八話
いるいないは、証明が面倒だったりするからね。
「セトは」
「セトさんは?」
「守護者の匂いがする」
「……なんだかいっそうわからない事を言い出した……」
「分からないなら、それでいいと思う」
アフ・アリスはそんな風に言って、険悪な空気になっているセトさんと剛腕さん、割って入ってなだめているフィロさんを見ていた。
そして集合場所で、依頼主の代理人……依頼主が国王だったから、代理人は驚く事に一国の将軍だった……が現れて、自己紹介をした。
「私はこの国の四将軍の一人、アーチス・オズだ。知っている人も知っていない人も覚えておいてくれ。今回の依頼の内容は簡潔に言うと、”魔神の水晶の破壊および魔神の水晶を守る魔性の撃破”だ」
簡潔すぎるくらい短い内容で、でもそれが恐ろしく厄介なのは、単語からもわかる気がした。
事実、アーチス将軍の説明を聞いて、青くなる人は多かった。
魔神の水晶とは、魔性たちの力を二段階も三段階も高める強力な闇の輝きを放つ水晶で、このあたり、つまり王都北の山脈の魔性達が、ごっそり強化されているのは、この水晶の力によるところなのだという。
山脈の魔性達が強化されるとどうなるか。それは、この国の大動脈の一つ、北の街道を行き来する事が困難になるという事であり、更にこの強化の結果なのか、この国の北の町や村が相当数、滅ぼされつつあるのだという。
命からがら逃げてくる人達は多く、なんとか王国の北方地域の安全のために、魔神の水晶を破壊したいのだとか。
既に何度も王国の兵士団が破壊しようとしたらしいけれど、兵力が足りなかったのか、それとも強化された魔性達が強すぎたのか、並の兵士団では歯が立たなかったらしい。
その全滅回数が三回を超えたから、王国はいっそ魔性と戦い慣れた腕利きの冒険者達とも手を組み、なんとか魔神の水晶を破壊すると方針を決めたそうだ。
斥候部隊の決死の努力の結果、魔神の水晶の周りの事とか、守っている魔性の事ととかは調べられたそうで、そこから一気に、作戦会議に移る事になった。
でも、あまり細かい作戦を作っても、急な出来事に対応できないってわけで、破壊部門と、魔性達を引き付ける囮部門と、それらの補助部門に分けられる事になった。
破壊部門の面々は、気付かれないで確実に魔神の水晶を破壊する事を目的とし、囮部門は魔性たちの目を引き付けるために、派手に暴れまわる事を目的としている。
そして補助部門は、囮部門に近いように配置された。怪我とか不慮の事態が多いのは、きっと囮部門の方が多いという判断の結果だった。
そして、破壊部門にセトさんは加わって、囮部門にフィロさんとギザさん。補助部門に私とアフ・アリスが回される事になった。
「あんたみたいにひょろ長い男は、目立つだけ目立って周りの邪魔だな!」
「団長可哀想だから言うのやめてあげてよ!」
「そうそう、セトの仲間なんだから」
剛腕さんがアフ・アリスに絡んでいたけれど、絡まれている中身がよく理解できなかったのか、それとも受け流すだけ大人だったのか、アフ・アリスは何も言わなかった。
だからつまらなかったんだろう。さっさと剛腕さんと、その仲間たちは彼から遠ざかった。
「悪いな、恨む相手を間違えてる奴らで」
「……セトは自分と組むと危ないと言ったのだろう」
「まあな、でも信じる信じないは個人の判断だろ?」
「自分の判断の狂いを、他人のせいにしたいのは、仕方のない事だ。誰しも、押しつけたい相手がいる」
「お前本当に、墓守だったから達観してんのか? それともその考えだから墓守になったのか?」
「思い出せないとしか、言えない。セト、危なくなったら撤退を忘れては、いけないゾ」
「さっさと魔神の水晶破壊するっての。速さだけなら自慢だからな」
セトさんはそう言って大胆に笑った。それは自分の速さに対する自信ってものがあるからだろう。
実際にセトさんは信じられないくらい速いそうだし。
そして、色々な事を軽く決めて、私達は王宮御用達の転移装置で、北の山脈の、拠点に移動したのだった。
