一話
聖剣の鞘 第六部 1
アテン村に帰る前に、一度ギルドをのぞきに行こうと言い出したのは、セトさんだった。
「こういう時じゃねえと規模の大きいギルドの案内所に顔を出さないからな」
こういう時、すなわちそれは大きな町に来た時という事だろう。
おかしな話ではないだろう。そもそもギルド登録をした冒険者は、自分の活動範囲の案内所にしか顔を出さない事が多いらしいので。
「考えてみなくてもわかるでしょう、遠方の依頼を受けるなんて、移動時間の事があるんだから、よほどの募集の期限が長くないと、とても受けられないわ。そうなると、どうしたって近場のギルドで依頼を受注するのよ」
こう教えてくれたのはギザさんだ。セトさんは大神殿のあるギルド案内所に、当たり前の顔をして入っていく。私もその後に続いたのだが、ぐるりと周りを見回したセトさんが、ある一点を見て驚いたようにそちらに走り寄っていった。
「シルヴァ! おい、あんたこっちに引っ越したのか。またなんで」
「……お前が国境線に近いアテン村で、未だに現役で暮らしているのが驚きだ、セト。あの魔性が跋扈する地域で、五体満足で生きているとは……お前思っていた以上に実力があったのか? だが証明書は銀のままだな」
「おれの問いかけに答えろよ、なんであの街を気に入っていたあんたが、この大神殿を抱えている街で働いてんだ?」
「……ああ、お前は知らないで居たのか。そうだな、……お前がアテン村に行ってから、もう三年の歳月が流れているし、お前はその間、アテン村の近隣の依頼を受けているばかりで、あの街に便りも出さないでいた訳だからな」
…………え?
私は聞き捨てならない言葉を聞いた気がした。
三年。
いつの間に、私が知らない間に、三年の歳月が流れていたのだろう。
混乱しそうな頭を抑えて、事態を把握しようと心を落ち着かせてみようとしている間にも、セトさんとシルヴァさんの会話が続く。
「便りがないのは良い知らせ。鉄則だろ? 確かに三年もたてば情勢ってのは変わるけどよ、あの街は防衛のための壁も強固だし、所属する冒険者も腕利き揃いだっただろ、そう簡単に魔性相手に墜とされない街だったはずだ」
「だがあの街は墜とされた」
「……まじで。おれが村の近所で薬草探したり小物の魔性を倒したりしている間に。あのでっかい街がなあ……でかい街はそうそう墜とされないって思ってたんだけど、違ってたんだな」
「色々な事情があってな、冒険者の数が著しく減ったんだ」
「なんで? 病か周辺の紛争かそれとも手を焼く魔性が多かったか?」
「どれでもない。とある奇妙な街の噂を調査しろと、王国の上層部からの依頼が入り、その依頼の報酬金に釣られた、腕の立つ冒険者達が軒並み行方不明になってしまってな。その結果、ギルド登録者も減ったし、それなりに魔性相手に戦える冒険者も激減したんだ」
「変な街……」
セトさんがちらっと私の方を見た。きっと、私とアフ・アリスと出会った時の事を思い出したのだろう。
そう、あの、人食い街のイニシエルの事だ。
そこで私は、あの街の事を知っているアフ・アリスと、王都とかにその街の情報をし知らせようと思いつつ、流れに巻かれてそれをしていない事を思い出した。
私は……シルヴァさんの言葉が確かなら、三年もその情報を誰にも言わなかったという事になる。
アフ・アリスはどうだろう。……聞かれなかったら答えないという姿勢でいる事の多かった彼が、誰かに聞かれない情報をべらべら喋ったとも思えない。
彼が何故それを知っているのかという事で、彼のむしられたくない傷をむしられる事にもなっただろうから。
「……あの、どんな風に変だったんでしょうか。色々な街を見てきたんですけれど、ギルドに調査の依頼をする程の変な街というのは、聞いた事がありません」
「まあそうだろうな、王国も守秘義務を冒険者に課していたくらいだ。俺がこの情報を知っているのは、受付でその依頼の事を多少知っているからに他ならない」
「黙ってろって言われたのに、あんたおれ達に話して良いのかよ」
「もうその依頼はなくなったからな。あの街の冒険者にのみ、依頼をしていたと言う。あの街が抱えていた冒険者は王都以上で、腕利きもたくさん居たからだろうが」
「依頼が無くなると、守秘義務もなくなるんですか?」
「そういう依頼が大半を占めているんだ。成功すれば問題が解決しているから喋って良いし、依頼自体が無くなれば、契約自体も無くなるから喋って良い事になる」
