十話
「心臓が見当たらないぃ!?」
激痛が胸に走って意識が飛んで、次に目を覚ました時に聞こえたのは、セトさんの大声だった。
そんな話があるわけないという調子の大声に、村に連れてこられたのだろう医者の人はなんとも言えない顔だった。
「私は透視の術で患者の悪いところを診る専門だ。それで街で生活している。この技にだけは誰よりも自信があるんだ。その私の透視の術で診て……彼女の心臓は彼女の体のどこにも見当たらない。だと言うのに心臓の鼓動は確認できる。私の方が一体何なんだと聞きたいくらいだ」
医者の人は真顔だった。本当にわからない様子で、私が目を覚ました事に気がついたのだろう。
視線がこちらを見て、
「大声を出してしまって申し訳ない。君の仲間に状況を説明していたところなんだ。気持ち悪かったり痛んだりする所はないだろうか。痛み止めを一応処方したんだ」
そう言ってくれた。私はゆっくりと起き上がりながら、体の異変がどこかにないだろうかと体の中に意識を向けた。
異変は、あった。
体の……正確には胸の所、つまり心臓が有るべき所に、すうすうとした奇妙な感覚があったのだ。
それは、すりむけた膝とかが風に当たって、じくりと痛む感覚によく似ている。
それを医者の人に伝えると、彼は難しい顔をして腕を組んだ。
「どういう事だろうか。心臓が無いのに痛みを感知し、心臓の状態を感じ取る……聞いたことの無い症例だ。君は何か良からぬ者に呪われていたりするのだろうか」
「あの」
私がとっさに言い訳をしようとするとセトさんが空気を読まずにこう言った。
「こいつは聖剣の鞘だ。聖剣の印も焼き尽くされているし、相手もいないって話だけどよ」
「……!!! それでは……申し訳ないが、彼女の治療は医者ではなく大神殿やそこから派遣されてきた神官達でしか行えないだろう。聖剣の鞘は普通の人とは少し違う治療方法が必要だと医者に通達されているんだ」
「何故だ? 人間だろう」
ここでいぶかる調子でフィロさんが問いかける。それに医者の人は頷いてからこう言った。
「聖剣の鞘という選ばれし存在は……神殿のみ持っている治療法や知識が無ければ、手も足も出ないあれこれがあると言うのが、医者達の暗黙の了解なんだ」
「そうか」
アフ・アリスが静かに言う。それから医者の人をみやって、私を見てからこう言った。
「彼女の心臓が無いと言う事は……彼女の心臓はどこかで、剣の形をしているという事だろうか。それもわからないだろうか」
「仲間が心配なのはごもっともだ。だが私には……申し訳ない、専門が良すぎてどうしようもない」
「……そうか」
アフ・アリスがその答えを聞いている間、私の頭の中には色々な感情がぐるぐると渦巻いていた。
見つからない神剣。私の心臓だったもの。私の体に戻ってきていない心臓。覚えのある痛みは剣に傷がついた時に感じるそれ。
その事が意味するのはなにか、私にはうっすらわかった。
ヘリオスでは無い誰かが、……本当に誰なのかわからない何者かが、私の心臓を使い倒しているのだ。
きっと頑丈な剣という事で、手入れも研ぎ直しも補強も何もしないで、堅い物にがんがんと打ち付けているのだろう。
もしかしたら、八つ当たりで岩とかにたたきつけているのかもしれない。
ヘリオスはそんな事をしなかったけれども、十分にあり得る事として推測できそうだった。
「では、私に出来る事は何も無いから、街に戻らせていただきたい。街までお三方が送ってくれるのだろう、頼むぞ」
「わかってらぁ。行くぞ、フィロ、ギザ。元々送迎するって話で、お医者様に来てもらったんだからよ」
医者の人の答えは、セトさんにとって面白くもなんともない話だっただろう。
でもきちんとできる限りの事をしてくれたというのは理解した様子で、セトさんが帰り支度をする医者の人のために立ち上がり、フィロさんとギザさんを促した。
三人が立ち上がり、それからアフ・アリスを見てこう言った。
「街まで片道三日もかかるわ。何かあったらと思うと不安だけれど、お願いね」
「ジルダ、無理をしてはいけないからな」
