二話
ベガ達が失踪した地域の特定までは行われたらしい。
ただその後の消息が全くわからないのだ。
彼等の総数は百を超えており、一個の部隊として十分な数だった。
百の人間が痕跡一つ残さずに失踪するなど、普通に考えてあり得ない。
何者かの策略の末か、それとも何かしらの事件が発生したのか……
それらが全くわからない事から、王国はこのたび依頼をする事にしたのだろう。
この依頼を受注する冒険者達に、まとめて知らされたのは同じ情報だ。
何か一つでも痕跡を見つければ、金貨がもらえる破格の依頼とあって、かなりの数の冒険者が、今自分が受け持っている依頼と一緒に、このベガ達失踪の痕跡を探す依頼を受けたのだ。同じ情報を何度も繰り返し説明するのは、時間と手間の無駄だとギルドの方が考えて、指定の時間に詰め所に入ると、拡声魔法で声が一番隅の人にも聞こえるようにされた状態で、説明をいくつか受けた私達だった。
「地図上ではこのあたりか。……ふうん、結構開けた土地であいつらの行方がわからなくなったなんてな」
地図を広げて言い合う人々も多いし、セトさんも同じように地図を広げて首をひねっている。
ベガ達が最後に立ち寄った村から、さらに先の村……王国の首都を目指すためにどうしても立ち寄るであろう補給路までは基本一本の道で作られていて、近くに寄り道をしたくなるめぼしい場所はないし、深い森もない。
水の補充などで立ち寄るだろう湖や河川にはとっくに捜索隊が、痕跡探しをしている様子でもある。
「……あ」
私は地図を見て、それから呟いた。
「どうした」
「ここ、イニシエルだった場所です」
「あ、たしかに」
「三年前に消えた街であるイニシエルの事を、国はどう発表しているんでしょうか」
「イニシエルはでかい街だったからな。魔性達が何も残さずに滅ぼしたって事になってる」
「実際は違うのに」
「当時他に考えつかなかったんだろ。人食い街とか、普通聞かねえよ。そんな者があるという事すら、誰も知らないで何百年も、イニシエルは営みを築いてきた大きな街だった」
「事実を知っているのは、多分あなたくらいよ、ジルダ」
ギザさんが小声で言う。フィロさんが真剣に地図を確認して、イニシエルだった場所とベガ達の失踪したあたりと、他に何かあり得そうな事がないかを考え込んでいる。
「アフ・アリス、彼は人食い街の事を少しだけ教えてくれたんだ」
「フィロだけにかよ、妬けるな」
「お前が弟その他にじゃれつかれて、遊んでいた時に暇つぶしに聞いたんだ。……人食い街は呼び寄せる事も出来る、ただし相当な覚悟が必要だとな」
「あんなおっかないのを、人間が呼べるのかよ……」
「召喚した魔神みたいな事をいうのね、それに近いくくりなのかしら」
ギザさんが興味深いという調子でいう。フィロさんは私達の視線を受け止めてこう言った。
「人食い街はいつでも人を飲み込みたがっているから、”疲れたからどこかで早く休みたい”と言う事を口に出して”この目の前に街があれば良いのに”と願うと、寄ってくると」
「……聞いてて恐ろしさが際だってんな、誰だって思う事の一種だろ、それ。本当に寄ってくるんだったら、そうしたら」
疲れて早く休みたいと思う時に、立派な門構えと城壁を持った街が突如現れたら。
頭の働かなくなって、危機意識が低下しているならば、その町の中に入ってしまうだろう。
入って、……夜までに出て行ければ身の危険はなくても、あの場所で夜は過ごせない。
夜を過ごしたら、その夜に街は人を食ってしまう。
「イニシエルに飲み込まれた人間の総数は、正気と思えない数のような気がしてきたぜ」
疲れたから早く休みたい、この目の前に街があれば良いのに。
それは、いつどこで魔性に襲われるかわからない移動中だったら、誰でも心のどこかで願う事で、口に出す人だって多いだろう願望なのだ。
それを聞いて、寄ってくるなら。
それが異常だと気づけなくて、街の中に入ったら。夜までに出られなかったら。
一巻の終わり……
私は背筋が寒くなったし、セトさんは身を震わせた。
「……おっかねえな。で、フィロ、対処法は」
「アフ・アリス曰く、結界を張れる人間がいるなら、夜を明かすなら結界の中から一歩も出ない事。街を出る時に髪の毛を枝にくくりつけて、燃やしながら街の門の中に投げ込む事。……一番良いのは、太陽の昇っているうちに、さっさと街を出て行く事だそうだ。基本的に人食い街は、太陽の昇る間は悪さをしない、ありふれた街の顔をしていると言う話だった」
「その、日が昇っている時間って限定で、痕跡その他が探せりゃ良いんだけど、な」
セトさんはつぶやき、立ち上がる。
「……ジルダ、あんたかなり聞きたい事があるって顔してるぜ」
「……もちろんありますけれど」
「場所変えようぜ、どっかの宿屋で皆で膝つき合わせて白状しなきゃならねえ」
「そうね」
「今まで、気付かせないようにしてきた私達も問題があるだろうからな」
セトさんに続くギザさん。フィロさん。
