一話
「セト! あんたすっかり大きくなっちゃって!」
「おばちゃん、でっかい声出すなよ……びっくりしたぜ」
私は、セトさん達と一緒に、護衛依頼のあるセトさんの故郷の村に来ていた。
これからしばらく、ここでやっかいになる事は決まっていて、この村の人達とは、円滑に生活したい物である。いらない軋轢は避けたいと心底思っているわけだ。
「それにしても、働き盛りの男を連れてきてくれるなんて! いろんなお手伝いをしてもらいたいわね!」
「おばちゃんの家の手伝いばっかりできねえよ」
「あら生意気な口を利く! あんたは実家で生活すればいいだろうけど、そのほかの皆さんの家を都合したのが、どこの誰だと思っているのかい!」
「そら村長のおばちゃん、だろ。余所者を受け入れるって決めたの、村の話し合いだって聞いてたけど」
「そうよ! おばちゃんが、使われなくなった空き小屋の掃除とか、子供達にさせて、あんたの仲間の人達が、すぐに入れるようにしたんだからね!」
「いつもありがとう、おばちゃん」
セトさんがうれしそうに言う。それを聞いて、フィロさんが彼女に頭を下げた。
「これからお世話になります、よろしくお願いします。俺はフィロといいます」
「お世話になります。家のお掃除まで……本当にありがとうございます。私はギザと申します」
続いてギザさんの挨拶。私も、それと一緒にアフ・アリスも頭を下げる。
アフ・アリスの頭の下げ方というか、挨拶は少しだけ、私たちの物と違っていた。片足を軽く引く、優雅なものだったのだ。
見慣れない、どこの物かもわからない挨拶は、宮廷でも通じそうななめらかさだった。
「ご厄介になります、ジルダです」
「……アフ・アリス、と呼ばれております」
「まあ、丁寧にありがとう。あなた達が使える家を案内するから、使いたいところを使ってちょうだい。家賃とかは結構よ。だってもう、使われていない、いらない物扱いの小屋ばっかりなのだもの」
セトさんのおばちゃんの、村長さんが朗らかにそういった。
「では、後で使用料は相談させていただきましょう」
「借り物ですから、そこはきちんとしなくては」
フィロさんとギザさんが言うのに対して、セトさんがえー、と不満げに言った。
「おばちゃんがいらねえって言ってんのに」
「あんたは実家だからそうでもないけど、私達はよそから来た人間なのよ。好意に甘えてばかりはいられないでしょ」
「それに、借りているときちんとわかっていた方が、お互いにいらない遠慮をしなくてすむ事も、多いだろう」
ギザさんがびしっと言って、フィロさんがセトさんをなだめる調子で言う。
それらを聞いて、セトさんはいったん、言葉をひっこめる事にしたらしかった。
「この村の人達は、明るい顔をしていますね。今はどこも、魔性の気配にそれなりに、おびえていると聞いています」
小屋を村長さんに案内してもらう間に、私はすれ違った人達の顔が、他の、この村に来るまでに通って来た村の人達よりも、ずいぶん明るいから、そんな言葉がでてしまった。
それを聞いて、村長さんがそうね、と同意した。
「この村の人間はね、大げさにおびえても仕方がないって思っているの。昔から、この辺の湿原に暮らす人間は、魔性におそわれたときの逃げ方って言うのを叩き込まれるのよ。それだからかもしれないわね、村をおそわれた時の逃げ方も、その後の建て直し方もわかるから、ほかの村より楽観的なのかも」
「へえ……すごいですね」
「遠い昔々、ウロボロス帝国の時代から、この村のある地域では、それを教えられて育っていたみたいで、この村も、何度目かわからない建て直しの結果だって聞いているわ」
「セトがやけに撤退がうまいのはそういう事か」
「骨にまでしみてるんでしょ」
「お前らなあ、事実だけどそんなに言うか?」
「セト、逃げ足が早いのは、美点ダ」
「アフ・アリス、なんかほめてるはずなのに、複雑になるからそれ以上言うな」
フィロさんギザさんの感想に文句を言ったセトさん。セトさんを素直にほめたのに、複雑そうな顔をされるアフ・アリス。私は何も言わなかった。
でも、逃げる事の見極めができるって、すごいのだと知っている。いったい何度、ヘリオス達が撤退の時期を見誤って、死にそうになった事か。
彼等は逃げられても、私を足手まといだと言って、結構雑に扱ってきた、ヘリオスの仲間の美女達を思い出した。