「つらかったらちゃんと休むんだぞ」
三人の言葉は温かくてありがたくて、私はこんな時だというのに前の仲間達の事をまた思い出した。
あの三人……剣聖ウテナさんも、大魔法使いのシンディさんも聖なる姫のリリーシャさんも、痛みに苦しんでいる私を、ウジ虫か何かのように見ていたし、心配なんてしてなかった。
聖剣の鞘としては随一の頑強さを誇ると言われた私の心臓を、心配しても意味が無いと思っている節があった。
それに、彼女達にとって私は憎い恋敵みたいな忌々しい、目の上のたんこぶで……死んでくれれば儲けものって感じの存在だったはずだ。
それもこれも、ヘリオスとの婚約関係が招いた事で、私がどう歩み寄ろうとしたところで、彼女たちの態度が軟化するわけがないと、今ならわかるけれども、当時はわからなかったものだ。
同じ道を行く仲間なのに、彼女達は私の事をいつだって敵のようににらみつけていた物である。
そんな事を思い出しながら、今の仲間達の優しさをしみじみと温かく感じつつ、私は寝台の上から頷いた。
「ありがとうございます。良くなったらまた、村のお手伝いをしますね」
「無理をしてはいけない。……心臓が無いならば、そのうちどこかに消えた心臓が欠けた時にまた、痛む」
アフ・アリスが真面目な声で言う。
「うん、わかった。ありがとう。……でも何もしないでいるのなんて暇を持て余して仕方が無いから、痛みが引いたら無理しない程度で動くよ」
「本当に?」
「本当に」
私の言葉に安心したのか、信じる事にしたのか、アフ・アリスはそれに頷いた。
そして空を見てからこう呟いた。
「今日は星を降ろすのに、良い日だ……」
魔王が倒された事ですっかり碧く美しい色に染まった空を見て、何を見いだしたのかわからなかったけれども、アフ・アリスは心底そう言ってから、ちょっと笑った。
「夕方になったら、村の人達に星を降ろす方法を見せようと思っているんだ。セトやギザ、フィロがここにいてくれないのは残念だが、今は星を降ろす事の方が先決だから」
私が倒れてから数日が経過しているって事なのだろう。医者の人がここに来るのに片道で三日かかったというのだから、私は三日も意識不明だったに違いない。
その間に、星を降ろす準備が出来ていたとしても、驚いてはいけないのだろう。
「どんな星が降りてくるんだろうね」
私の言葉を聞いて、帰り支度をして立ち上がって、今にも家を出て行こうとした医者の人が問いかけてくる。
「星を降ろすとは、どんな事なんだい?」
「ああ、魔性を退ける星ってのがあって、それを降ろす儀式をするんだよ」
「セト!」
答えたのは秘密だという意識なんて欠片も無いセトさんで、彼の頭をギザ産がひっぱたいてももう遅い。
医者の人は目を見開いてから問いかけてくる。
「そんな物が手に入るというのか?」
「ちゃんと手順を踏めばだろ、アフ・アリス」
「ああ、きちんと手順を踏んだ星は、魔性よけの光を放つからな」
銀の鐘は持って行かれた。だから代用品として星を降ろすわけだけれども、それは秘密の事だと降ろす本人が思っていないから、こうして簡単に話すのだろう。
「……興味がわいてしまった、滞在を延ばすから、私もその儀式を見させていただけないだろうか」
医者の人が言うので、アフ・アリスは周りを見回してから、素直にこくりと頷いたのだった。
静かな楽器の音が、響いている。それらは子供達が練習していたらしい曲で、なんとこの村の神殿にあった、読めない古代文字の本に書かれていた物だという。
その古代文字の本は……楽譜をまとめた本だったのだ。
アフ・アリスはそれを今の音符とかに書き直して、子供達に練習するように伝えていた。
星を降ろすための大事な曲だというと、子供達は親にお尻を叩かれつつ、それらを暗記するほど練習していたらしい。
私はそれを知らなかった。
……つまりそれは、私が意識不明だった時間が、三日以上の可能性が高いと言っているようなものだった。三日で曲を納めきれるわけが無いからだ。
その事をなんとなくセトさん達に聞いても、彼等は口を割らなかった。
