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三話

いや、知らない。ヘリオスの聖剣が、私の心臓じゃないって話も聞かない。

なのに、どうして……私は怖くなって自分の胸を探った。

どくどくと、早鐘を打っている心臓の鼓動が聞こえる。心臓が、ここにある。

じゃあ……ヘリオスが持っている黄金の神剣は、一体何なんなのだろう……

私は何も考えられそうになかった。尼僧も、私がとても疲れているのだと思ったのか、それ以上会話をせずに、医術神官が後で来る、と伝えて去って行った。

垂れ幕の寝台の中に残された私は、そのまま寝台に倒れ込んで、なんだかな……と思った。

聖剣が折れたら、砕けたら、鞘は死ぬのは常識だ。

だから、一度破壊された事で、皆が鞘のジーナが死んだと思うのは仕方がない。

でも……死体を探したりしないのだろうか。だって勇者を救った神剣を、命がけで作り出した女性というわけだろうに。

……もしかして、今、魔王の居城の落下地点では、懸命な捜索活動がされているのだろうか。

でも……果たして、私が生きていると知らせて、混乱しない事ってあるだろうか。

死んでいなくちゃおかしい鞘が、生きている。

相当あたりを混乱させる事に違いなくって。そうまでして、生きていると知らせる考えは、どうしてか生まれない。

生きていたら、ヘリオスの仲間たちと、変な揉め事になる未来しかないからだ。

私が生きていたら、ヘリオスの結婚相手は間違いなく私に確定する。聖剣の鞘と勇者はそれだけ深いつながりを持つと言われているのだ。

そうなったら、ヘリオスを愛している三人の美女たちにとって面白くない。というか、認められない事になる。

ヘリオスの目の届かない場所で、私をどうにかしないとも、あの最後の会話を思い出すと否定できないのだ。

女性の嫉妬とか女のバチバチとかは、関わると本当に恐ろしい物なのだ……関わりたくない。

そこで、寝台の柔らかさにほっとしつつ、私はやりたい事を考えた。

今まで、聖剣の強化のために訓練しかしてこなかった半生だ。やりたい事とか、したい事とか、考えた事がない。

人生の自由があると、思っても来なかった。

しかし、死んだという事になっている今、私は何かを選び取れる。

それはとても新鮮な感覚で、何をしよう、という空想だって自由だ。

今までは、空想なんて事をしたら、気を抜くな、と木剣で思いっきり打ち据えられてきたから、ここまで自由な夢想をする、というのは本当に初めてだった。

……ヘリオスは、そりゃあ、好きだった。大事だったし、笑顔を守りたいと思った。

結婚相手になると聞かされて、こんな素敵な人と結婚できるなんて嬉しいって思った過去も本物だ。

それも、嫉妬渦巻く彼の仲間たちと対面するまでの事。

私の愛は本物じゃなかったみたいで、嫉妬する仲間たちに色々言われて、ぶつぶつ皮肉られて、積もり積もるささやかな嫌がらせを受けて、それでも貫こうと思えるものじゃなかった。

身を引いて、とか相応しくない、とか言われて、強く反論しなかったの、そこまで強い熱量の感情ではなかったから。

でも自分から、結婚しないとは言えなかった。勇者と聖剣の鞘の結婚はもはや常識で、鞘が嫌だと言ったから、別の女性と勇者が結婚するとか、あり得ないって思われる事だったのだ。

逆を言えば、私が死んだ事になって、こっそり身を引けば、女の争いから逃げられる。

そう考えると、死んだ事になったのは、私にとって幸運だったかも、という事に気付いた。

死んだ事になって、新しい人生を始められるのかもしれない。

ダズエルで、魔王の居城でひどい目に遭って、行くあても何もない女の人という立ち位置になれば、仕事とか住むところとか、都合してくれる気がする。

そっちになろうか……と私は意識を切り替えて、聖剣の鞘という重石がなくなった軽さもあってか、目を閉じたらそのまま、寝入ってしまった。





何やら外が騒がしい。私はその騒がしさで早朝に目を覚ました。

目をこすって、体を起き上がらせると、訓練で培った頑丈さとか強靭さとか、そういうのの賜物か、体はすんなりと起き上がった。ちょっと訓練に感謝した。

起き上がってそのまま立ち上がった私は、窓に近付いて外を見た。騒がしいのは窓の外で、窓の外では、町の子供たちが鎖につないで、驚くべき相手を引っ張っていたためだった。


