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四話


「そうだったんですね」


確かに、数百年の間、青空と星空を奪った魔王という存在が、消滅したのだから、皆飲めや歌えやの大騒ぎをしていただろう。でも二週間も過ぎたのだから、ちょっとはその騒ぎが鎮火している事を、願いたかった。

そういう話をして診察が終わり、私はとりあえず昨日目を覚ましたばかりなので、という尼僧の言葉から、使っていた寝台の一つを使わせてもらう事が出来た。

行動するにしろ何にしろ、雨風をしのげる寝床の確保は大事だと、ずっと前から知っているから、これはありがたかった。


「きちんと治るまでいらしていいんですよ」


尼僧はそう言って微笑んだけれど、それじゃあなんだか申し訳ないので、動けるようになったら仕事探しと一緒に、この寺院の手伝いをしよう、と心の中で決めた私だった。





結果どうなったか。魔王の消滅とともに、魔性の数が激減したという報告が相次ぎ、今までかなり儲かっていた武器屋や防具屋の売れ行きが悪くなり、そっち方面の求職がぐっと減った。

そして新たに、魔王の居城の探索という事をする冒険者が増え始めた。というのも、魔王の居城は元々は天空神の祭壇だった場所を、魔王が侵攻して手に入れた土地で、色々珍しい物が手に入る場所なのだ。

元は神の祭壇だったのに、荒らしまわるのはどうかという話も持ち上がっているが、じゃあ取り締まるのは何処の国なんだという問題が起きて、そっちが決まるまで、しばらく魔王の居城の探索をする人は絶えないだろう。

意外とこの探索で怪我をする人が多く、薬問屋の売れ行きはいい。

もっと言うと、魔性のために確実な街道を維持できなかった時と比べて、格段に街道が平和になったため、交易というものがものすごく増えて、神殿や寺院といった、簡易宿泊施設を持つ施設が、とても忙しくなり始めた。

私は体が動くようになった現在、寺院の宿泊設備の掃除や補充をする仕事をしている。

もちろん、お世話になった寺院で働いているのだ。

今も、私は清潔なシーツと汚れたシーツの交換をしている。

寺院の簡易宿泊設備は、寝床と荷物を置く小さな物置の空間があるだけで、お金のない人が使う場所だ。

それか、道中の宿泊に広い空間を欲しがらない人向け。

四角い空間に、寝床であるシーツがかかった薄い布団と毛布があって、入口から一番奥に、貴重品を入れる簡単な鍵の在る物入があるばかり。

使う人間の数が多いから、シーツの交換だけでも馬鹿にならないほど手間がかかり、それの洗濯も毎日忙しい。

虱や蚤がいたら専用の燻し薬で、それらを退治しなくちゃいけない。

布団だって定期的に外に干すし、数日使う人じゃなかったら毎日掃除をする。

比較的頭を使わなくても済む、余計な事を考える暇のない忙しめの仕事だ。

薄い布団をはたいて伸ばして、それにぴしっとシーツをかぶせる。よし、出来は上々。

それを二十回ほど繰り返し、かごに手押し車のついた洗濯籠にシーツを入れて、宿泊設備から洗濯場まで往復。

洗濯は、洗濯係が行うけど、彼等は洗浄魔法とも言われる魔法がつかえるから、結構高給取りである。魔力で汚れを分解して、除菌と殺菌をするのだとか。ううん、なかなか高等な技術だろうな、と思う私だ。

にしても……最近、というかここ一か月、私が働き始めてから、ちょっと何かが変わり始めている気がする。

そう思うのは、シーツについている血液の量が増えている事だ。

働き始めた頃は、街道がとても平和だから、汚れと言っても砂埃とか泥とかで汚れている事が多かったのに、ここの所、血の痕が付いている事が増えてきている。

そして寺院で、怪我を診てもらう人も、多くなっている……んじゃないだろうか。

簡易宿泊施設は、怪我をした人が使ってはいけない設備じゃないから、怪我をして路銀が寂しくなった人が、使う事も多いし。

母数が増えたって事なのかもしれないけれど……何か少し気になる。


「今日もシーツと枕カバーが多いな!」


「部屋数が二十もあるんですから」


「違いない!」


洗濯場まで運んで、汚れの酷さとかで分類分けしていると、声をかけられたからにぎやかに返す。それに対して洗濯係の魔法使いの人が、笑う。


「あんたもちょうどいい時に来てくれて助かったよ。今まで寺院の簡易宿泊施設を使うなんて、一日に多くても三人とかだったから、私達が色々やっていたんだけれど、こうも人数が増えると追いつかなくてね」


