十二話
「何を言い出すかと思えば。ここは依頼も多くて稼ぐのにちょうどいいと言っていたじゃないか」
思ってみなかった事をあっさりと言い放ったセトさんに、フィロさんが何を言い出すんだという思いがはっきり浮かんだ顔で問いかける。
それの答えはまた、実に簡単な調子でセトさんから知らされた。
「ん、俺は恨まれ過ぎた」
「今更?」
こいつ今更何言ってんのよ、と言いたそうなギザさんの突っ込みは切れ味が鋭そうだけど、セトさんには欠片も通用しないみたいだ。
これも仲間内のやり取りの一つの形なんだろう。
……また、ヘリオス達の事を思い出した。こんな風にやり取りできるくらいに、ちゃんと私が向き合っていたら、結末は大きく変わっていたんだろうか。
私はまだ、あの仲間達の事を、取り戻したいと思っているのだろうか。
そんな馬鹿な。ヘリオスはどうだか知らないけれども、他の美女三人は、私を追い出したくてたまらなくて、何を思ってなのか、私を魔物扱いして殺すつもりだったのだ。
そんな彼等を取り戻したいと思うなんて、あり得なさすぎる。
……ただ、こんなにもお互いを知りあっているチームを見ると、記憶の扉が開くんだろう。きっとそうだ、それ以外にあり得ない。
セトさんは何杯目か数えるのも馬鹿らしいくらい、お代わりをしたお粥を飲み込んで、ギザさんの言葉に対する答えを言いはじめる。
「俺のやり方が気に入らないだの、俺の事を恨むのだのは勝手だと思うんだけどよ、仕事中にそれ表に出して、その他大勢の命を危険にさらす奴まで出て来てんだ。これが町中で似たような事をしないかって言われたら怪しい。別に俺は恨まれるのなんかは気にならねえし、やり返されるのもまあしょうがねえんだろうなっては思うけどな、その他大勢を巻き込む事はしちゃいけないんだ。あいつらはここを拠点にしたいからここから移動しないんだろうし、なら俺が他の拠点探して出ていく方が綺麗な終わり方だ」
「そこまで考えなくても。町中でいきなり切りつけてきたりはしないわよ」
「どうだか。大勢の命かかってる局面で、手柄の順列だけで、短期決戦が最善の状況忘れて、爆弾投げてくる奴らだぜ」
セトさんははっきりとそう言った。そしてまた欠伸をして、皆を見回して言う。
「俺はひと眠りしたら支度して、ギルド行って、どっか遠くに行く仕事ねえか探すわ。お前らも自由にしろよ。俺のとばっちり一緒に受けなくていいだろ」
「俺も行くぞ」
フィロさんの言葉は即答だった。それに続いてギザさんが言う。
「そうね、私もついていこうかしら。新しく仲間を探すのが面倒だわ」
「ここもセトさんが借りてるところですし、私もついていきます」
私もそれに続いた。セトさんが出て行った後も、ここに居られるわけがない。収入源という物がある。ここに私だけで暮らせるほど、いい収入の仕事が見つかるとも思えない。
それにセトさん達が、家政婦替わりをすればいいというから来た街だし、また何かの例えば仕事の手続きをした際に、元の仲間達に見つかってしまって……逃げられなかったら大惨事だ。
「おそらくだが、セトの仲間だったという事だけでいらぬ恨みを買いそうだから、私も」
お粥の大鍋を覗いて、中身がほとんどないな、と言いつつ大匙で残りをこそぎ取って、お皿にうつしていたアフ・アリスが言う。確かにそんな事もあり得そうだ。
セトさんの仲間ってだけで、変に恨まれる可能性は否定できないと思えた。
「お前ら物好きだな」
セトさんは、ここにいる全員が一緒に行くという物だから、物好きな変人ばっかりだって顔をして、まだ体が万全じゃないんだろう、ねる、といって よろめきつつ寝床に戻ろうと立ち上がる。
でも扉を開けようとして力尽きそうになって、フィロさんが小脇に抱えて扉を開けていた。手慣れているから、よくやっている事なんだろうな、と思う物があった。
そうして、セトさんとフィロさんが食卓から出ていって、残された私は、ギザさんに問いかけた。
