八話
「この面汚しが! 簡単に鞘の資格を失いおって!!」
ここは王国の大神殿、そして私は私の身の上におこった事情を話す前に、顔を合わせた途端に大きく響いた、神殿長の罵声に耳を塞ぎそうになる。それでも私は顔を上げて言い返した。
「何も悪いことをしていないのに、権力者に死んだ事にされたり、魔性なのだと言われたりして、どうして表だって自分がヘリオスの聖剣の鞘であると言えるんですか? 私自身には特徴的な能力なんてなにも無いんですよ。自分より力のある人達が私をそう扱うなら、こそこそ隠れるほかにどうしろと」
「ええい、口答えなどしおって、神殿を出るまでは模範的な聖剣の鞘だったというのに! 世間に出た途端に言い返す愚か者に成り果ておって!」
「私が愚かだというのならば、私を死んだ事にして恋愛脳に走った、そちらの皆様方は私以上の馬鹿揃いという事になりますが」
言い返した私の言葉に対して響いた罵声の持ち主は、神殿長だ。王国の大神殿をとりまとめる人であり、国王に並ぶ権力者とも言えるだろう。
私はその人相手に、真っ正面から言い返していた。
神殿で酷い扱いのような訓練を受けていた、あの頃ならば萎縮してなにも言えなかっただろうけれども、私にだって言いたい事は山のようにたまっているのだ。
「お前! 選ばれし女性達になにを言うのだ!」
恋愛脳の大馬鹿者、という趣旨の事を言った私に、そばに控えていた神官が引きつった声を上げた。
神官にとっては、選ばれた素晴らしい力を持った女性達、と言う認識でいるのだろう。
事実見た目は大変によろしい。
「その選ばれし女性達が、魔王と戦うために必要だったのは私の心臓の加護だったでしょう? それなのに私がヘリオスの婚約者という肩書きである事が目障りだというわけで、私を死んだ事にしてしまい、そして私がダズエルでヘリオスを助けようとした時すら、私が死んでいないと自分達に不利だからと、私は魔であると偽って殺そうとした人々ですよ。その結果、魔王が復活してしまったのだから、盲目的な恋愛は愚かですね」
私はしれっとした調子で言い返した。……仕返しが怖いと思う前に、もう聖剣のあれこれに付き合ってられないというのが、本心なのだ。
私の心臓はもう、ヘリオスの聖剣でもないし、魔性に打ち勝つための加護を人々に与えられるものでもない。
本当にただの、胸の中で鼓動を立てる内臓なのだ。
「私が居なければどうにもならなかったのに、私の存在が目障りって言うのは少しばかりでなく都合が良くないですか? 私は皆さんがきちんと私と話し合ってくれてさえいれば、ヘリオスとの婚約もその後の事も、皆さんの願いに沿った形で決着だってつけられたのに」
皮肉を思い切り飛ばす。私は最終決戦の前の時点で、ヘリオスとの婚約を解消する事を願っていたのだから、全てが終わって、魔王が倒されて、私も生きていると扱われていたら、ヘリオスの周りの恋愛あれこれにもう巻き込まれたくないからと、仲間の女性三人が思っていたように、ヘリオスとの婚約を解消して、どこかで平凡な人生を送ろうと、彼等の元から去って行ったはずなのだ。
責任転嫁とは言って欲しくない。意識を取り戻した時点で、死んだ事にされていた私が、実は生きてますなんて言っていたら、その時点で殺されていた可能性だってあったのだ。
あっちの方に非の比重は傾くだろう、きっと。
生きて話し合いなんて事をせずに、見つからないから、短絡的に私が死んだ事にすれば、すぐヘリオスとの婚約が出来ると早合点して、私が死んだ……という話にしてしまった女性三人が、申し訳ないけれども考えが足りなかったのだ。
私ときちんと向き合って話をしてくれてさえいれば、お互いにこんな面倒な話もなっていなかっただろうし、魔王だって復活していなかった。
だってヘリオスは魔王の魂を持つ事にもならなかっただろうから。
私は王国一の規模を誇る大神殿の中の、神殿長が執務を行う部屋で、元仲間達に睨まれて殺意を向けられながらも、言いたい事を言っていた。
怖くないかと言えば嘘になる、でも、もう私は元の仲間達のあれこれに無理矢理巻き込まれて、死にかけたり、魔性扱いされたりするのはこりごりなのだ。
もう関わりたくない関係ない、と主張したくてなにが悪いというのだろう。
「なんでお前なんかが聖剣の鞘だったのよ」
ウテナさんが恨めしげに言う。彼女は剣聖といわれる腕前だったけれども、……だからこそ聖剣の鞘という物に対しての、特別な感情があったかもしれなかった。
