十話
「今回の依頼は成功した!! 犠牲として死んだ者もいない、これは大成功だ!」
と、アーチス将軍は大変にご機嫌だったらしい。セトさんが意識を取り戻さないから、報酬を代理で手に入れに行ったフィロさんが、そう教えてくれた。
将軍は撤退を指示した後、モノクルが壊れたから、あの場所で何が起きていたのかは、全く分かっていないそうだ。
でも依頼主ってそういうものだって聞いているから、おかしいとは思わない。
依頼主は依頼通りの事が遂行されたら、報酬を払う、それだけの関係なのだ。
「あの謎の光が、闇の水晶を破壊した事を、剛腕のベガは将軍に伝えなかった」
フィロさんは少し苛立った声で言う。それはアフ・アリスの功績をなかった事にしてしまったと言いたいんだろう。
「ベガは周りに口止めしたらしい。……それも道理だ、それが知られれば報酬が減る。もっとも功績を残したものに、より報酬を渡すものだからな」
フィロさんは苦い声だ。私達はそれを家で聞いている。
「誰も言わなかったの?」
ギザさんが確認する。フィロさんは頷いた。
「今回の合同チームの大半が、セトに恨みがある人間で構成されていたからな。セトに対してのあれを黙るために、アフ・アリスの光の弓矢も黙ったらしい」
「それで、いいだろう。私は目立ちたくナい」
アフ・アリスの穏やかな声を聞いて、フィロさんが呆れたという顔をした。
「目立つ目立たないの前の話だ、あんな事をどうして隠し続けていたんだ」
「まだ、使えるとは思わなかッた。……ずいぶんと昔に、失った力だと思って生きてきた」
「……そういう事だったのか……つまり、使えるかもわからない博打を打ったという事だな?」
「そうなる」
アフ・アリスはそれだけ言って、ギザさんが淹れてくれたお茶を飲む。
この穏やかな空気を感じていると、あの光の弓矢の、超強力な力は、何かの間違いだったんじゃないかと思ってしまう。
あれは普通の魔術ではなかった。誰も知らない魔術で、そこらへんの最上位魔術をはるかにしのぐ力を秘めている。
「使えて、良かっタ。セトを救えた」
アフ・アリスがそう言って微笑む。フィロさんはそれには同意した。
「確かに、あの時あの光が魔性達を軒並み消し飛ばさなければ、セトの回収はままならなかっただろう。そういう意味では、間違いなく命の恩人になるわけだ」
「私は、仲間として認めてくれたセトを、死なせる事は出来なかった。だから一か八かで、あれを使った。それだけの事だ」
アフ・アリスが柔らかい顔で笑う。
「あれは一体何の魔術なの? 何処の古代魔術を調べても、出てこないわ」
ギザさんが、依頼が終わった後から街の図書館に入り浸って、調べまくっていたのに、何にも情報が入らなかったから、彼に聞いた。
彼は少し考えた後に、答えてくれた。
「あれは……華の魔術と、古く言われてきた力、だ」
「華の魔術……? どの古代文献にも記載がないと思うんだけど」
「なくても仕方がない。あれは……」
あれは、と言った後、少し口ごもってから、アフ・アリスは信じられない事を教えてくれた。
「あれは、ウロボロス帝国の秘術だったかラ」
「ウロボロス帝国の!? あなたはそんなすごい物さえ扱えるというの!?」
ギザさんが目を見開いて言う。アフ・アリスは頷いた。
「私は、それの心得が少しだけある。あの系統は……修める事で一生を終えると言われるほど、手順が面倒な物ばかりで……それが少しばかり、扱えるというだけなんだ」
「その少しばかりでも、相当な効力を発揮するんじゃない。隠し玉を隠し過ぎよ、あなた」
ギザさんが呆れた調子で言い、アフ・アリスは困った顔になった。