斥候部隊の報告により、魔神の水晶は昼の方が輝きが鈍くて、魔性も若干弱いらしい。
そこを狙う、という事で、あっという間に作戦が始まったのだった。
そこからはとにかく大変だった。囮部門の人達は暴れまわり、怪我とかをしまくるから、補助の人達は手分けして回復薬とかを渡したり使ったりするし、じりじり前に出て行く彼等を追いかけて、前に前に、荷物を持って進むわけだ。
魔性達も、この大騒ぎで興奮していて、物凄く暴れている。
魔神の水晶の力が弱まってこれだから、本領を発揮されたら、多分命がなくなるのはこっちのような気がした。
私は胴体をバッサリ切られた人に駆け寄って、回復薬を傷に垂らす。傷が綺麗になったと思ったら、彼女は前に飛び出していった。
アフ・アリスも同じように、怪我をした人、魔力が枯渇した人、とにかく戦えなくなった人に薬とかを飲ませたり渡したりして、忙しい。
そんな中でも、補助や囮部門の人たちに渡された魔術の入ったモノクルで、破壊部門の人がどれくらい魔神の水晶に近付いたかが、分かるようになっていた。
そして、いかにセトさんの足が速いのかを、私は実感する事になった。
だってめちゃくちゃに速いのだ。他の破壊部門の人たちが追い付けないくらいで、いかにこの作戦が速度重視の物かを理解させられる。
早く魔神の水晶を破壊できれば、その分被害も犠牲も少なくて済むのだから、セトさんが速く走るのも道理なのだ。
「セトさん速い、もう水晶まで近付いた!!」
私は歓声を上げた。セトさんが破壊用の爆薬を、魔神の水晶に投げつけようとしているのまで見て、そして。
信じられない事が起きて、絶句して足が止まった。
だって誰が信じられる?
セトさんに、後ろから追いかけていた破壊部門の人が、短剣を投げつけたのだ。
その短剣は、間違いなく殺意があった。当たったらそこは急所と言える場所だったのだ。
でも、新調した胸当てはその短剣をはじき返し、セトさんの足が止まる。そして振り返った彼に対して、他の囮部門の人が、爆薬を投げつけたのだ。
魔神の水晶を破壊するための爆薬で、相当内力の物を至近距離で爆発させられて、セトさんはただじゃすまない。
とっさに頭を庇った彼は、爆風で吹っ飛ばされてしまって……そして、その騒ぎで、魔性達が……破壊部門の人たちに気付いてしまったのだ。
斥候部隊の人達の報告によると、魔神の水晶は日中は廃墟に隠されているけれど、闇の魔の力を増幅させる時、空中へ上がるという。
魔性達が連携して、私達の手の届かない空中へ、日中だというのに魔神の水晶を飛ばしたのだ。
そして魔神の水晶の周りを、空を飛ぶ魔性達が守るように飛ぶ。
そこで私は初めて魔神の水晶を見たけれど、背中が寒くなる、恐ろしい色をした水晶だった。
体が勝手にガタガタ震えて、膝をつきそうになる、本能的な恐怖を呼び覚ます水晶だった。
細かくカッティングされているその、一面一面が魔性達を照らし、力を増やしている。
そしてくるくる回り、闇が増幅されて、魔性達に降り注ぎ、囮部隊の人達と戦っていた魔性達が、歓喜の声を上げ始める。
「撤退だ!!」
モノクルから将軍の撤退宣言が出る。でも、撤退しようにも、背後にいつの間にか魔性達がいて、囮部門と補助部門は、挟み撃ちされてしまう。
「駄目だ、勝てない!! 魔神の水晶さえ壊せれば、まだ戦いようがあるというのに!!」
囮部門の誰かが叫ぶ。絶望に彩られた声だった。
私達は魔の恐怖と、死の足音になんとか抗おうとしていて……そこでいっそう、魔神の水晶が輝きを放ったのだ。
その圧で、皆膝をついてしまう。かくいう私も、立っていられなくて膝をついた。
起死回生の一手を探したいのに、探せない。
怖くて死にたくなくて、涙だけがぼろぼろ落ちているのは、私だけじゃないみたいだった。
魔性の群れは、一気に戦闘不能に陥った私達を見て、さあ殺そうと襲い掛かろうとして……動きを止めた。
誰もが絶体絶命で、絶望する中で。
……一人だけ、場違いなんじゃないかって位、静かに立っている人がいた。




