街が引き寄せられるかは博打だったけれども。
不意に霧が立ちこめたと思うと、目の前には大きな外壁と、門が現れたのであった。
「……ここからは私は入れないわ。でも成功を祈ってるわよ、皆」
「ギザ、顔色が悪いぜ」
「この霧、この前と同じで、魔法を無効化する霧よ。……これじゃあ、腕利きだったとしても索敵の術なんて使えないわ。それに……あんた達も感じているでしょう?」
「ああ。そうだってわかってても、この街がとびきり安全で素敵な街に感じちまう、おそらくは認識誤差の波動を放ってやがる」
「頭の中の知識と、感覚が一致しなさすぎる。……吐き気がしてきそうだ」
「……本当に、立派で安全な街に見えてきますよね……」
人食い街はなるほど、入る人々の認識を狂わせて、自分の中に招き寄せるらしい。
「のみ込まれんなよ」
「あんたもね」
「下手な行動はとらないように。特にセトは」
「ジルダもだろ、ジルダに何かあったら、おれ等アフ・アリスに三枚おろしにされるぜ」
軽口を叩く様なそぶりで、私達は覚悟を決めて、街の中に入っていったのだった。




