八話
アフ・アリスは村の外から持ってきた色々な植物を、彼の知る魔性よけになる配置で植えている様子だった。彼はそのまま丁寧にそれらを植えて、水を与えて、立ち上がる。
私は彼の指示のままに、それらをとにかく植えているだけなので、彼が一体どんな物を考えているのか、わからないままだ。
「アフ・アリス、これでいいの?」
「後はこの村の土に、この草花が慣れていって……そうすれば、星を下ろせる」
彼はそう言って、村の小さな神殿の、銀の鐘がつるされていた、一番村で高い場所であるここから、村を見下ろした。
「それまでは、私が魔性をにらんでいれば、魔性はこの村には入ってこられない」
「あなたがいるから?」
「魔性は馬鹿とは言いがたい生き物だ。……近寄れば即座に消滅させられる様な相手がいる場所に、命を捨てて入っては来ない」
「それなら、あなたがずっとそうやって魔性をにらんでいれば良かったんじゃ無いの?」
「私にも何時か、衰えが来るのは自然の摂理だろう。そうなってから対策を立てるよりも前に、こうして、村の誰もが手順を知っていれば、村を守れる仕組みを作っておく方が、ずっといい」
「……それは確かに」
アフ・アリスの、魔王のしもべと言う生き方から得たのだろう、魔性が遠ざかる強さだって、彼が生き物である以上は何時か衰えて終わりが来る。
そうなってから何かをするよりも、こうして、対策をいくつも建てられるうちから、動く方がずっといいのは、彼に言われて気付いたけれども、間違いの無い事に違いなかった。
「この植物たちは、どれも聖なる力があるの? どれもどこにでも生えている草花に見えるけれど」
「一つ一つの力は、それほどの物では無いだろう。だが、これらは特定の条件の下、特定の植え方をして育てれば、魔性が嫌う力を宿すようになる。ここに小さくとも星を降ろせれば、二つの種類の魔性よけが生まれ、より効果が強まる」
「星の力と植物の魔性よけの力は、方向性が違うの?」
「違う。……星は空が曇っていたら力が半減する。植物の力は、水気が多いと一層強まる。どちらもあれば、魔性の入る隙間が減る」
「……あなたは、これをほかの村の人達に教える予定があるの?」
「もちろん。遙かいにしえの力であるのは事実だろうけれども、知っていて使わないのと、使えないのとでは大違いだ。村の人が、村を守るための力を知っている事は、何もおかしな話では無い」
「周りに何を言われても?」
「私はこの村を愛している。セトの村は、私を詮索しない。私に居場所を与えてくれた。それだけで、知恵を教えるには十分だ」
「ほかの村で真似をされてもいいの?」
「真似をしたいのなら、どうぞ、と言える。星を降ろす方法も、草を使って魔性よけをする方法も、隠されている技術ではなかったのだから。ただ、まだ私はそれを明確に覚えているだけで、秘技でも何でも無いものだ」
彼にとって、星の術も花の術も、きっと極秘の力では無いのだろう。だから、何かがあった時にためらわないで使用できるのだ。
ただそれで、正体を詮索されるのだけが嫌いなのだろう。
「……今は秋で、花の術は弱まる。星を早く下ろせればいいのだが、星を下ろすには、このあたりに植えた植物が、根付く必要がある」
それまでは、周囲の魔性をおびえさせておくだけだ、とアフ・アリスは言い切ったのだった。
「へえ、じゃあ、あんたの手順で星を下ろすっていう術を使えたり、花を育てて術が使えれば、あたし達でも魔性よけを使える事になるのかい」
その夜の村の話し合いで、アフ・アリスは自分の行っている事を、村の大人達に説明した。彼の迷いの無い口調と、やった事の報告は、彼自身だけは少なくともその術の力を信じていると誰もがわかっただろう。
村長のおばさんが、アフ・アリスの説明を聞いた後にそう言ってそれにセトさんが言う。
「星の術は、星の長老に力を目覚めさせてもらうんだろ、って事は、村の人間が使えるのは、花の術による魔性よけってわけだ。星が降りなかったらどうするんだ」
「星は降りる」
「断言するな、アフ・アリス。星は絶対に降りるのか?」
「ここは、星が降りるのにちょうどいい高さに、神殿があるから」
「星を降ろすのに高さも関係あるのかよ」
「ある。高すぎると目算が狂う。低すぎると家を巻き込む」
「おいおい……聞いててやっぱり、お前規格外だって改めてわかるわな」
セトさんがちょっと笑ったけど、村の人達を見回して言い切った。
「こいつはおれの命を何度も、何にも見返りなしに助けるお人好しだ。こいつが星の術を使って、収穫祭の時の迷子を全員探した時だって、何か対価を求めなかった。だからおれは、こいつが魔性よけとして、星の術を使うっていうなら、信じるぜ。おれが責任全部ひっかぶる」
「セト、そんな事を言わなくていい。私の術は古すぎるから、誰も見た事のないものなのだから、信じられないのは当たり前だ」
「その、誰も見た事のないあれこれで、おれがどんだけ命助けられてると思ってんだよ。だからおれは、というかおれもフィロもギザも、お前が誰かのために力を使うって言ってる時は、頭から信じるって方向にしたんだ」
「……」
そういう風に信じてもらう事が、久しくなかったのだろう。アフ・アリスは黙って、そんなやりとりを見ていた村の人達は
「まあ、そう言う危険な臭いは人一倍嗅ぎつけるセトが、安全だって言うなら安全そうだな」
という、セトさんが大丈夫というのだから、とアフ・アリスの星の術も花の術も、信じてくれる方に、舵を切ってくれたのだった。




