第七話
子供達の度胸試しが失敗に終わって、とりあえず全員無事に家に帰る事ができた。
子供達は皆こってりと家族に怒られて、泣きながら反省したという。
実際に底なし沼に飲み込まれそうだった子や、魔性にあと少しのところで食べられそうだった子は特に反省していて、二度としませんって誓ったらしい。
よくよく話を全員から聞くと、村の子達にほかの村から来た子がいろいろたきつけて、今回の出来事が起きた事もわかって、その村の子も度胸試しをしていたから、徹底的に怒られたんだとか。
自分達だけでなくて、よその村の子供まで巻き込む大事件に発展させたのだから、怒るのも当然だったのだろう。
私としては、誰も死んでいなくて本当によかったとしか言い様がない。
これで誰か死んでいたら、ひどい泥沼の責任のありかを探すもめ事が起きたに違いない。
子供をこんな理由でなくした親も、言い出しっぺを殺しかねないほど憎んだだろうし。
セトさんの弟のアヌビス君も、こってりとセトさんに怒られて、泣かれて、怒鳴られて、さらに親御さんにも怒られまくって、弟達にも泣き叫ばれて、大変に反省したのだとか。
最悪の事態を避けられた物の、問題があった収穫祭は終わり、村は平穏な空気に包まれながら、冬に備えての準備が始まっていた。
ちょうど、干し肉や干し魚を作っている天気のいい日、彼等は前触れもなくやってきたのだった。
「はあ? 村の大調査ぁ?」
村の出入り口に現れた、王国の調査員と名乗る人々の前で、とりあえずもしもの時のために、村長のおばさんと一緒に話を聞いていたセトさんが、そんな声を出した。大調査って何を調査するんだと言わんばかりの反応だ。
もちろん私も似たような反応をしたい。大調査をするほどの物が、この小さな村にあるはずもないと思うのに。
……いや、あれか。
私は村の出入り口から振り返っても、陽光を反射して輝く銀の鐘の方を見やった。
あれの調査かもしれない。何しろ、あの鐘はどんな魔性も近寄らせないでいるのだ。この数ヶ月、アフ・アリスが鐘を磨き上げて鳴らし続けている間、魔性は何もこの村に入り込んでいないし、村の外の畑にもやってこない。
それに、収穫祭を行った丘にも魔性は近づかなくて、ほかの村の人達が不思議がっていたというから、何かあるのではと調査に来るのは、低い可能性だけれども、あり得る話かもしれない。
「はい。この村の近くに、魔性が一匹も近寄らず、追いかけてきた魔性すら、この村のある範囲になると、諦めたように去って行くという報告があったので、調査をしなければならないと王国の陛下がお決めになり、我々がやってきたというわけです」
「そんな事言ったって、面白い物も珍しい物も、この村には何一つとしてないんだよ」
村長は困惑した様子だ。この人の考えも事実で、私達も、あの鐘が実はとんでもない秘宝に匹敵する力があると、アフ・アリスに言われるまで全くわからなかったのだから、元々村にあるただの鐘だと思っている村の人からすれば、なんで調査されるのだろうと言う気持ちしかないだろう。
「面白い物も珍しい物も、何一つとしてないかは、調査をして決める事になります」
調査団の一人が冷静にそう言って、村長のおばさんは困った顔をした後、こういった。
「村の人間の仕事の邪魔をしなければ、調査していてもかまわないですよ。冬の支度で皆忙しいので」
「わかりました、ありがとうございます」
「ああそうだ、神殿の菜園にいるアフ・アリスにも、誰か伝えてあげてちょうだい。魔性だの何だのってなった時に、彼に話を聞いても、彼はこの村にセト達と一緒に来ただけの外部の人間だから、答えられないんだ」
「わかりました、今すぐ伝えてきます」
ちょうど私も、冬の支度として薪割りを続けていたので、村長のおばさんに返事をした。
薪割りが冬の支度というと、変に思われるかもしれないけれども、季節がましな時に、たくさんの薪を作っておかないと、冬の、あまり外に出られない時期でも、薪を探したりしなければならなくなって、それはそれで危ないのだ。それに薪はしっかりと乾燥させなければ使い物にならないので、冬のために薪をたくさん用意するのは当たり前の仕事である。
そして私は、生まれた村ではそういった力仕事も押しつけられたりした時代があるので、薪割りも得意なのだ。
そういった事情で、せっせと働いていた私は、早く言ってあげてちょうだい、とせかされるままに、神殿の方に走って、アフ・アリスにこの調査団の事を告げたのだった。
魔性が入ってこない事を調査しに来た、と説明すると、アフ・アリスはなんともいえない顔をしてこう言った。
「鐘が理由だと知られたら、鐘を持って行かれてしまうかもしれない」
