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六話

「逃げたのに、捕まって、運が悪いね、あんたは」


答えが欲しいわけじゃないから、ただそれだけを言って、私は一つだけある診察用の椅子に腰かけた。

いったいどれくらいで、看護神官の彼女が戻ってくるか、分からなかったためだ。

それを、魔王のしもべはじっと見ていた。

私はそれを、見返している。やっぱり、よくよく見ても、魔王のしもべは、異装と言っていい恰好だ。

私が聞いた限りの知識によると、魔王のしもべというものは、顔というものをなくす事で、個というものを奪われて、その代わりに膨大な力を手に入れるそうだ。

魔王のしもべになると決めた時点で、顔を焼き、魔王から与えられる、頭を全て覆う目出し帽をかぶる。魔王の与えた目出し帽はしもべの顔の皮膚と一体化し、決して剥がれなくなる。

そうなったら、もう、人間側の存在としてはいられない。

一生を魔王のしもべとして、忠誠を尽くすしかないのだとか。

たまに大昔の実話として、改心した魔王のしもべがいたりするけれど、その改心した心も、魔王の力で闇に塗り替えられて、望まない最期を迎える。

顔を捨てた時点で、もう後戻りできないのだ。

この、並の魔王のしもべとは何もかもが桁違いな魔王のしもべも、行き着く先は一つなのだろう。

顔をなくしてまで、魔王につかえたいと思う心理は、私には欠片も理解できない心理だから、同情するとか、出来そうにないけれども。

感情の読めない緑の瞳が、私を見ていて、居心地が少し悪いな、と思った矢先の事だ。

扉が開き、泣きそうな顔をして、お盆を持った看護神官の彼女が戻ってきた。


「ふえええええ……食事も私の担当になってました……ジルダさん……さすがに食事の世話まで、怖くてできません……!!」


そりゃそうだ、と二度目か三度目かに思う事を思った。そりゃあただでさえ怖い相手の食事の世話とか出来るわけない。

この看護神官の彼女、いじめられてるのか……? 嫌がらせにしてもずいぶんな気がする。

いったい何をしたのだ。


「あなた一体何をそんなに恨まれてるんですか」


私の問いかけに、彼女は少し考えてからこう答えた。


「今年結婚して退職するんです……あの、医療神官のチャリオルさんと」


「うわあ、完全に嫉妬」


チャリオルという医療神官の名前を、私ももちろん知っている。ダズエルでも一番格好いい医療神官で、さわやかな笑顔が人気の人で、彼に手当とか診察してほしいという女性はあまたいる人だ。

そのチャリオルさんと結婚して退職するとか、勝ち組過ぎて嫉妬の対象である。

きっと看護神官の女性たちも、医療神官の女性たちも、その他数多の女性たちも、彼女に嫉妬の炎が燃えているんだろうな……

何というか、私もそういうのに似た物を経験した身の上として、同情した。

結婚の予定があって幸せいっぱいな人に、危険な患者を押し付けて、何かあったらどうするんだ。チャリオルさんが恨むぞ。きっと。

そんな事を思いつつ、仕方がない、関わってしまった以上付き合うか、という事が頭をめぐり、私は手を伸ばした。


「ここまで来たんで、手伝いますよ」


「え、いいんですか」


「その代わり、私が手伝う事を、きちんと医療神官の上級神官様たちに、いっておいてくださいよ。出しゃばりだとか、迷惑だとか、言われたら困るんで」


「あ、ありがとうございます!! 何から何まで!!」


感極まって泣きそうな彼女に、私は問いかけた。


「とりあえず、あなたの名前を聞きたいのですけど」


「はい! エリーゼです!!」


そう言って鼻をすすったエリーゼさんから、お盆を受け取り、私はその上に乗っていた、どろどろにされた汁ものを持って、魔王のしもべに近付いた。

魔王のしもべは、手が四本あるとか、足が三本とか、尻尾が生えているとか、そういうのではなくて、人間に限りなく近い姿だから、人間の食べれるものは食べられるはずだろう。

だから、お椀を持って、座り込む魔王のしもべに近付いて、私は膝をついてこう言った。


「口は開ける? それとも、口の中も切れて血まみれで食べるのもおっくう?」


「べツ に」


「何だ、多少ぎこちないけど、会話が可能なんだ」


あの戦いの時、この魔王のしもべはずっと黙り続けて、苦痛の声すら挙げなかったから、喉も潰したのか、と思ったのに、声はかすれていたし、発音も変だったけれど、ちゃんと喉から出て来ていた。


「……」


「と思ったらだんまり。ほら、喋れるなら食べられるでしょう。口開けな」


私は、一向にお椀を受け取る気配のない相手にじれて来て、匙で一杯をすくって、突き出した。


「少なくとも毒ではない。あんたが処刑の日まで生きてもらわないと、困る関係者が大勢いるから。あんたは、どうあがいても、処刑の日までは、生きなくちゃいけない運命なんだ。諦めな」


「……ソうか」


私はここで、相手の口の位置を予測したから、そこに目がけて匙をつっこみ……少し失敗した。

思ったよりも目出し帽が、邪魔だったのだ。口の位置、真面目に見えない。予測はしたけれど。

つうっと、魔王のしもべの胸元に、汁がこぼれる。魔王のしもべというものは、何故か一様に目出し帽、皮の腰巻、手袋、長靴という服装だから、この魔王のしもべも当然、むき出しの胸元に、汁がこぼれた。

それを何を思ったか、手袋に覆われた指でなぞって、見えない口に、魔王のしもべは持って行った。


「あじガスる」


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