「セトさんって、そこまで恨まれるほどやらかし過ぎてたんですか? 傲慢な事とか、最低な態度とか……見ててそんな人って感じはしないんですけど」
「セトは誰も死なせてないわ。死にそうな新米の事を命がけで助けて、日常的に魔性だの山賊だのに吹っ飛ばされてた男だから。でもそれを、仲間に無茶ぶりし過ぎるブラック野郎って思う冒険者は一定数いるのよ。……前も教えたでしょ、セトは自分達が荒っぽい集団だって教えるけど、話半分だと判断する人が多いって」
「どうしてでしょう」
「セトがひょろひょろした盗賊で、そんな盗賊がチームのリーダーだからっていうのは大きいわ。盗賊という、打たれ弱い生き方をしているのがトップのチームの荒っぽさなんて、程度が知れているって思われやすいの。実際は噂に聞く、格闘王とか剣聖とかのチームと並ぶんじゃないかなって位、荒っぽい事多いんだけどね」
ギザさんはそう言い、お粥を口にした。
そして真顔でこう言った。
「アフ・アリス、あなたお粥のお店でひと財産作れるわよ。魔力回復の作用があるお粥なんて、高級料理屋でも出してくれないものよ」
「煮込む手間だけがやたらかかるものなだけだ、誰でも作れる」
「作れてもえぐみが酷くて、一皿だって平らげられないわ。でもこれはするする喉を通っていくもの。あなた……何かできない事ってあるの?」
「世界を救う事は出来ない」
「あら、あなたでも冗談を言うのね」
私は黙ってお粥を口に運んだ。これはきっと、冗談でも何でもないのだろうと、心の中で思いつつ。
「お前立って歩けるくらい回復したのかよ!!」
遠くに拠点を移すための仕事を、ギルドの酒場に探しに来たセトさんを見て、シルヴァさんがあり得ねえという思いを前面に出した顔で言った。
「シルヴァ、見ての通りだっての。で、俺らちょいと遠くに拠点移す予定なんだけどよ、ここと提携しているギルドで、この町から割と遠い所の仕事紹介してくれねえ?」
「……お前があり得ない頑丈さなのか? それとも医療院に、天才的な回復方法を生み出した治癒魔法使いが入ってきていたのか? どちらも聞いてないぞ」
「俺は相変わらずの体だぜ。回復できたのは運が味方したんだろうよ。で、仕事ねえの、あるの? 俺らは拠点映すのが第一の目的だから、この際賃金は多少妥協するぜ」
「……お前の言う事を信じるならば、驚くべき奇跡が起きたんだろうな。さて……遠くに拠点を移すような仕事は……ちょっと待ってろ」
「おうよ」
セトさんがにやにや笑いながら、該当しそうな仕事を探し始めてくれたシルヴァさんに返事をして、酒場の壁紙に貼られた依頼書を、やっぱり興味深そうに見ているアフ・アリスを見た。
「あいつ、視線が集中しててもびくともしねえのな」
「もしかしたら居たたまれないかもしれませんよ」
「そうだとしても、それを表に出さないってのはなかなかだぜ」
「セト。彼の経歴を考えれば、こう言った場所は飛び切り珍しい物に溢れているだろう。依頼書なども面白いはずだ」
「揉め事を起こさないなら、そっとしておくのが一番よ。一通り見たら戻ってくるわ」
ギザさんの言葉は事実だろう。アフ・アリスは依頼書をまじまじと見て、高い位置にあるものも見上げて、自分の知らない世界のものを面白がっている風だった。
そして、十分くらい待っていただろうか。シルヴァさんが数枚の紙を持って戻ってきた。
「このギルドと提携しているギルドの紹介で、遠くに拠点を移す仕事というとこれ位だな。お前の割と、は、相当と同じような意味だと判断して、吟味した結果だ」
「おう、ありがとうよ。……ってここ」
セトさんがその場所を読んで沈黙する。そしてあーあ、とぼやいた。
「ここ俺の実家がある村じゃねえかよ」
「セトの実家?」
「あんたの実家がある村、このご時世でもまだ残ってたのね」
「らしいな。まあうちの家族は逃げ足めちゃくちゃ早いだろうから、村が無くなってたら俺の事頼りに来るだろうから、まだあるんだろうよ。でも何でうちの村がギルド所属の連中を欲しがって……ああ、なあるほど」