「さて、この三つの小屋が、あなた達が自由に使って言い所よ」
「おばちゃん、これ最近修繕しただろ」
「したわよ。だってあんたが、仲間連れて帰ってくるって言うから。仲間さん達に、ぼろ小屋紹介できないでしょ」
「俺だったらぼろ小屋に放り込まれてんのに」
「ここを守ってくれる人達に対して、失礼すぎる事なんてできないに決まってるでしょうが。あんたは実家があるから、ぼろでもどうにかなるけどね」
そんなやりとりを聞きつつ、私たちは小屋の中をみた。
全部同じような作りをしていて、このあたりのありふれた家の作りなのだとそこでわかる。
そこを全部見て回った時だ。りんごん、と古い金属の音をたてて、どこかで鐘が鳴っていた。
「あの音は……?」
「ああ、この村の奥にある神殿の鐘の音だよ。昔はどこの村にも、神殿が小さくてもあった名残だよ。神殿って言っても、大した事ができるわけじゃないって、神殿のじいさまが言っているけどね」
「……見せてもらってもいいだロうか」
不意にアフ・アリスがそういったので、村を案内するついでに、あちこち見て回ろうと、意見が一致した。村長さんは家の仕事があるから、ここでお別れだというので、お礼を言って分かれた私達だった。
「小さい商店、粉ひき小屋の水車、村を囲うのは木の柵。本当に小さい村ね、セト」
「言っただろ、なんも面白味のない村だって」
「思っていた以上に小さいぞ」
「そうですね、それでも、神殿があるというのは少し、意外です」
「……だが、空気が、とてもいい」
そんな会話をしながら、私達は村を見て回った。やっぱりセトさんの故郷だから、セトさんに話しかける人は多くて、余所者の私達を、歓迎している様子だった。それは、セトさんがいるからだろう。
セトさんの仲間じゃなかったら、歓迎されなかったかもしれなかった。
会話をしながら、ゆっくり神殿まで歩いていき、私達は、村の大きさと同じくらいに小さい、神殿に到着したのだった。
「これだけ古い様式の神殿も滅多にみない物だな」
そんな事を言ったのはアフ・アリスだった。彼は神殿を上から下まで眺めて、懐かしそうにそういったのだ。
「そんなに珍しいもんか?」
「ウロボロスの形式にちかい。……あの時代の物はほとんど、奪われてしまったと思っていた。懐かしい」
「あんた墓守だったもんな。それも時が止まったとか言うほどの」
「そうだな。……」
神殿をじっと見つめたアフ・アリスはああ、と小さな声を出した。
「どうした? 懐かしすぎて涙出てきたとかか?」
「いいや。……ここなら、届く」
「届くって何が?」
セトさんが怪訝そうな顔で言った時だ。
アフ・アリスは全員を見やって、大した事じゃないという調子でこう言った。
「星の術を、降ろしやすいというだけの話だ」
「あの、とんでもない術をお前何に使うつもりだよ」
「軋轢を起こす事はしないでくれよ」
「あなたが人と争う性格じゃないのは知ってるけどね」
「……そうだな、なら行わない方が、いいかもしれない」
それだけを言って、それ以上の事をアフ・アリスは言わなかったけれども、彼はとても懐かしそうに、優しい視線で神殿を促されるまで見つめていた。
その後の、自宅をどうするかという話し合いのあとに、フィロさんの所にセトさんが転がり込むと言ってきかず、二人暮らしが出来る、用意された小屋の中では一番大きい小屋をとってしまった。
セト、と村長さんに怒られたものの、セトさんは
「実家だと弟たちに腹の上で飛び跳ねられる!! 俺病み上がり!!」
と主張し、事実セトさんは病み上がりで本調子じゃないから、私達は受け入れた。
そこで私とギザさんが二人で暮らすという事になったのだけれども、これにギザさんが難色を示した。
「私の寝起きの魔法で、ジルダを吹っ飛ばす事があるかもしれないと思うと怖いわ」
という事なのだ。聞けばギザさんは前の仲間たちとシェアハウスをしていた時に、同じ部屋に寝泊まりしていた人を、寝ぼけて吹っ飛ばし、ろっ骨を全部折る事件を起こした事があるそうで、怖いというのも事実仕方のない事で、その後の話し合いの結果……何というか……
私とアフ・アリスが同じ建物の中に寝泊まりする事になったのだった。
村長さんは困り果てていたものの、全員納得の結果という事にしたので、変な噂だけ立てないでほしいと伝えて、この話は終わったのだった。