私は、できる限り口に出さないように意識していた、三年の歳月の事を聞くために、同じように立ち上がって、彼等の後に続いたのだった。
宿屋は混んでいる。と言うのも、魔性達が手当たり次第に村や町を襲って滅ぼす状況であっても、大神殿のある街ならば、警備も多いし兵士も多いし、城壁も厚いし、結界を張れる人々もいる。
場合によっては聖剣の勇者が滞在していて、その加護を与えられた強靱な冒険者達もいる。
相当に安全になる街なのだ、大神殿のある街や、都という特殊な環境は。
それ故に、安全を求めた人達や、行く当ての失った、街の滅んだ住人達が、大挙して押し寄せる事になっているのだろう。
状況は三年前とあまり変わらないというのならば、間違いなく、そうであるはずだ。
そのため、宿屋は常に一杯だし、副業として行く当てのない人達に住居の一部を貸し出す事もまかり通っているし、四人で一部屋しか使えないだけでも、運が良い方になるのだ。
宿屋が住居になっている人も一定数居るだろう。宿屋にとって、部屋が空いている事の方が、儲けが出ないのだからと長期滞在を認めているに違いない。
「……なんで三年も時間が経過しているかって聞きたいんだろ」
宿屋の部屋で、椅子に座ったセトさんが口火を切る。私は頷いて問いかけた。
「はい。私が最初に意識を失った後、何が起き続けていたんですか」
「最初は疲れで意識を失ったと思ってたんだぜ、でもどんどん脈が弱くなっていって、血の気が引いていって、あんたは一瞬で死に神に連れて行かれそうになっていった」
「……」
「そうしたら、アフ・アリスが、誰にも言わないで欲しいって言って、あんたに口づけた。見ただけで、それが延命措置だってわかったぜ。気配がまるで違ったからな。それであんたの延命措置を定期的に行いながら、医者を探したんだ。アフ・アリスは対処は出来ても根本的な解決方法は無理って風だったからな」
「医者探しも難航したわ。まずアテン村に来てくれると言ってくれる、医者がいなくて。皆所属する街の人間の治療が優先で、魔性達は昼夜問わずに街を襲っていて。あなたの延命処置をしながら、長い間、診察してくれるだけでもいいからと医者を探し続けて、その間にアフ・アリスが子供達と華の術に使う華を育てて、立派にして、アテン村に何が何でも魔性が寄りつかないように、地盤を固めていたの」
「華の術のための古い音曲が、うちの神殿のぼろぼろの譜面で発見されたのも幸いだったな。アフ・アリスが今時の子供が読める譜面に書き換えて、徹底的に子供達に教えた。完成するのに三年もかかる難易度だったが、その間アフ・アリスが魔性達を寄りつかせないように尽力してた」
「それでやっと、診察だけならと了承してくれた医者を、君の所に連れてきたのが、君が目を覚ました時の事だ。それ以降、君は意識を失ったり取り戻したりと、時間が飛び飛びになっていたけれども、何年も意識不明にはならなかったというわけだ」
「三年の間に、結構大量の街や村が滅んでるぜ。隣の村には、おれ達も魔性討伐の手伝いに行ったりしたしな。噂を聞きつけて星を欲しがる連中の相手も面倒だったけど、星の要はアフ・アリスと子供達だったから、なんとかなったわけだ」
「通算で三回星は盗まれているが、そのたびにアフ・アリスと子供達で新しい星を降ろしたんだ。盗まれた方は徐々に力を失っていき、やがて土塊になる結末しかないとアフ・アリスが言っていたから、残酷な話だが」
三年という決して短くはない歳月の間、私は意識を失ったままで、その間に世界はがらりと変貌したのだろう。
ヘリオスは三年もの間、魔王の魂の一部が宿った剣を握り続けた事で、意識が魔王に染められていたと言う事でもあったのだ。
あんな異常な精神状態であった理由もこれで納得がいく。三年もそんな恐ろしい物を所持し続けていたら、おかしくもなろう。
「これくらいだな、ジルダに黙ってた時間の中の話は。わざとだんまりしてた訳じゃねえよ、話すきっかけが無かったから、三年もたってたなんて言えなかっただけで」
セトさんが本当にそうなのだという調子でいい、あくびをしてから、宿屋の寝台の数を数えた。
「しけてんな、三つしかねえ。フィロ、同衾だ」
「お前と私なら同衾したところでどうとでもなるが……まあギザと同衾させたら、寝起きのギザに吹っ飛ばされそうだ。魔法で」
「私も一人で寝たいから賛成。あんた達は日常的に同衾してるでしょ、暑苦しいわよね。まあセトの、部屋代ケチりたい精神に協力してるだけだから、変な目にもならないけど」
「きまりー」
セトさんはそう言って、手早く防具を外して寝台に寝転がる。フィロさんの方は完全に防具を解いた状態ではないけれど、軽装になって、セトさんを壁際に押しやって、自分も同じ寝台に寝転がる。
それを見ているギザさんは慣れきった事という態度で、寝台に入る。
私は、知らなかった時間の中の事を聞かされた物だから、眠れるかわからなかったけれども、これから数日は、ベガ達の痕跡探しがあるのだから、休めるうちに休まなくては、と寝台に潜って目を閉じた。




