九話
「ねえねえ本当に、ここにお星様がおりてくるの?」
「アフ・アリスじゃないから断言できないけれど、彼は下ろせるって言ってたよ」
アフ・アリスは子供達に、毎日花の術を使うために植え直した植物に、水をやる事を頼んでいた。
彼が一人で何でもやっていたら、もしもの時に再現が出来ないからと言う話だった。
彼は一人で何でも出来そうだけれど、自分がいなくなったら総崩れ、という未来だけは避けたい様子だった。
それも気持ちがよくわかる。……聖剣ありきの、魔王討伐は、聖剣が折れたらその時点で詰みだったのだから。
私が死にかけて、痛みに苦しんで、それでようやくなんとかなるという戦い方が、いかにもろい物だったのかを、私はよくよく知っている。
……そこで考えたくなってしまったのは、神剣のある場所の事だった。
ヘリオスが持っていた、私の心臓だと言われている神剣は、一体どこに消え失せてしまったのだろう。
その答えは誰が持っているのかもわからない。
ダズエルでの戦いで紛失したあれのありかなど、私にわかりようもない。私はあの後すぐに檻の中に入れられてしまったのだから。
胸を触ると鼓動が聞こえる。……心臓はやはりここにあるのだろうか。
そんな内心を子供達は知る様子もなく、降りる星の事を話している。
「お星様って赤色なのかな」
「銀色キラキラかもよ」
「青いと良いなあ」
「きんぴか!」
星が降りるなんていうのは普通にはもう聞かない話だからこそ、子供達が楽しみにするのだろう。
アフ・アリスは今は菜園の世話をしている真っ最中で、鐘があった場所に私が案内するように頼まれたのだ。
私が元々は聖剣の鞘だったと聞いても、村の人達の対応は変わらない。
この村の人達には、聖剣の鞘なんて、遠い世界の話であり、関係のない事なのだろうと、私はうっすら感じ取っている。それくらい彼らにとって、魔王が倒されるとか、そういうのは縁遠い世界だったに違いなかった。
「ねえねえ、ジルダ姉ちゃん。アフ・アリスはなんで色々めずらしいの?」
「時の止まったお墓に暮らしていたからかな」
「アフ・アリスはひとりぼっちだったの?」
「きっとそうだね。だから村の皆が優しくて親切だと、うれしくなっちゃうって」
「アフ・アリスは強い?」
「さあ、どうだろう」
私はできる限り、アフ・アリスの事を詳しく言わないようにしていた。色々知っているけれども、言ってはいけない事がいくつもある、彼はそんな人間なのだから。
そもそも、魔王のしもべだった彼は、もはや人間の枠でもないのかもしれないけれども。
そう考えた時に、私の心臓があった場所がずきりと痛んだ。
この痛みには覚えがある。
……心臓である聖剣が体外に出て、何かと打ち合ったときの痛みだ。
私の心臓は、まさかもしかして、今、胸の中にないのか?
「……!」
「ジルダ姉ちゃん、顔色悪いよ、休んだら?」
子供達が不安そうに見上げてくる。私は大丈夫と強がって、皆を鐘のある場所から降ろしたのだった。
……確実に心臓があるのかないのかわからないのに、生きているように動いている私もまた、人間とは違うなにかになったかもしれない。
胸の痛みから頭をよぎったのは、恐ろしい考えだった。
「……私は」
なになんだろう。
色々考えても答えは出てこない。それでも言えるのは、誰かに危害を加えて楽しむ生き物ではないという事だ。
「……ヘリオス」
私の心臓……聖剣をどこにやってくれやがったの?
その問いかけに対しての答えなど、どこにあるかもわからない物だった。
「聞いたか? あの鐘をどうしたって、魔性よけになりゃしねえって噂」
私の胸が覚えのある痛みを覚えたその日の夜、帰ってきていたセトさん達の情報収集の結果、村から持ち出された銀の鐘をどうやったところで、魔性よけにならない状態だと言う事がわかった。
それはどういう意味なのだろう。
アフ・アリスは銀の鐘の音を魔性が嫌うと言っていたのにだ。
「アフ・アリス、何を黙っている?」
慎重に問いかけてきたのはフィロさんで、視線だけが強く疑問を訴えてきているのがセトさんとギザさんだ。
アフ・アリスはゆっくりと香草のお茶をすすりながら言う。
「何も。私は銀の鐘の音を、魔性達がことのほか嫌うという事を知っているが、どうしてほかの地域に移された銀の鐘が、魔性を退けないのかは知らない」
「あんたが知らねえなら誰も知らねえな」
セトさんが真顔で言う。色々言われたのかも知れなかった。
「……ほかに、銀の鐘の事で知っているのは?」
問われたら答えるとわかったギザさんが、問いかけてくる。それにアフ・アリスはこう言った。
「私の知っている銀の鐘は……その村で一番力の強い人間が打ち鳴らしていた。それくらいしかわからない」
「なんか意味のありそうなネタだな。事実この村で一番強いのは、おそらくアフ・アリスだろ」
「私ごときが強いと言われるのは、妙な気分になるのだが」
「馬鹿いえ。あんたの花の術も星の術も、おれらからすりゃ規格外だ。その規格外の力が、鐘に影響を与えていても驚かない」
「……そうか」
アフ・アリスはそういう物かもしれないと言いたげに目を瞬かせた後に、こくりと頷いた。
「私も完全な百科事典ではないから、知らない事もきっと多い」
それでも、彼は大事な物のためにいくらでも力を使う、そんな生き方しか出来ないのだろう。
……私が、心臓を武器として勇者に渡す以外に、生きる道がなかった事と同じように。
そう考えると、心臓のあった場所がまたぎゅうぎゅうと痛くなって、ぐっと唇をかみしめて、私はやり過ごそうとした。
やり過ごすのは慣れているから、大丈夫だと思っとのに。
だが。
「ジルダ、顔色が悪い。どこか痛むのだろうか」
私の顔色に、アフ・アリスがすぐさま気がついて、そう言ってきたのだ。
「うわ、マジで土気色してんじゃねえか、具合が悪いならさっさと休もうぜ、立てるか?」
「な、なんとか……」
と私は言おうとして、立ち上がったは良い物の、その瞬間に胸に激痛が走って、そのまま倒れ込んで、意識が真っ暗になったのだった。