「……だよね」
「……少し、このあたりの沼地で捜し物をしなくては、いけなくなるかもしれない」
「何を探すの? 私も手伝えそう?」
「鐘の代わりになりそうな物を。……あの鐘ほど、今の時代機能する物もないかもしれないが」
「そんな物が見つかるの?」
「私の知識が正しければ」
そうでもしないと、村に魔性が入ってきてしまうだろう、とアフ・アリスは言って、鶏が餌をほしさに彼に群がってくるのを、目を細めて眺めていた。
「では、間違いなくこの鐘が……」
「ほかに考えつかないですよ。この鐘からは村の設備で唯一、微弱な魔力を感じます」
「という事は、消去法でこの鐘が魔性を退けていると……」
数日の調査の結果、やはり魔性が近づかないのは鐘の力だと判明してしまった。
村長のおばさんも、おじいちゃん神官も、
「大昔からある鐘で、ここ最近になるまで魔性を遠ざける力なんてなかった、だから何かの間違いではないか」
そう主張していたけれども、調査団の徹底的な設備の調査の結果、あれしか該当しないという事で、調査団は鐘を王都に持って行くと主張したのだ。
「もしも鐘の力で、魔性が入ってこないなら、鐘がなくなったらこの村は一大事だ! 考え直してくれ!」
鐘の力で魔性が入ってこないのでは、という情報は村全体をあっという間に駆け回り、村の人達は考え直すようにと、調査団に何度も頼んだのに、調査団の彼等は
「この鐘の謎が解き明かされれば、たくさんの街や村が魔性におびえずに済むのだ」
「こんな小さな村なのだから、魔性もうまみがないと言う事で、大体見逃すだろう」
という絶対に安心できない事を主張して、村の人がどれだけ頼み込んでも、鐘を持って行く事を決定してしまった。
「……まあ、入ってくるなら倒すのがおれ等の仕事になるけど、何にも保証なしに鐘を持って行くとか、おかしいんじゃねえの」
セトさんも、彼等の調査結果と今後の方針を聞かされて、そう言っていたけれども、調査団はこんな小さな村の事などあまり考えてくれない様子で
「三日後に、鐘を運ぶ人間を連れてくる」
と命令形で断言してしまったのだった。
「……セト、どうしよう。もしもあの鐘がそんな魔法の力を持っていて、村を守ってくれていたのなら、それがなくなったらこの村が危なくなる」
「そうなるな、セト。いくらこの村が、何度も建て直されてきたとしても、守りの力が微量でもあったのだろう、先祖代々の鐘がとられた後は……」
「なんとか持って行くのを阻止できないか」
村の人間を全員と言っていいほど集めての発表だったので、村の住人は大混乱で、今後の事でおびえていた。
セトさんはやってくる魔性を倒す事はできるというけれども、やっぱりずっと村にあった物を強引に奪う計画を立てている、調査団とか王家の人たちの考えにはついて行けない様子だった。
……私も似たような気持ちだ。これで、鐘の調査が終わるまでの間、村を守る強い人達を連れてきてくれるとか、そういう代わりになる事をしてくれるという発言もなく、ただほかの大きな村や町や王都のために、持って行かれるのはなんともいえずおかしな話だった。
確かに、ほかの村も町も、どんどん魔性に襲われて、皆おびえて暮らしているとしても、この村にだって生活はあるのに。
そんな風に、村の人達がざわついて不安に襲われて、皆眠れない日々が始まりそうだ。
もしかしたら、鐘を持って行く人たちを襲うかもしれない、というあり得る可能性で、もめないといいのだけれども、と私は一人心配して、……ついに問題の三日後が来てしまった。
村には物々しい装備をした、明らかに都会からやってきた冒険者とか、運搬をする人とかが入ってきて、村の人たちは気が気ではなさそう。
「あの、どうしても持って行くんですか」
私は調査団の一人で、この鐘を持って行く事を告げた人に問いかけた。
彼女は鐘を持って行くのを確認するために、また村に来たのだ。
「……仕方がないの。この村の鐘は、王国の希望よ。これが、いかなる魔性も遠ざける聖なる力を宿しているなら……それと同じ物を作れれば、ほかの街が、村が、たくさん救われるの」
「調べている間に、この村が襲われてしまったら? この村が滅んだら?」
「……陛下は、一つの小さな村にかまけていられないほど、余裕がないの。わかってちょうだい。……ただでさえ、ヘリオス様がリリーシャ姫や、剣聖ウテナ様、大魔道士シンディ様と婚儀を結ばず、単身、聖剣の鞘であったジーナさんを探す旅に出てしまって、陛下は頭が痛いのに」
「勇者ヘリオスが……?」
私は信じられなかったので、そう口に出てしまっていた。ヘリオスが、勇者として決定していたはずの結婚を蹴り、私を探している……?
