六話
「お前またかよ!! だからさっさと新しい物を買えと!!」
武器店や防具店の脇には、割合修理工場があるもので、セトさんはそこに自分の胸当てを持って行って、大声で怒鳴られた。怒鳴った相手は経験豊富そうな年配の男の人で、彼はぼこぼこにへこんで、留め金も壊れて、魔性の爪痕でえぐれている箇所も相当ある胸当てを見て、怒り心頭だった。
「これは修理できんと何度言ったらわかるんだ!! この杜撰な直し方、さては資格を持っていない修理工に頼んだな!? あいつらの中には技術があるやつもいるが、大半が中途半端だと教えただろう!! これだけ壊れたら溶かして新しいものにするか、新しい物を買い直した方が安全だと、三週間前にも俺たちは教えたはずだろう!!」
「だってまだまだ使えそうだったんだし……」
「庶民の包丁と同じノリで、命を守る防具を見るな!! セト、いいか、新しい物を買え!! これは材料として引き取ってやるから!!」
「引き取ってくれんの、いくらで?」
「ここまでぼろぼろだと、溶かして素材にするしかないからな、これ位だが」
修理工の男の人はそう言って、セトさんに何か値段を示した。セトさんはうなったものの、確かに命に関わるんじゃしょうがないと、折れた様子だった。
「じゃあ買い取ってもらうわ。今から隣で新しい防具買うけど、あんたら俺に何がいいと思う?」
「お前は重たい鎧を着る仕事じゃないからな、魔法布で出来た衣類や、丈夫な胸当てを勧めるぞ、お前の持ち味はその速度と器用さだからな」
「魔法布は高額だろ……」
「だが命あっての物種だろうが。お前はどうしてそう、一番大事な物を勘違いしてるんだ……」
「そうか? 命も大事だし金も大事だろ」
セトさんはそう言って、アフ・アリスはそれを聞いて、何か考え込んでいた。
「……どうしたの?」
「魔法布か……多少丈夫にする心得ならある」
「あなたなんでも知ってるんだね」
私が感心してそう言うと、アフ・アリスは首を横に振った。
「私は、なんでも知っているわけではない。今の時代のあれこれにはとりわけうとい。今の魔法布がどれくらいの質なのかも、私は知らないままだから」
私の技術など、爪の先程度の技術かもしれない、とアフ・アリスは言った。
「でも、それでセトさんの命を守りやすくなるなら、やってみたらどうだろう」
「そんな出しゃばりをしていいのだろうカ」
「セトさんなら、すごいな、って言ってくれておしまいだと思う」
私が、今日感じたセトさんの印象を言うと、アフ・アリスはかすかに笑った。
「私も、セトならそんな事を言って深く考えない気がするな」
「じゃあ、セトさんに話して、材料を買ってもらおうよ」
まだ店は色々開いているでしょう、と言ってアフ・アリスの袖を引くと、彼はそれに素直についてきた。
そして延々と修理工の男の人に怒られて、すっかりふてた顔のセトさんは、フィロさんにぶうぶうと言っていた。
「俺そんなに命捨ててねえっての」
「他人が見たら捨てているようにとらえられるだろう」
「フィロまで言うのかよ!! 俺の速さについていける魔性なんて滅多にいないだろ? だから軽いのが一番だってのに。軽いと強度が足りないとか、ああだこうだと」
「俺はお前に死んでほしくないから、おせっかいでも言わせてもらうぞ。お前の速さは目を見張るものだが、打撃の強い魔性に打ちのめされた時、お前の装備では命を守れない時もあるという話だ。だから修理工マリオもああやってお前に対して、意見を言うんだ」
「……ギザさん、セトさんってそんなに早いんですか?」
彼等の会話を後ろで聞きつつ、ギザさんに聞くと、彼女は頷いた。
「驚くべき速さよ。あれだけ速く動く盗賊ってのも滅多にいないと言われるくらい。だから他の盗賊と組むと、あの速さに馴れているととろいって思っちゃうわ」
「それだけ速さに特化しているなら、余計に重量のある物を嫌うのだロう」
「ええ、セトは重い荷物が大っ嫌い。装備も軽さを一番にしてて……だから身の守りが一番低くて、それなのに前に出て私を庇ったり、フィロの援護射撃に回るものだから、私たちの中で一番、怪我が酷くなるのよね」
ギザさんは呆れ半分、心配半分っていう風にそう言った。
それを聞いていたアフ・アリスは、そうか、と小さく言って、のそのそとセトさん達に近付いて、軽い魔法布だったら自作できる、という話を持ち掛けて、ぱあっと明るくなった顔で、セトさんがひっついていたフィロさんから、アフ・アリスに飛びついた。
「お前すっげえな!! こんなにすっげえやつを加入出来て、俺は付いてるぜ!!」
「あんたの作る魔法布って、専用の染料とかがあんまりいらないんだな」
「……そうだろうカ? 色々買わせてもらってイるだろう」
「俺たちの知っている魔法布の材料と、ずいぶん違うから、セトが言っているわけだ」
それから、夜市でアフ・アリスは色々な材料を買って、セトさんは手持ちの衣装の中で、一番体を覆う衣装を魔法布にする事にしたみたいだった。
確かに、どうせなら全身を守るものを魔法布にした方がいいだろう。
「私の作ルものは、職人の品とは質も違うだろうが……ないよりいいだろう? 私は仲間に死んでほしクない。そのために、出来るこトをするのは当たり前だ」
「あんた無償の情っって感じがする男だな……だから墓守なんてやってられたんだろうけどよ」
セトさんは買い込んだ材料で、さっそく作業を始めるアフ・アリスに、いまいち理解できない、という声で言った。
「作る手順は同ジだ、だからフィロも、ギザも、作るから鎧の下に着る物、ローブの下に着る物を出してクれ」
アフ・アリスは穏やかな声でそう言い、彼等の持ってきた衣類を染料の入った鍋に沈めた。
そこに、花屋で買い求めた、大して珍しくもない、とギザさんが言う花を数本沈めて煮込んで……ぶつぶつと言葉を唱えていた。
それから、別の花を千切って入れて……それらはやっぱり、魔法布を作る手順には見えなくて。
「気休め程度に丈夫になるだけかもな、でも軽きゃありがたいわ」
とセトさんに言われるくらい、特別感のない作業だった。
そして染めた衣類を暖炉の火の中に放り込んで……流石に燃える、と思って皆止めたけれど、数分後炎の色が変わってから取り出された衣類は、どれも無事だった。
「まさか耐火布になるのか? あれだけで?」
フィロさんが信じられないっていう顔で言ったけれど、アフ・アリスはこう言った。
「私の知る魔法布ハ、そういう物ダ。今どきの魔法布は違うノだろうか」
「……耐火性の高い布は、高額だ」
「そう、カ……私は世間知らずダな」
「でも俺らのためだろ? ありがてえよ」
そういって、その日は遅くなったから、他の三人は寝る事にしたみたいで、アフ・アリスの作業を見守っているのは私だけになった。
「ああ、ジルダ。手が空いていたら」
作業をじっと見ているだけの私にアフ・アリスは柔らかい声で頼んでくる。
「その茶色の糸を、服の袖や裾に一周回しテ欲しい。どうにも、裁縫は下手なんだ」
「あ、いいよ」
それ位の裁縫はいくら何でもできるから、言われた通りに、私はせっせと染めた衣類の裾という裾に、刺繍糸くらい太い茶色の糸を、一周させたのだった。
「これは、実は細かい方が、守りガ強い」
だからそれだけは技術で変わる、とアフ・アリス恥ずかしそうに言ったのだった。