「私も、恩の在る寺院で働けてありがたいです。……それにしても、最近やけに怪我をして街道を通る人が増えていませんか? 魔王が消滅して一時期は、一度も魔性に遭遇しないで王都からダズエルまで来ていた人が、何人もいたのに」


私の言葉に、相手は怪訝な顔をした。思ってもみなかった、という顔だ。

そして少し考えてから、頷いた。


「確かに少しそんな感じがするな。でもそんなの分かるのかい」


「シーツに血とかそういう体液が付いている事が、最初の頃の一時期と比べて、かなり増えたので。ちょっとおかしいなと思って」


私が、今日もシーツを交換しながら感じた事を洗濯係の魔術使い、リオンさんに話すと、リオンさんはそれからか、と納得した様子だった。


「もともとダズエルまで来る旅人は、怪我をしているから、あまり気付かなかったが……魔王の消滅から働くジルダは、違和感を持ったのか……寺院の方にちょっと報告するべきかもな、その時は証言頼む」


「分かりました」


ジルダ。それがこの町で暮らす事にした私の新しい名前だ。

ジーナという名前でもよかったけれど、ジーナは聖剣の鞘の名前として有名すぎるようになったから、変に思われると面倒と思って、死んだ祖母の名前を拝借する事にした。

私の生まれ故郷では、女親や祖母と名前が似ているのはお約束で、名前から血縁関係が推測できるほどだった。

ウィリアムの息子はウィルムとか、すごくありふれていたから、その感覚で祖母の名前を借りている。

これなら呼びかけられても、そんな違和感なく返事が出来るし。

さて、洗濯物を洗濯係の魔術使いに渡したから、その仕事が終わるまで、私は休憩。

厨房で簡単な物をもらって、食べて、寺院の方の手伝いに回るのだけれど、今日はいつもと何かが少し違っていた。

医療院とつながっている回廊の方に何やら、人が集まっている。


「何の騒ぎだ?」


「実は牢番が、処刑が決まっている虜囚に過度な暴力をふるってしまって、虜囚が運び込まれたんだとよ」


「何でまた、処刑の日取りが決まっている相手に、そんな暴力を? 処刑の日までは生きてもらわなければ、困るはずだろう」


「だろう? それもこの虜囚の最期を、勇者ヘリオス様たちが見にくるという話だ。これが今死んだら、勇者ヘリオス様たちがやっとこの町まで回ってきてくれているのが、ぱあになっちまう! だから牢番の処罰は、普通の虜囚の暴行の時とは、比べ物にならないって話だ」


「ヘリオス様たちが来てくれるっていうのは、どこの町も長い事希望してる事だしな。特にダズエルは魔王の居城と近かった分、色々思い入れがある。他の町から来ている旅人たちの話もあるしな。町の誰もが、勇者ヘリオス様たちの凱旋を心から望んでいるわけだし、あの虜囚の処刑を見にくるというのに」


人垣に近寄ると、そんな会話が聞こえてきた。

どうやら、何か訳ありの処刑間近な虜囚に対して、牢番が暴行を加えすぎて、医療院送りにしてしまった様子だった。

牢番がこういう事をするのは、そこまで珍しい話ではない。

だが今回は、暴行を加えた相手が悪かったという事みたいだ。

……でも、ヘリオスたちが、この町に来る時は、物陰に隠れてこっそりと見守る方向がいいだろう。見つかって、何で生きているんだという話になって、うっかり死霊扱いされてはたまらない。

医療院の、訳ありの相手を治療する際に使われている部屋の近くに、一体誰が運び込まれたのだ、といろんな人がたむろしている。

でも、部屋までは入れないから、出入りする医療神官の人や、看護神官の人たちを質問攻めにしているみたいだった。

私も陰から話を聞いていたけれど……そんなにヘリオスと因縁があるとしたら……あの魔王のしもべだろうか。

透き通った緑の目をした、強すぎるほど強いしもべ。

確かに、倒した相手が生きていて、処刑されるとなったら、その最期を確認するために、ヘリオスたちは来るだろう。

どういう感情を抱くのかは知らないけれども。

そんな事を思って、さて、寺院の出入り口の掃除でもするか、と歩いていた方向を変えようとした時だった。


「あ、すみません!! いつも医療院の掃除もしてくれるジルダさんですよね!!」

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