地位も名誉も何もかもが与えられるはずだった、彼が……?
あんなにも美しい人達を拒否した……?
私のあっけにとられた顔を見て、調査団の彼女が言う。
「こんな遠くの村にまでは話が流れてこないのね。でも本当なの。ダズエルを奇跡の力で救った後の彼は、人が変わったように、ジーナさんだけを探し続けていて、近くで見た人はもう見ていられないって言っていたわ。ジーナさんとのたった一つのつながりだったはずの、彼女の心臓である神剣も行方不明になっていて、そんな状態で、ヘリオス様は、ジーナさんは生きている、生きていなければおかしいって一人主張して、どこか遠い空の下で一人、彼女を求めて探し続ける旅をしているの」
「ダズエルを奇跡の力で救ったというのは……」
そこから知らないので、私は聞いてみた。調査団の人は詳しいのか、詳細を教えてくれる。
「魔王のしもべを処刑するはずだった運命の日のすぐ後に、ダズエルは再び魔性の襲撃を受けたの。でも、勇者様とともに戦い続けていた皆さんが倒れて、あわや、という時に、ヘリオス様が勇者の奇跡を起こしてくれて、ダズエルを襲っていた魔性をすべて消滅させたの。……一説によると、それこそが、ジーナさんの心臓が最後に起こした奇跡で、大事な仲間と愛する勇者を救うために、最後の力を発揮したんじゃないかって。だから神剣も見つからないのではないかって話もあるし、絶体絶命のその時に、ヘリオス様に眠る真の勇者の力が、発揮されたのではないかという話もある。謎の奇跡の力なの」
……私はそれを聞いても何もわからなかった。でも、私の心臓は私の胸の中で脈を打っているし、ヘリオスの剣はきっと聖剣でも神剣でもなかったはずなのだ。
薄ら寒い物を感じて、私は胸に手を当てた。やっぱり、私の胸の中で、心臓は音を立てていたのだった。
私達がそんな話をしている状態でも、街から来た人達は鐘を運び始めていて、神官のおじいさんが必死に止めていたけれども、
「たくさんの村や町や世界のためなんだ!!」
と怒鳴りつけられて、押さえられて、泣いていた。
……この鐘の真価を発揮させるためには、アフ・アリスほどの力がなければならないという事実は、調査団の人達にはわからなかった事らしく、鐘を持って、彼等は村をあっという間に去って行ったのだった。
「……しばらく俺たちは、村を離れられないな」
「そうね。皆私達を頼りにするわ」
不安とショックとそのほかのいろいろな感情のある村の人を見て、フィロさんとギザさんがそんな話をしていた。
そんな時だった。
「……鐘が行ってしまったな」
村の外から、今日も捜し物を続けていたアフ・アリスが顔を出した。いつでもフードに隠れた顔なので、表情は誰もわからないだろう。
「アフ・アリス。あんたが打ち鳴らしていた魔法の鐘が、持って行かれちゃったわ」
「……そうだな」
「ほかに魔性よけを考えなくちゃいけないわ。あなたの華の魔術や星の術でどうにか対策を立てられない?」
「対策を立てるために、捜し物をたくさんしていた」
「……なんだって?」
私達の会話を聞いていた、村長のおばさんが、セトさんの方を見て聞いてきた。
「あんたの仲間は、鐘がなくなってもどうにかできる方法ってのを、知っているのかい」
しゃべらないとただじゃ済まさないよ、と物騒な気配で示すおばさんに、セトさんがちょっと身を縮めていう。おばさんの圧には少し弱い様子だ。
「こいつ、数百年前……ウロボロス帝国があった時代から、時の止まった墓場で、墓守を続けてたっていう珍獣なんだよ。おばちゃん。だから時の中に失われた、あの時代の秘術とか知ってるんだ。再現できるかはわからなくても」