本当は自分が聖剣の鞘になりたかったのかもしれない。
でもそれは、他の二人も同じだろう。
聖剣の勇者と聖剣の鞘は、出会ってしまったら自動的に婚約者となるのだから、ヘリオスを思うこの三人の女性達が、聖剣の鞘になりたかったと思うのは、ある意味仕方の無い部分はある。
あるけれども、目障りだからって死んだ事にしたり、殺したりして良いという話では無い。本当に迷惑だ。
「本当にそれは思いますよ。私だって聖剣の鞘になんかなりたくなかったですから」
「はあ? ヘリオスと結婚できるのに、何を言っているのかわからない」
「馬鹿じゃないの? 心臓が剥き出しで魔性にぶつけられている痛みがどれくらい苦しいかもわからないのに、わからないなんて言わないでよ」
私はあきれてシンディさんを見やった。本当に馬鹿にしてんじゃ無いかとすら思った。
「あなたは気絶だってしなかったではありませんか。それしきの痛みを耐えられないなんて」
「気絶したら本体の私が危機的状況に陥っても逃げ出せないから、聖剣の勇者が戦うためにどんな痛みでも簡単に気絶しないように、血を吐くような訓練を受け続けてたんですよ」
本来ならば、聖剣の鞘は滅多な事では気絶しない訓練を受ける。
それなのに私がどうして、ベガが私の心臓を握るようになってから、意識を失うようになったのか。
それは、聖剣の持つ特殊な自己再生能力に理由がある。
聖剣は損傷したら、本体である私の中に戻って、私の魔力や血の流れやその他諸々により、再生する物なのだ。
しかし、損傷しても本体である肉体に戻されない聖剣は、遠隔で私の魔力や血の流れやその他を引っ張って、再生しようとする。
遠隔で吸収するため、その効率はとても悪く、本体への負担も馬鹿にならないくらいに大きくなるのだ。
ましてベガは、遠慮無く私の心臓を欠けさせたりしていたわけで、必死に聖剣が再生しようとして、私から意識を奪うほどの色々な物を引っ張って行っていた、というわけなのだ。
たぶん、私はどこかで死んでいたかもしれない位に、負担の大きい事をさせられていたけれども、アフ・アリスがそれを緩和してくれていたのだ。
そんな私と元仲間達の醜い言い争いと、神殿長の怒りの声を聞き終わった……この場に来ていた王様が、頭が痛いという調子でこう言った。
「リリーシャ、お前達がそんなにも愚かな事をしていたとは、信じたくなかったが……こうしてジーナが生きている事が全てを物語るのだろうな……」
「お父様、この女が身の程を知らないのが悪いのです。こんな器量の悪い女がヘリオスと結婚するなんて、お父様だってお認めになれないでしょう?」
「ジーナはお前達三人と、今後の事を話し合う事を視野に入れていたでは無いか。お前達が彼女ときちんと話し合ってさえいれば……こんな面倒な事は起きておらぬ」
「陛下、発言をお許しください。このジーナは、本当に使えない人間でした。いつでも足を引っ張り……ヘリオスのそばに居るのも許しがたいほどの無能です」
「聖剣の勇者とその鞘の関係性は、無能かどうかで決まる物ではない。ヘリオスの握っていた聖剣の、何者にも折れぬ特異性こそ、彼女が無能ではない証明だったというのに」
王様はあきれた声でそういう。
神殿長も、この一連の言い争いを見終わって、ため息をついた。
「ジーナ、お前とそちらの女性達の言い合いを見させられて、お前だけが馬鹿だったわけではなさそうだと、理解させられたわ」
「神殿長! リリーシャ姫、ウテナ様、シンディ様は優れたお方でしょう!」
歌物語の評判が真実に近いと思っていたのだろう、おつきの神官が悲鳴を上げるように言う。
だが神殿長は苦い声で言った。
「聖剣の鞘の負担をここまで軽く考えている女性達が、馬鹿でなくてなんだという。勇者の婚約者に自動的になる程の特別な待遇があるのは、それだけ背負う負担が大きいと言う真実があったわけだがな。はっ、ジーナ、お前の苦労が少しばかり想像できてしまったわい」
「想像してもらわなくて結構です。私が皆さんに言いたいのはもう、私は聖剣の鞘ではないから、魔王の討伐に加わったりしませんと言う事実くらいです」
「賢明な判断。聖剣の鞘では無い、ただの女性が魔王討伐に加わっても足手まといのお荷物だからな」
王様がため息をついた後に言って、娘のリリーシャ姫を見やった。
「リリーシャ、お前の聖なる力は真実、実力だ。お前は魔王が復活した上、再び魔王討伐に加わってもらう。ウテナ、シンディ、二人もだ。だが……」