だが、まだ冬が終わった気配がしないので、半月も意識不明だったわけではなさそうだ。
楽器の音が響いている。アフ・アリスはじっとそれらに耳を澄ませて、何かに意識を集中させている。
そして。
「おりろ おりろ 星おりろ よびこの花が 根付いた場所に おりろ おりろ 星おりろ 花がよぶのは きらの星」
楽器を持っていない子供達が、アフ・アリスが合図をすると同時に、一斉に声をそろえて歌い出す。
とても単純な言葉の連なりなのに、それは間違いなく儀式のための曲だった。
そして、多くの人が見守る中で……星が本当に降りてきたのだ。
一つの小さな、親指の爪みたいな大きさのきらきらした光が、神殿の鐘があった、すっかり植物が育ちきった場所に空から降りてくる。
アフ・アリスがそれをつまんで、鐘のあった場所の中央に置く。
一つ、二つ、三つ……ときらの星が降りてきて、アフ・アリスがそれを置く場所に意味があるのかひょいひょいと、迷いの無い調子で置いて、それは……今現在でも印として有名な、聖なるウロボロスの印の形に置かれたのだ。
聖なるウロボロスの印というのは、古代ウロボロス帝国に置いて、最も聖なる印と言われた印で、これは大体大神殿や、大聖堂と言ったひときわ聖なる力が宿っているとされている場所の旗に描かれている印だ。
これがあるから魔性が近付かないと言う話では無いけれども、聖なる場所の印として誰もが知っている形とも言える。
アフ・アリスはそれの形に星を据えて……自分もどこかから用意した楽器を構えて、子供達の声に合わせて曲に音を増やしていく。
「おりろ おりろ 星おりろ てらせ てらせ ぼくのむら よらない よらない わるいもの 星のひかりは よらせない」
子供達が最後のフレーズを歌い終わったその時だ。立体的に据えられていた、聖なるウロボロスの印の形の星達が、一斉に瞬いて、星すべてを覆うように、薄い光の球体が現れて、ぱっと周囲に一瞬だけ光を放って、それから、穏やかな光で瞬きだしたのだ。
「これでおしまい」
アフ・アリスが子供達を見やって言う。子供達は自分達が降ろした星が、あんまり綺麗な物だから目を丸くして、星の回りに集まっている。星の大きさは大人が一抱えする程度の物で、でも不思議な力がそこから発しているのが、誰でもわかると言う不思議さだった。
「これが、魔除けの星だ。綺麗だろう、皆で降ろしたんだ」
「うん!」
「これで村は大丈夫になるの?」
「ああ。これに毎日お世話をしていれば、大丈夫」
「毎日お世話?」
「そうだ。お花に水をやったり、手入れをしたりしながら、歌を歌うと、星の力は強くなる」
「星は歌が好きなの?」
「歌は古くは祈りで、願いで、魔除けで、呪文だったから。星の力を強くする」
子供達が問いかける事に全部答えたアフ・アリスは、穏やかな唇でいて、そして……子供達にこの術を教えられた事そして成功した事に安心しているような様子でもあったのだった。
「それにしても頑丈で、素晴らしい魔剣だ」
「ベガさんお気に入りですよね、その剣」
「ああ、何を切っても刃こぼれ一つしない。高級な魔法の剣よりも簡単に魔性を切り裂ける。あの得体の知れない流浪の武器屋は怪しかったが……品物だけは確かだったな」
ベガはにんまりと笑っていた。切れ味の落ちた、大金を支払って手に入れた魔法剣はもうとっくに売り払った。
その代わりに、彼は流浪の武器屋から、切れ味の極めて鋭い、手入れのいらない頑丈な剣を買い求めていたのだ。
「これがあれば、何だって出来そうだ。魔王だって今の俺は斬り殺せるぞ!」
ベガは自信満々でそう言いきった。彼は絶頂に居て、今では街一番のチームのトップで、誰もが一目置く最強の大剣使いになっていたのだ。
「じゃあ、ベガさん、あの依頼受けるんっすね!?」
「ああ。こんな素晴らしい剣がある俺が、たかだか魔王の配下に後れをとるわけが無い!」
ベガは豪快に笑った。
金色に光り輝く、彼の買い求めた非常に頑丈な剣が、きらきらと金色に輝いていた。




