六話
「アフ・アリス。お前のその人探しの術、すげえ精度だな」
「空の星々の力を借り受けているからだろう」
「……これで後は、誰と誰になる? セト」
「おれの弟と隣村の悪ガキ二人」
私達は、アフ・アリスの星の術の力もあって、度胸試しの為に湿地帯に行った子供達の、ほぼ全員を見つけだす事が出来た。
そしてその全員が、何かしらの形で歩けないものだから、皆アフ・アリスの引っ張っている荷車に乗せられて、大人しくしていた。
それもそうだろう。魔性に襲いかかられて、あと少し見つけてもらうのが遅れていたら、食いちぎられていただろう子供や、湿地で足を取られて沈みかけていた子とかがいたのだから。
魔性に関しては、弟が心配すぎて八つ当たりがしたいセトさんが、いっさい躊躇なしに蹴散らしていたので、今のところアフ・アリスや、私が何かする事はない。
沈みかけていた子達は、アフ・アリスが気をつけながらも、力の強さを発揮して引きずりあげてくれた。
私はそんな子供達の、軽い手当をしている係りみたいなものになっている。
「……セト。そろそろこちらに、隣村の護衛の人々やその先の村の護衛の人々が、子供を見つけられずに戻ってくる」
「お前の術そんなのもわかるのか? マジで星の術ってすげえな。今度おれも教えてもらいたいものだぜ」
「星の術は、はじめに星の長老に力を目覚めさせてもらわなければ、使用できないとされていた。今も彼らがいるならば、セトも使えるだろう」
「……星の長老とか初耳だぜ、それにお前の時代の人間だろ? 時間経過しすぎてそうで無理って感じか! じゃー、アフ・アリス、今度なんかおれでも出来そうな便利な術、教えてくれよ」
「教えられるものならば」
「セト、適材適所というものがあるだろう」
「何だよフィロ。やきもちか」
「そんなものじゃない。お前はかっとなるとすぐに前が見えなくなる性質だろう。どんな便利な術も使う人間によるんだ」
「まーたお前のまともすぎる意見だぜ。ま、フィロがいうのも事実だな! ……本当に、おれの弟どこまで行ったんだ。兄ちゃん心配で心配でたまらないぜ」
セトさんは本当に弟が心配で、一生懸命に平静を装いたいんだろう。そんな時だった。
私達がお世話になっている村の子供が、一人、おそるおそる口を開いたのだ。
「セトにいちゃん、アヌビスは闇の洞穴の方に行くって言ってた」
そう、怒られるのが怖いと言う声で、教えてくれたのだ。
私は闇の洞穴と聞いても、いまいちよくわからなかったのだが、このあたりの事に詳しいセトさんが叫んだ。
「アヌビス!! あの馬鹿!! あんな危険な洞穴に行くって何考えてんだよ!? 沼地の奥深くじゃないか!!」
「……三つ先の村の偉そうな奴が、魔性が怖くないなら闇の洞穴にあるって噂の、光る石をとってこようって」
「お前等全員そこを目指してた訳か」
「うん。……でも歩いていたらどんどん霧が深くなっていって」
「友達がどんどんいなくなっちゃって」
「気付いたら一人で」
「あいつしか一緒じゃなくて」
子供達の証言を聞いたセトさんは、大きく舌打ちをしてから、アフ・アリスの方を見た。
「アフ・アリス。餓鬼全員、他の村の護衛に任せられたら、すぐに闇の洞穴に行けるか」
「セトが道案内をしてくれるならば」
「ありがたいぜ、お前の星の術や花の術があれば、緊急でも、暗闇で何も見えないって事にならねえ」
「力になれて何よりだ」
そんな話をしている間に、周りがざわざわとして、湿地帯の他の場所で、子供達を見つけられなかった他の村の護衛の人たちが、大勢姿を現した。
「あんた達、もしかしてほとんど見つけてたのか!」
「私達もかなりの範囲で探していたんだが、誰も見つけられなくて」
「これで全員そろってる?」
そう言ってくる人達に、セトさんが伝えた。
「おれの弟とその他数人がまだだ。で、おれ達はもっと奥まで探しに行くから、あんたら、荷車の餓鬼ども頼めるか」
