一話
ギルドの本部は大賑わいと言った状態だった。私にはそれが、普通の事なのかそれとも、このギルドがとても人気のギルドだからこう言う風なのか、いまいち見当がつかなかった。
いかんせん私の人生の結構な時間を、神殿での訓練に費やしていたから、こう言った場所に行く事なんて、なかったのだ。
それに訓練が終わったと思えば、もう、ヘリオスとともに魔王討伐の長旅が始まって、その道中でギルドに入る事なんて、なかった。
そのため私は、間違いなくギルド初心者と言っていいだろう。
そのせいか、あっちこっちを見回してしまう。
壁の一角に大量に貼り付けられた受注書。素材とか材料とかを換金している換金所。
お金を預ける銀行。人々の情報収集のために設けられていそうな、テーブルとイスがたくさんある場所。そこの角では厨房があり、ここで食事をする人も多そうだ。
依頼によっては怪我も多いからか、救護室もある様子だし、無論依頼の手続きなどをする受付もたくさん人が座っている。
ううん、はじめてみる場所だからか、すごいとしか言いようがない気がする。
「まさかあんたもギルドに入るのは初めてか。そっちの墓守はまだわかるんだが」
私があんまりにもまじまじといろんなものを見まわしているからか、セトさんがそう問いかけて来る。それに頷いて答えた。
セトからセトさんに呼び名が変わったのは、単純に彼の方が三つも年上だったから。
私はあまり、他人になれなれしい喋り方ができないのだ。主に神殿での暴力的な訓練の結果。何か言って、それが相手の気に食わなかった場合の、鞭打ちとか辛かったな。
「ギルドってものがないくらい、小さな村の出身で……そのあと魔王討伐の余波とかで、色々あって、やっと落ち着いた感じなので」
これを聞くと、セトさんが納得したように言った。
「あんたも、魔王討伐のから数か月後に頻発するようになった、魔性の襲来で故郷を失った口なんだな。そっちのフィロも、ギザも、出稼ぎにでかい街に来て、仕送りしまくってたのに、故郷廃墟になっちまった口だぜ」
「……そう、なんですか……」
私は剣士さんと術者さんの故郷が、そんな事になったという事実に、驚きしかない。
やっぱりダズエルで聞いていたように、各地で魔性の襲来が起きて、たくさんの村や町が無くなっているんだ。
……あの牛の魔人は、魔王が死んだ後、覇権争いのためにそうなったと言っていたけれども、それを伝えていい物か、わからなかった。
「気にしなくていい。家族は何とか大きな街に逃げ切って、今、商売を再建している真っ最中なんだ」
「うちも似たような物よ。ぎりっぎりで王国の軍隊が間に合って、救助されたの。でも町はもうだめだったわ。生きている人間の数よりも、死んだ人間の数の方が、上回りすぎているくらい、魔性どもは町の人を殺しまわったそうだから」
剣士さんの名前はフィロさん。そして術者さんはギザさんというらしい。そう言えば、自己紹介らしいものをちゃんとしてなかったな、とそこで思い至った。
「うちの母親、人が死にまくったから心を病んじゃってね。ちゃんとした治療を受けさせるために、セトみたいなお金にがめついケチと組んでるのよ」
ギザさんが鼻を鳴らしてそう言うと、フィロさんが小声で言った。
「セトのお金大好きっぷりは普通のケチとまるで違うからな」
「へえ……」
「俺んち笑えねえほど貧乏だったんだ。そのくせガキが多くて、動ける奴は食い扶持を稼ぐってのが普通でさ。まあ俺みたいに、盗賊の職業がこんなになじむ奴も多くねえだろ」
セトさんの言い方もさらっとしていた。この感じだと、貧乏だったって事に対してのあれこれは持っていないんだろう。
ただ、お金にとても執着する考え方になったというだけで。
「さて、あんたらの登録だな。シルヴァ! 仲間が増えたんだ、登録させてくれよ」
セトさんはからっとした声でそう言って、受付で手が空いた人に呼び掛けた。
その人はシルヴァさんというらしい。彼はセトさんを見て、あからさまにげんなりした顔をしたのだ。
「セト、あんたのチームに入ってえらい目に合うギルドメンバーが何人いると思ってんだ。毎度毎度、あんたのチームがいつでも仲間を募集しているからって事、成績がそれなりだって事で加入する新人メンバーに、トラウマ植え付ける事ばかりしやがって」
「俺が悪いわけじゃねえだろ、俺はちゃんと、うちのチームはとんでもないぞって一番に説明してる」
……私達聞いてないんだけどな……それとも、私達というか、アフ・アリスのとんでもなさの方が上回ってそうだって事で、喋っていないのかもしれなかった。
私が疑いの目でセトさんを見ていると、彼を見たシルヴァさんがこっちを見た。
まず私みたいな、普通の女の子がいる事に何か考えた後、私のやや後ろにいるアフ・アリスを見て……目を見開く。
「おい、セト。漂泊の賢者でも連れてきたのか」
「本人曰く賢者じゃねえらしいぜ。古い墓守だったとか」
長い裾のウロボロス衣装をまとう効果が、そこに現れていたみたいで、もともと雰囲気が普通の人と違うアフ・アリスは、賢者とか勘違いされるみたいだ。
そして、墓守だというセトさんの言葉を聞いて、シルヴァさんが本気で言っているのか、と言いたそうに言う。
「古い墓守? 冗談じゃないぞ。そんな珍品連れて来て、揉め事が起きないと思っているのか」
「本人は起こす気ないから大丈夫だろ」
「……まあ、これ以上止める事は仕事上できないから、それでいいなら登録をするが。……そちらのお二人、こちらへ」
言われるがままに、私とアフ・アリスは受付に行く。
「こちらのチーム登録書に名前を。そうすればペンと登録書の魔力で、あなた方のギルド証が発行されます」
「へえ……」
「……」
そんなあっさりした方法なんだ、と感心しつつ、私は名前を書いた。アフ・アリスはしばしためらった後、シルヴァさんを見た。
「現代の文字ガ書けない場合ハ?」
「……あんた見た目若そうだけど、何歳なんだ」
「時ガ止まったよウな場所に長くいたから、経過時間は……数百年」
「まじもんの古い墓守だった。……まあ、あんたを現す文字なら、登録書は反応するから大丈夫」
「そうカ」
そう言われたアフ・アリスは、さらさらと流麗な模様に見える文字を、ペンで書いた。確かに、それは、どんな癖字とも違う文字で、現代の文字じゃないんだな、とわかるものがあった。
でも、それだったらどうして、新聞は読めたのだろう。
……読めるけど書けないだけかもしれない。そういう人はたまにいるし。
それにしても、セトさんが言ったように、訳ありの人も本当に広く受け入れるんだ、大きな街のギルドって。
だって、アフ・アリスが時が止まった場所で過ごしていた墓守って言う、とんでもない事を言っても、たいして気にも留めていないんだから。
事情がある人を広く受け入れる、それがギルドだってよく言われる話だけど、本当だったんだな、と改めて実感した。
そして名前を書いた後、シルヴァさんが後ろに置かれていた魔法道具をいじると、からんからんと二つのタブレッドが出て来る。
「……驚いたな、二人とも実力はあるのに無名なのか」