「それに、……資格を失ったと思って生きてきたカラ。使えなくても仕方がないと、思っていたんだ」
「使えない魔術は穴の開いた鍋みたいなものだからね、それはわかるわ」
そのたとえがどう正しいのかは、わからなかった物の、ギザさんは納得した。
「さて……私たちの報酬は記載通りで、増減はないのね、フィロ」
「ないな。セトほど口が回れば、もっと増えたかもしれないが」
「そこでもめても面倒よ。セトはもめる隙も与えないでべらべらしゃべって、要望を通すけど、私達にその技能はないわ」
少なくともこれで、セトの入院費用はある程度稼げたわね、とギザさんが言って、フィロさんが言う。
「セトは意識不明で、あと何日目を覚まさないかも未定だ……早く目を覚ましてほしい物だが」
「爆発を受けた時に、思ったよりもあちこちにぶつかってたらしいからね」
「……」
セトさんは医療院に入院している。いつ目を覚ますかもわからない。至近距離で爆弾が爆発したっていうのはそういう事で、……やっぱり私は、それをした、セトさんの昔の仲間たちを許せそうになかった。
依頼の外で、バチバチに火花を散らしたり、嫌味を言ったり、何かするのは仕方ない。
でも命がけの依頼のさなかに、手柄を横取りするために、死ぬかもしれない事をするのは、許せなかった。屑でしかない。
「あとで、見舞いに行きたい」
アフ・アリスはそう言って、フィロさんとギザさんに笑いかけた。
「きっとセトは、すぐ目を覚ます」
その、なんとなく信じたくなる言葉を皆で聞いて、空気が柔らかくなった時だ。
外から、誰かが北という事知らせるベルが鳴り、ギザさんがそれに出た。
「いったいあなた方が何の用事!?」
出た瞬間にとげとげしい言葉が放たれて、誰だろうと首を伸ばすと、来たのは剛腕のベガだった。
「いいだろう、用事があっても」
ベガは、自分の仲間がセトさんに爆弾を投げた事を、悪いと思っていなさそうだった。
謝罪という物がないから、私にはそう映った。
「用事って何? 手短にしてちょうだい。あなたと話す事は、私達にはないのよ」
「まあまあそんな事を言わずに。……彼に話があってきたんだ」
ベガはそう言い、卓の端っこに座って、お茶の表面をじっと見て何か考えていたアフ・アリスに、こう言った。
「君、こんな先の昏いチームではなく、私達と仲間にならないか?」
それを聞き、アフ・アリスの顔が持ち上がる。静かな瞳は、異様な迫力をたたえてベガを見ている。
そして、整い過ぎている唇が開いた。
「断る」
「そうだよな、こんな貧乏パーティではなく……って、正気か? 君ほどの実力の持ち主なら、ギルドでも引く手あまた、もっと条件のいい、例えばうちのような所が皆欲しがるだろう」
「私の仲間は」
アフ・アリスの声は静かだ。静かで淡々としていて、そして強い。
その声が、不気味なほどの静寂をたたえて、言い切った。
「私が選ぶ。何か問題があるカ?」
部屋の空気が、異質なものに変わっている。これは……アフ・アリスが、魔王のしもべだった頃、勇者ヘリオスとその仲間達と向き合った時に放たれていた、絶対的強者の圧力が混ざっている。
こんなのに、普通の冒険者が勝てるわけがなく、その圧をまともに受けたベガは、わなわなと震えて、言葉も出なくなり、もごもごとした後に、慌てたように去っていった。
「セトは」
アフ・アリスが静かに優しい声で言う。
「戦わなくていい、と言ってくれた。それが、どれだけうれしいか、彼は知らないだろう」
「あなたは、むやみに戦いたくないものね」
魔王のしもべとして、彼は戦いに戦った。だから、もうそういう事を積極的にしたいと思わないのだろう事は、彼の経歴を少しばかり知っている私には、納得がいく事だった。




