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五話

私は、話題の部屋から出てきた看護神官の人に、呼び止められた。

いったいなんだろう。

立ち止まって振り返ると、看護神官の人が、思いっきり申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。


「すみません、どうかお願いです! 汚れたシーツを取り替えたりするのを、手伝ってもらえませんか!!」


「また、どうして」


「看護神官の先輩たちに、やるように言われたんですけれど……一人では怖くて」


そりゃあ、魔王のしもべのシーツを交換するのが一人なんて、恐怖でしかない。

なんでこの人に、看護神官の先輩たちは、一人でやるように押し付けたのだ。


「怖いのだったら、警備の人たちも中に入れればいいのではないですか?」


私が至極まっとうな事を言うと、彼女は首を横に振った。


「警備の関係上、中に入れる事は出来ないんです……もう、一人で出来なくて、手伝ってくれそうな人を探してて! このままじゃ、治療用の寝台が一つ、血がしみこみ過ぎて廃棄になっちゃうんです!」


「それはなかなか……」


大変な事だ。基本的に治療用の寝台は、壊したりしやすいように簡易的で木製だけど、それだって廃棄するのは大変だし、新しい物を一秒で配置できたりするわけでもない。

彼女が困り果てるのも理解できる。でも……一応危なくないだろうか。

看護神官の人たちは、いざという時身を守る結界装置を胸から下げているけれど、私は持っていないのだが。

それを言って断ろうか、と思った私は、ふと、一体あのとんでもなく強かった最後の関門の魔王のしもべが、一体どれだけ暴行をくわえられたら、医療院送りになるのか、気になった。

多分それは、良くない好奇心の一つで、でもとても気になったから、私は仕方がないという顔で、頷いた。


「いつも医療院の皆さんにもお世話になってますから、手伝いはしますよ。でも! 手伝いですからね! 主体的にはやりませんからね!」


「ありがとうございます!!」


看護神官の彼女は、もう泣きださんばかりで、それ位一人で魔王のしもべのシーツを交換するの怖かったんだろうな、とわかる感情の現れ方だった。

そんな彼女とともに、私は訳ありの患者が入る部屋……通称訳あり部屋に、入ったのだった。



まず、訳あり部屋は、医療院のどこの部屋よりも狭かった。そして薄暗くて、寝台が一つ置かれている。

そこに、魔王のしもべが寝ていると思ったけれど、そんな事はなかった。

魔王のしもべは、血まみれの、治療を受けたとは思えない状態で、部屋の隅に座り込んでいた。

これは、寝台に寝ている状態よりも怖いかもしれない。寝ていれば、何かしらの動作で起き上がるまでの時間差が発生するけれど、座り込んで居たら、その時間が短いから、襲われたら一瞬だ。

そんな事を思いつつ、私はこう言った。


「私が魔王のしもべを見ているから、あなたはシーツを早く取り換えましょう」


「はい!」


私はちらっと寝台の方を見た。うん、すごい出血量だったんだな、と思わせる、なかなか真っ赤に染まったシーツで、よくまあそれだけ血を失っていても、寝台から部屋の隅に動けたな、とある意味感心したくなるものがあった。

でも。

床にじかに座り込み、こちらをじっと見ている緑の瞳は、何もかもを見透かすような色にも、狂気に浸された色にも見える。

そして、私が最後に見た時よりも、痩せているような気がした。あくまでも、なんとなくそんな印象を受けた程度の事だけれど。


「魔王のしもべは、食事をしていたんですか」


私は、相手から目を離さないようにしつつ、背後で手袋とかをして、直接血に触れないようにシーツを剥している看護神官の人に問いかけた。

看護神官の人がその疑問に答えてくれた。


「食事も、満足に与えられていなかったそうです。牢番の方は、子供にも敗北するのだから、何をしてもいいのだ、と思ったそうで……抵抗もしないので、暴行に拍車がかかったと言っていたそうです」


「……なるほど、だから」


やつれたのか、と口の中に言葉を残した。相手は薄暗がりの中でも、光を放つヒカリゴケのように明るい緑の目を、私だけに向けている。


「……食事を与えるんですか?」


「はい。処刑の日までは、生きてもらわなければならないと、上からの指示が来ています」


私は、処刑が決まっている事も、何もかもを聞いているだろうに、逃げ出そうとするそぶりが欠片もない魔王のしもべを見て、もしかして、死にたいのだろうか、と考えた。

魔王のしもべは、主である強大な魔王を喪ったわけで、つまり、信じていた者がいなくなったわけで、生きる目標を失った状態で、だから子供相手にも抵抗しないで、あの時連れて来られて、そのまま牢屋に入れられて、暴行を甘んじて受け入れて、こうしているのかもしれない。

生きるって事を放棄したのか、諦めたのか。

そんな事を思った後、ある事に気が付いて、背後でやっと物凄い血まみれのシーツを取り変えて、


「これ洗っても落ちませんよ……廃棄かぁ……」


と独り言を言っている看護神官の人に、問いかけた。


「この魔王のしもべの食事も、もしかしてあなたがさせる事になったりしてませんか?」


「ええっ!? そんなわけないじゃないですか!! できませんよ!! なんでそんな恐ろしい事を言い出すんですか!!」


「この部屋で一人でシーツを交換するように、と言われている時点で、その可能性があるんじゃないかと思いまして。……確認したらどうでしょうか。心構えがあるかもしれません」


「は、はい!!」


「え、ちょっと! 私を置いて行かないで!!」


彼女はその嫌がらせの可能性に気が付いてしまったみたいで、引きつった声で返事をするや否や、ばたばたとものすごい勢いで、私を残して訳あり部屋から飛び出して行ってしまった。

そして残された私は、ここから出て行くべきかどうか、真剣に悩んだ。

出てもいいのだろうけれど、彼女が戻ってきた時に、私がいなかったら彼女泣いちゃうかもしれない。

一人で魔王のしもべと一緒にいられるほど、図太い神経でもないだろうし。

私は彼女が戻ってくるまでの間だ、と自分に言い聞かせて、魔王のしもべと向き合った。


「……また会ったね」


私は静かにそう言った。相手の瞳が、瞬いて、私を、あの時の私だと、認識したみたいな気がした。


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