そんな事をぶつぶつ言いつつ、セトさんは中身を読んで、ひょいっとフィロさんとギザさんに回した。
「これ、王国直々の依頼書じゃない」
驚いた声を上げたのはギザさんで、それらを一読して私にすぐ回してくれたのはフィロさんだ。
私は、いつの間にか戻ってきていたアフ・アリスと一緒にそれを読む。
その依頼書は王国直々の依頼書で、依頼の中身は、村の警護という物だった。
今までは見受けられなかった類の依頼だろう。ギルドの人達に、村の警護を頼む依頼って、聞いた事が一度もないのだから。
昔私のいた村にも、そんな人達がいなかったのは間違いない。
「……魔性の数が増え、個体の強さも上がった故か。王国の兵士団だけで守れなくなったから、王国にあるギルドに、村や町の警護をある程度頼む仕事が生まれたのか」
アフ・アリスが淡々とした声で言う。そう、彼の言う通りの事がそこに書かれていて、魔王が死んだ後なのに、魔性の数が増えて、悪いことに強くなった。更に町にも村にも容赦なく侵入して来るようになったから、王国の兵士団の団員だけでは手が回らなくなってしまったようなのだ。
そのため、王国は国にあるギルドの構成員達を相手に、小さめの村や町の警護を、王国の依頼として出し始めたらしい。
そしてシルヴァさんが持ってきた依頼書は、セトさんの故郷の村だったみたいだ。
「あの村面白い物なんか、なんにもねえ村だったけどな……あれでも故郷なんだよなあ……どーすっかなぁ」
セトさんがぼそっと言った時だ。シルヴァさんがこの依頼書を用意した理由を教えてくれた。
「ここは小さすぎて、手をあげる構成員がいないんだ」
「そりゃ、王国から支給される賃金が、少なめだからだろ」
「小さな村まで、大きな街と同じだけの賃金を支払えるわけもないからな。だから他の割と大きな街や村の依頼はかなり埋まっているが、ここは誰も手をあげないんだ。そんな時に、ここが故郷のお前が、この町から遠くで、賃金少なくてもいいと言い出すからな、これは都合がよさそうだと思って紹介している」
「……どうする、お前ら」
「私は別段構わないぞ。まあ、出稼ぎをしている身の上としては、賃金が少ないのは多少痛いが……それはこの村の近くにある大きな街で、出稼ぎ用の依頼をたまに受ければ問題ないだろう」
「娯楽がないのはつまらないけど、いらないやっかみだのなんだのを受ける生活よりはましでしょ。それに小さな村の警護で、これだけ王国から支給されるって、なかなか好待遇よ」
フィロさんとギザさんが各々の意見を言う。セトさんが私達を見るから、私は素直に言った。
「ここに未練があるわけでもないですし、私もかまわないです」
さて、アフ・アリスはと彼を見上げると、彼はセトさんに問いかけた。
「この村の近くは、どんな風なんだ。荒野か、森か、湿原か」
「ああ、森と湿原に挟まれてんだ、割と湿っぽい季節が多いぜ」
「……乾燥地帯は馴染みがあるが、湿原はあまり経験がないから、興味がある。私も問題ない」
「んじゃ、満場一致でこの依頼受けるぞ! ま、移動の前に実家に連絡するから、ちょっと待ってほしいけどな」
「あんたの実家に何を連絡するのよ」
「先に知らせておくべきだろ、寝床を誰かに紹介してもらう時に、実家からも連絡あった方が何かと都合がいいんだよ」
村親戚って奴だな、とあっけらかんと言ったセトは、さらさらと依頼書に署名する。
「じゃあ、セトの顔を見る事もしばらくなくなるわけか。お前の騒々しい声も、聞けなくなると思うと少しはもったいないな」
「表情が言葉と一致してませんよ……」
私はぼそっとシルヴァさんに突っ込んでしまった。やかましいのがいなくなってせいせいする、という顔をシルヴァさんはしていたからだ。
でも、それでも、セトさんとかは気にするつもりもないみたい。
「さて、荷物まとめるぞ! これから忙しくなるぜ!」