「ギルドへの依頼とは複雑な部分があるんですね」
依頼主と受注者の間のあれこれはきっと多そうだ。私が世間を知らないだけかもしれないけれども。
「そうなんだ、セトの仲間の……たしかジルダさんだったか。さて、話を戻すが、奇妙な街というのは……本当に奇妙な事が起きる街だったんだ。
複数の筋から、似た話が寄せられてな。目指した村があった場所に、大きな街が出来ている。そこには人が一人も居なくて、だと言うのに何者かの視線を感じる。不気味さが勝って夜になる前にその街を出て行き、翌日人を集めて確かめに行くと、そこは人一人居ない、元々そこに存在していたはずの村が現れる。それも……人一人居ないのに、何者かと争ったような形跡だけを残して」
「他には」
「話が近いが、地図上では何も無いはずの場所に街ができあがっていて、そこでは人が生活を営んでいる。とりあえず補給をして、そこを出て行き……帰路についてその場所を確認すると、そこは荒野や湿地帯。地図の通りの状態になっている。という話だ」
「似たところもあれば似てない部分もあるな。でもその目撃談が頻発したんだろ」
「ああ。それらから戻ってきた人間が語っているだけだから、実際に遭遇した人数はその三倍以上だろうと、上は判断したらしい。この謎の街の調査に、王国は素晴らしい値段をつけて……前の街の冒険者達は、魔性がいるわけでもなさそうだと、こぞって調査に乗り出し……依頼を受けたほとんどの冒険者が消息を絶った」
「ふうん。で……」
セトさんがさらに何かを言おうとした時だ。ばたばたとせわしない音がして、ギルドの受付の人が、大きな羊皮紙で、とりわけ目立つように、新たな依頼書を掲示板に貼り付けたのだ。
「なんの依頼だ? あれは、……驚いた、王国公式、それも王族直々の依頼書だ」
フィロさんが遠目からでもわかる、金箔ですられた王冠の印を見て言う。
それに釣られてわらわらと冒険者達が集まり……賑やかな会話を聞いて、私達は顔を見合わせた。
「消息不明の、ベガ達と王国の兵団の捜索?」
「どうやって迷子になるんだよ、道は一本だし、あの数が一気に居なくなるはずがないだろう」
「あり得そうなのは、魔性との戦闘で全滅という話だけれど、それなら捜索の依頼にならない」
いろんな人が意見を交わしている。セトさんとフィロさんが近付いて、依頼書を見て、何か言い合う。
そして戻ってきて、ギザさんと私を見てこう言った。
「アテン村に戻る前にちょっと調査の手伝いをしようぜ、皆」
フィロさんも続けて言う。
「痕跡を発見するだけで、金貨三枚にもなると言う破格の依頼だ」
「……村に戻らなくて良いの? 村が危ないんじゃない?」
「とはいっても、お前達も見てるだろ、村の大移動」
「見ましたが……」
私は出立前に見た、村の人達が皆で大がかりな引っ越しをするように、荷物をまとめて、星を幌馬車に乗せて居る光景を頭に思い浮かべた。
あの湿地帯から、もう少し安全そうな場所に引っ越すのだと、国境線沿いだとまた、ベガ達のような人が来て、大変だから、と村長さん達が話してくれたけれども、それとどう関係があるのだろう。
「村は再建のために金がかかる。……その再建費用をちょっと作ろうぜっていってんだ。おれはそうするし、フィロは実家の家族を、星のあるアテン村に呼び寄せたいから、村のあれこれがちゃんとしてる方が都合が良いってな。ギザはどうする、ジルダもどうしたい」
「そうねえ、星のあるアテン村が、一番魔性よけができて安全そうだし……私も再建費用を稼いで、母さんとかを呼ぼうかしら」
「私は……」
私はちょっと考えた。それから。
「アテン村の人達への恩返しが出来そうなので、再建費用を稼ぎたいです」
「じゃあ決まり! シルヴァ、依頼を受注するぜ。全部で二百三十八のチームが受注をゆるされてるんだ、相当な捜索になるに違いない」
「お前は金が絡むといっそうがめついな。……さて、チームとして受注させてもらったぞ。受注したチームへ掲示される情報がこれだ」
シルヴァさんはそう言って、さっきばたばたと受付の人の足元に置かれた紙の束から、数枚の紙がとじられた物を手渡してきた。
「……へえ、行方不明になった状況その他が記録されてるのか。捜索には結構ありがたい情報だな」
セトさんがにやりと笑う。その瞳は、らんらんと金貨のように輝いていたのだった。