そこで、女の言い争いその他に圧倒されていたヘリオスを見やって、王様がこう言った。
「元勇者ヘリオス、お前は魔王討伐にいれぬ」
「何故ですか! ヘリオスほどの実力なら、聖剣が無くても」
「ジーナの折れぬ加護がどれだけの素晴らしい物だったか、お前達はまるで理解しないのか? 折れぬ加護は尽きぬ加護、ヘリオスの力をどれだけ倍増させ、お前達にも力を与えていたか……それに聖剣のない勇者は、魔性相手にもそこそこの実力にしかならぬと記録がある」
「聖剣は勇者の持つ潜在能力を、飛躍的に向上させ、全てにおいて突出させる物ですからな」
ジーナの聖剣無くして、ヘリオスが勇者と名乗れるだけの力はない、と神殿長すら暗に告げ、王様も神殿長も、私やヘリオスの方を見やった。
「お前達二人に、魔王討伐へ加われという勅命は下さない。……魔王が言っていたという、ほしくずのつるぎの事は、これから調べよう。魔王は大神殿にそれが安置されているという認識だったのだろうが」
「どの神殿にも、ほしくずのつるぎが安置されている記録はないものでな」
さあ、退室しろという調子で手を振られて、私とヘリオス、そして見守ってくれていたセトさん、フィロさん、ギザさんはそこから退室した。
退室して、セトさんが伸びをした。
「ジルダの元々の仲間の頭の悪さがやべえ」
「穏便な解決方法が、遅く感じてしまったのだろうか、ギザ、どう思う」
「私はあんなに馬鹿じゃないからわからないわ。話し合いが決裂してから、平和的ではない解決方法を選べば良かったのにね、としか」
ぼろくそに言っている気がする。そしてそんな仲間達の内心を、かなり後になるまで気づけなかったヘリオスは落ち込んでいた。
「僕は見る目も無ければ空気も読めなかったのか……あの三人は魔王討伐で気が高ぶって、周りがうまく見えないだけだと思っていた自分が馬鹿だ……」
「単なる女同士の嫉妬で笑える」
セトさんがそう言ってせせら笑った後に、ちらりと私の方を見てから、問いかけてきた。
「んで、ジルダはこれからどうする? 俺らはアテン村に戻るけどよ」
「なんですか、そのお別れみたいな言い方は」
「別に別行動してもおかしくねえなと思っただけの話さ。得体の知れないほしくずのつるぎなんて物を、魔王が壊してくれと言っているわけだしな」
「でも、何にも情報のないものを探すなんて無理でしょう」
「確かに無理だわな。まあ、俺らみたいな下の職業は、地道に自分のやるべき事をやるまでの事。ベガみたいに武功を立てて姫様もらってなんて野望ねえし」
「私もありませんよ。私はもう、平和に暮らしたいだけなんです。女同士の火花の散るあれこれもうんざり」
「……だが、ヘリオスはそういう考えではなさそうだな」
フィロさんがヘリオスを見て言う。話を向けられたヘリオスは、頷いた。
「僕は、大図書館などで、ほしくずのつるぎの情報をできるだけ探そうと思っている。歴史あるあそこなら、何か手がかりがあるかもしれないから」
「じゃあ勝手に行けば良いだろ。ジルダの道はジルダが決める物だ。あんたのおまけじゃねえし、ジルダがどう選ぼうと、あんたがぐちぐち言う理由も、もう聖剣うんたらかんたらがないから、存在しねえし」
「……そうだな」
ヘリオスはさみしそうに笑った後に、私の方を見てこう言った。
「……ジーナ。僕は魔王を復活させてしまった以上、この世界が平和であるために、勇者で無くとも力を尽くそうと思う。……彼に言った、君を守りたいという思いも嘘じゃ無いけれど」
「その方がいいと思う。あの三人が、私がこれ以上ヘリオスと近付いた状態で行動していたら、何してくるかもう、わからないけれど、最悪って気がするから。私を守るつもりなら、私から離れた方が良いよ」
リリーシャさん達は私を逆恨みしかねない。そもそも初手で大きく間違えた事だって、彼女達は認めないで、私だけが悪いって考えちゃいそうな危うさがある。
それにヘリオスの近くに居たら、嫉妬でどう暴走するか……前にやった事とかから考えると、相当な事をしかねない。
私を守るなら、近くに居るよりも、あの三人の見張りとして、それなりの距離にいた方がいいという事を匂わせると、ヘリオスは頷いた。
「……近くに居るだけが、君を守る事じゃないというんだね。今度こそ、君をあの三人から守るよ」
こうして私は、セトさん達とアテン村に戻り、ヘリオスはリリーシャさん達を見張りつつ、謎の剣なのだろう、ほしくずのつるぎの情報を探す事になったのだった。