「そりゃあ、構わないが。探している人間は多い方がいいんじゃないのか」
「おれここ地元なんだよ。だから、地元の餓鬼がどう道を選ぶかってのがわかるから、あんた達みたいに、外から来てくれたありがたい奴らよりも、今回だけは早く見つけられる」
「あんたは地元の生まれか。じゃあ、子供達は俺達が責任を持って村まで送り届けるから、残りの子供達を早く見つけてくれよ」
「世話になっているところの姉さん達が、泣いて心配しているんだ」
そんなやりとりがあって、不意に後から来た人達の一人が言った。
「この明かりは、炎の明かりじゃないな? ……何の明かりの術なんだ? 微量だが、魔性が苦手な波動を持っている気がする」
「まさか光の魔法か?」
「あんた達、王国の聖なる姫、リリーシャ様位しか使い手のいない光の術を使えたりするわけか?」
最初にアフ・アリスの光の魔法を見た私と、よく似た反応をする彼らに、顔を隠したままのアフ・アリスがそっぽを向く。それをちらっと見て、セトさんが言った。
「詮索よりも捜索させろ! 時間が惜しいんだよ!」
「あ、そうだな」
「このあたりの魔性はとても数が少ないが、もっと奥地は多いだろうしな」
自分たちの疑問よりも、子供達を全員見つける方が大事だと、すぐにわかってくれた彼らは疑問を脇に置いて、荷車を引っ張って、子供達を守る体勢で、村の方に戻ってくれたのだった。
「闇の洞穴は、文字通り真っ暗闇って話なんだ」
アフ・アリスの光の玉が、セトさんの周りをふわふわ揺れている。
そんなセトさんが、道を先導して、そんな事を言い出した。
「明かりになるものを欲しない生き物しか、いない洞穴なのか?」
フィロさんの疑問に、セトさんが首を振った。
「生き物一匹、近寄らねえ。何かお宝があるんじゃないかって思った奴が、洞穴に入ったら、翌日には首と胴体がお別れした状態で、洞穴の外に吊されてたって言われてる」
「そんな危険な洞穴に、どうしてお前の弟は度胸試しで行ったんだ」
「そんなの弟に聞いてくれよ。兄ちゃん知らねえ。……でも、大昔の話って感じで、闇の洞穴には、暗闇でも青く光る、とんでもない石ころが転がってるっていう言い伝えもあるんだ」
「……まさか、セトさんの弟君も、その石を持って行けば、度胸試しになると思って……?」
「他に考えられねえよ! おれだって、まだ青二才の時に洞穴の前には行ったけどな、中からやばい空気感じて、中に入らなかったってのに」
「セトの危機探知能力は抜群だからな。普通の男の子とは違うんじゃないか」
「フィロ! 誉めるんだか、弟けなすんだかどっちかにしろ!」
セトさんが怒鳴った時だ。かなり湿地帯を進んだな、と思っていたら急に霧が晴れて、その洞穴が姿を現したのだ。
それまでは、洞穴があるとかそんな気配は一切なかったと言うのに、唐突と言っていい位いきなり、洞穴が現れたのだ。
「……ここが闇の洞穴か?」
アフ・アリスが何か感じ取ったように言う。セトさんが頷いた。
「他にこのあたりで、洞穴は存在しない。……アヌ!! アヌビス!! 兄ちゃんだ! 返事しろ!!」
セトさんが周囲を見回して大声で怒鳴る。しかし返事は聞こえない。
いよいよ洞穴の中かもしれない、と全員が覚悟しただろう時だ。
「……」
アフ・アリスが不意に手の平を前につきだして、口の中で小さく何かを唱えたのだ。
それは彼の手の平の中に、澄み切った光の球体を生み出し、その光の球体が、あたりの闇を一気に照らしたのだ。
私はその時、何かが一気に消滅したような気配を感じた。何が消滅したのかは全くわからなかったんだけども。
「……セト、お前の弟達は間違いなく洞穴の中だ」
「探知できたのか」
「洞穴の中で……何かをしている。手遅れになる前に急ごう」
「当たり前だ!! アヌ!!」
セトさんは弟が間違いなく洞穴の中にいると、断言されたから、一目散に洞穴のなかに走っていく。