「はあ!? そんなすごい人とどうやってあんたみたいなのが知り合いになるんだよ!」
「だって偶然出会っちゃったんだもん」
「もんとかあんたの年でいうんじゃないよ! ……アフ・アリスさん、何かこの村の助けになる術を知っていないかい」
「私の知る、この状況で一番効果のある魔性よけのために、いろいろな物を探してきたんだ」
アフ・アリスはそう言って、荷物入れからいろいろな植物を、生えている土ごと見せてくる。
「こんな草とかが何の役に?」
「この草を特定の配置で置いて、華の聖性を強めて、それから星の欠片を降ろせれば、魔性は星の光が届く範囲にはよらない」
「……それもウロボロス時代の知識か?」
「ああ。たくさんの小さな村が、この方法で魔性を遠ざけ、続いていた」
アフ・アリスの懐かしいような、ちょっと誇るような声に、おばさんが言う。
「うさんくさいね」
「でも、やらせていただきたい。……何もしないで、滅びを見守るのはもう、たくさんだ」
「はいはい。あんまり期待しないけど、やっていいよ。どこがいいんだい」
「……神殿の、鐘があった場所がいいんだ。そこなら、星が降りやすくて」
一呼吸置いて、彼が続ける。
「村全体に、星の光が伝わるから」
「手順は複雑そうね。手伝った方がいい?」
「……手伝うのは、ジルダがいい。……いや、ジルダしかだめだ」
「手伝いにも、制限がかかる術なの?」
興味があるというギザさんに、アフ・アリスは秘密でも何でもないのだという声で言う。
「ジルダは聖剣の鞘だったから。印を焼かれ、二度と聖剣を取り出せなくなっていても、聖なる力を、ジルダは宿している」
……私はここで、彼に、自分が聖剣の鞘だったという事実を口止めし忘れていた事を、思い出したのだった。
そういえば、黙っていてほしいと言わなかった。
そして、彼は私をダズエルで助けた時に、リリーシャ姫達の私に対する扱いを見ていたし、新聞でジーナの話を多少知っていた。
それらを結び合わせられる頭の回転があれば、その事実に行き着くくらい、彼はいろいろ知っていた。
知らないと思っていて、口止めを忘れた私の方に、問題があったのだろう。
実際に、セトさん達も、村の人達も、私を見てあっけにとられて、目をまん丸にしていたのだから。
「……相手のいない、紋章を焼き尽くされた聖剣の鞘です……はい……」
「まって、あなたの胸のところ、執拗な攻撃があったんじゃないかって位、火傷で覆われていて、肌がケロイドみたいになっているけれど……もしかして魔王達に?」
「記憶がないんですけど、多分そうなんですよね……その時の衝撃とかで、いろいろ覚えていないんです。自分の故郷の事とか、どこで誰と行動していたのだとか」
私はとっさに、これからいくらでもごまかせる嘘をついた。ヘリオスのジーナだと、気付かれる方が大問題だったのだから。
「……お前等……どっちもめちゃくちゃ訳ありだったんだな。でも大丈夫! この村はオレみたいな大問題大馬鹿やろうだって住める村だからな! 働き者の性根のいいお前達なら問題なし!」
セトさんが空気を変えるようにそう言って、そこでアフ・アリスは私を手招きした。
「手伝ってくれ、ジルダ」
「うん」
皆あっけにとられて、思考回路が停止している人もいるみたいだったけれども、今やる方がいい事はあるから、私はアフ・アリスを追いかけて、植物を植えるために、神殿のてっぺんの、鐘がつるされていた場所に向かったのだった。