「……うそ」


折り紙付きの回復力の私の喉は、驚きすぎて、うまく言葉を繋げられなかった。

その光景はそれだけ驚くもので、子供たちが引っ張っているのは、魔王のしもべだった。

魔王のしもべは、皆一様に目出し帽を被っていて、どのしもべもとても強い。子供が引っ張って歩ける相手ではない。しかし目の前の光景はそれを裏返す。

魔王のしもべはのろのろと歩き、だが子供たちに当たる事を危惧してか、何かをぶつけられたり浴びせられたりしてはいない。

ただ、皆の視線は棘があるし、殺意がある人も多い。

私は、その魔王のしもべに、はっきり言って見覚えがあった。

その魔王のしもべは、見間違いじゃなければ、私が最後、秘薬と取引して、なんとか勇者援軍の方に行かないようにした、あの緑の眼の魔王のしもべだった。

子供なんて、素手でも一瞬で殺せる強さの、この町にいる戦士たちではどんなに装備をしっかりしても勝てない相手が、のろのろと、子供の速度に合わせて、歩いている……

どういう事を意味しているのだろう。

私が黙って見下ろしていた時だった。

視線なんていくらでも浴びているから、私の視線何てささやかだっただろうに、魔王のしもべはこっちに気が付いたように、こちらを見た。

ほんの一瞬だけ、視線が交わったような気がしたけれど、それも気のせいに違いなかった。


「ああ! 無茶をして立ってはいけません!!」


そこで、私は昨日の尼僧が様子を見に来たのに見つかって、結構長く無理をしちゃだめ、と怒られて、やっと医療神官の人に診察される事になった。

医療神官の人は、平気な顔で座っている私を見て、脈を測ったり瞼の裏を見たりしたけれど、はっきりとこう言った。


「見事な頑丈さですね! 蓄積された疲労以外は健康体です! ……ただ、申し訳ありませんが、その体中の火傷の跡は、治りません……ご存知かもしれませんが、火傷はそれを受けてから十六時間以内に治療をしなければ、痕になってしまうので……」


私の発見が遅れた事を、医療神官の人は申し訳なさそうに謝ってきたけれど、発見してもらえただけ運がいいと思う。


「気にしないでください。これだけ大火傷を負って、生きているだけ儲けものです」


「そうですか、そう言っていただけるとうれしいです。あ。体が痛いとか、苦しいとか、そういうのがありましたら、すぐに! すぐに医療院に来てくださいね? 魔王の居城の影響が、ないとは言い切れませんから」


「はい、ありがとうございます」


魔王の居城の影響とか、ないとは言い切れないだろう。私は今、魔王の居城で美姫たちの世話をしていた女性の一人、と数えられている状態なのだから。

それにしても、私はどうしても気になるため、問いかけた。


「あの、窓から先ほど、魔王のしもべを、子供たちが鎖で引っ張っているのが見えたのですが……危険では……」


私の考える事は当たり前だろう。魔王のしもべはどのしもべもとても強く、そして魔王の居城で、魔王の前に最後に立っていた関門のしもべは、それらを大きく上回る強さだったのだから。

知っているからこそ、余計に子供たちに危険が及ぶのでは、と思ってしまったが、医療神官の人の脇に立っていた、看護神官の人が教えてくれた。


「あの魔王のしもべは、子供たちが近くの洞窟で見つけたのですよ。魔王の消滅した今、弱っているのか、子供でも簡単にとらえられたので、子供たちがとらえてきたらしいです」


そんなに弱体化するものなのだろうか? しかし実際に、魔王のしもべは子供たちに抵抗も出来ずに、大人しく鎖につながれて道を進んでいた。

弱体化したって事なんだろうな……と納得するほかない。

私はそこで、少し考えてから医療神官の人に問いかけた。


「私、行くあても何もなくなってしまったんです……この町で頼れる機関とかはありませんか?」


嘘は一個も言っていない。死んだ事になった以上、行くあても帰るあても頼れるあてもなくなった。この町で頼れる何かが知りたいというのは、いわばもっともな発言でしかない。

私の困った顔を見て、医療神官の人は、少し考えた後に、こう言った。


「町の役場の方で何か、力になれるかもしれません。今は皆、魔王の消滅に浮かれ騒ぎ、ちょっとした事は放置されがちですがね」


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