そういった性格をよく知っているフィロさんが遅れずに続き、アフ・アリスと私は顔を見合わせて、その後を追いかけたのだった。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
「ゆ、ゆるしてください!!」
「もうさがしまわったりしないから!! ごめんなさい! もうしません!!」
洞穴はまっすぐ一本の道らしく、迷うようなわき道は存在していなかった。
だから私達はまっすぐ走り続け、その突き当たりの空間で、子供達が何かに追いつめられて、わんわんと泣きながら謝っている現場に遭遇したのだ。
「……アンデッドか?」
「まずいぞ、セト。アンデッドは、浄化の祈りを捧げられる職でなければ、相手に出来ない」
セトさんがぼそりと言って、フィロさんが突っ走ろうとする彼の襟首をつかんで押さえている。
「……あの」
私は彼らに小さな声で言った。
「子供達から、注意をそらせれば、この場合は良いですよね。注意を逸らしてその間に、子供達を洞穴の外に逃がせれば」
「そうだ。ジルダは何か出来るのか」
「一番低い階級ですが、浄化の拘束術を使えます」
私が聖剣の鞘として叩き込まれたのは、たくさんの術だ。どれも適正がないから、一番低い階級しか使えないのだけれども、アンデッドに抵抗できる、浄化の力で足止めをする方法とかを使えるのだ。
「じゃあそれを使って。セト、ジルダが使ったらすぐに……」
「……待ってほしい」
「え?」
私達が、すぐ子供達を助けるための作戦を実行しようとしたその時だった。
アフ・アリスが、私達を止めて、前にでたのだった。
「アフ・アリス、一刻を争うんだぞ」
「……あの印は、あの文様は」
「アフ・アリス?」
アフ・アリスは譫言のようにそんな事を言った後、一人ゆっくりと、子供達を切り捨てようとしている風にしか見えない、ぼろぼろの衣装のアンデッドに歩み寄って、ふるえた唇でこう言った。
「エド・エリス?」
……その名前らしき言葉は、そのアンデッドに対して効果を示したのだ。
泣き叫んでいる子供達しか、意識になかったはずのアンデッドが、手を止めて、アフ・アリスの方を向いたのだ。
その顔を見て、アフ·アリスが笑った。
「……やっぱり、お前だ。死体になっても、お前の顔だけはわかる。お前の印も、お前だけの文様も」
アフ・アリスは泣き出しそうな声でそんな、私達にはわからない事をアンデッドに言い、今が子供達を外に出せる機会だ、とフィロさんとセトさんは目を合わせて、一目散に子供達を抱えて、半分引きずった状態で、洞穴の外に走っていった。
だからその後の事を見届けたのは、私一人だった。
「……おまえなのか、アフ・アリス……」
アンデッドが、しゃがれた声でそう言った。きちんとアフ・アリスの方を向き直り、言う。
「お前は……かわらないな……」
「エド・エリスはあれから、背丈も延びたな」
「……お前は……魔王の配下になり……国を裏切った……な」
「私は私が信じた道を進んだだけだ」
アンデッド……エド・エリスは、目もないのに、懐かしそうにアフ・アリスを見ている気がした。
そして。
アフ・アリスはこう続けた。
「お前達に、いいや、お前に、どれだけ責められても仕方のない道を選んでいる。お前がこの世に残ってしまったのが、私への恨みならば、今ここで晴らして、お前が本来行くべき明るい方に、行ってくれ」
とても苦しそうで、でもとても優しい声だった。アフ・アリスは慈しみに似たもののあふれた声でそう言って、アンデッドを見ている。
アンデッドはその言葉に、しばし動きを止めた。
それから、握りしめていた剣であろう朽ちた何かを取り落とし、両手で顔を覆ったのだ。
「……知っていたさ。アフ・アリス。お前はいつでも、どんな時でも、私を助けて守ろうとしてくれていた事を」
アンデッドの声は、とても静かなものだった。本来アンデッドは、深い恨みによりこの世にとどまり続けると言われているのにも関わらず。
「知っていたのさ。お前は……いつだって……僕のために、全てをかけてくれると。……お前がシェラーザードを裏切って、魔王に膝をついたのだって……あの当時、魔王を殺せばその配下達が次の魔王の座を争い、シェラーザードの全ての民を殺すだろうと、お前は知ってしまったんだろう」
「わかっていたのか、エド・エリス」
「わからなかった……だが……僕は……お前はたとえ、どんなに僕に裏切られても……僕を裏切らないと言う真実だけは知っていた……」
「エド」
私にはわからない、遠い過去のやりとりなのだろう。私はシェラーザードという国の名前らしきものの事は、全く聞いた事がない。
遙か昔の国なのだろう。
そこは、アフ・アリスの故郷だったのかもしれない。
「エド・エリス。私はお前にだけは、申し訳ないとずっと思っていた。私の友を公言してくれていたお前にとって、国を裏切り、魔王のしもべになった私はどれだけの傷になったか」
アフ・アリスはきっと、それをずっと、このアンデッドに謝りたかったんだろうな、と声から私は感じていた。
でも。
「謝りたかったのは……僕だ……アフ・アリス。僕は恋に目がくらみ、お前一人が死地に赴くように仕向けた……あの姫君が、どんなにお前だけを見ていたからといって、許されていい事ではなかった……」
「あんなささやかな事で、私がお前を恨む訳ないだろう」
「お前はいつもそうだった……僕の事ばかり大事にして……僕はずっとお前に、大きくも小さくも守られて、庇われていた……友だからという、たったそれだけの言葉で。いつだって許されてしまったんだ……」
アンデッドが涙を流すんじゃないか、と第三者の私は思ってしまうほど、そのアンデッドは後悔しているようにしか見えなかった。
「だからせめて……お前が好きだった場所を守ろうと……死の間際にここへ来て、祈りを捧げ……ここから結界を張り続けたのだ……」
アンデッドは、疲れたように息を吐き出すような仕草をとった。
「だが……僕はあまりに長い間そうだったからか……もう、結界を張る心の強ささえ失った、ただの魔性になり果てた……お前の愛したあの場所は、今は見る影もない荒れ地だ……どんな姿になっても、どんな呪いをかけられても、どんなに憎まれても、すべての人間を守ろうとし続けたお前と違って……僕は勇者になれなかった……」
それを聞いたアフ・アリスが、一度うつむいた。もう、つらくて友達の告白を見ていられないと言うように。
でも、何か決意したように顔を上げた。
「エド・エリス。私の、最初から最後まで真実であり続けた言葉を、聞いてくれ」
「……?」
アンデットは怪訝そうな雰囲気を出した。
そんな相手に、アフ·アリスが迷いなく言い切る。
「お前はずっと、友だった。裏切ろうが憎まれようが、魔性になり果てようが、お前は、私の友なんだ。ずっと、ずっと、この先も」
「……ああ」
エド・エリスというアンデッドはそれを聞き、ひどく安心したように言った。
「そうか、僕はとっくに、君に……ゆるされて……」
ぼろぼろと、アンデッドの体が、浄化の力を一切使用していないのに、崩れていく。その長い間肉体をとどめていた、強固な後悔が、無くなっていくのだ。
アフ・アリスはアンデッドに駆け寄り、どうなろうが構わない、と言うように、アンデッドを抱きしめた。
「……おやすみ、我が友、そして私の主君、エド・エリス」
「おやすみなさい……アフ・アリス……」
アンデッドは、表情なんてわからないはずなのに、最後とてもほっとしたように笑って、何も残さないで消え去った。
「……ジルダ。今見た事は、あまり喋らないでほしい。……ただ、彼は私の古い友達だった事だけは……隠さなくていい」
数百年の時を越えて、再会した友を見送ったのだろうアフ・アリスは、私にそんなお願いをしたのだった。




