十二話
そう言えば。私はある事実に気が付いてしまっていた。
それは、今まで誰も、アフ・アリスの眼の色とか髪の色とかで彼が、ウロボロスとの関係性を口に出さないっていう事実だった。
どうしてこんなにもあからさまなくらいに、はっきりとした色たちなのに、皆それを口に出さないんだろうか。
普通に考えて、彼がウロボロスの血をひいているって分かるだろうし、それがわかれば、彼がこのウロボロスの宝箱を開けられるって、納得できるはずだ。
こんなざわざわとどよめいて、あり得ない、なんて顔をして、まるで怪物でも見ているみたいな、理解しがたいものをみている目で見てこないだろう。
……まさか、皆、目の色とか髪の色とか、わからないって事なの?
いいや、逆なのかも。私だけ、彼の髪が黒くて、瞳が緑色に見えるっていう、変な状態なのかもしれない。
私の心臓一度壊れているし……魔王討伐の時に頭がおかしくなるくらいの激痛っていうのを何度も体感しているし、疑うべきは皆の頭の中じゃなくて、私の頭の中の方かもしれなかった。
そんな事をぐるぐると考える間に、このウロボロスの宝箱を所有している大金持ちの商人さんが、すごい勢いで馬車を走らせて、馬車の扉を騒々しく開けて駆けてきた。
「開いたのか!! 今まで誰がどうやっても開かなった幻の宝箱が!!」
商人の男の人は、恰幅のいい、いかにも贅沢な食べ物をたくさん食べていそうな、顔の色つやのいい人だった。
彼は目を輝かせて、興奮で汗をかきながら、私達を少し押しのけて、宝箱の中身を持ち上げた。
「おお、これがウロボロスの宝……は?」
中身を広げて、それが何なのかを認識したとたん、商人さんは怪訝な声を上げた。
私も、彼が広げたものを見て、拍子抜けしたのは否めなかった。
だって。
「……服?」
宝箱の中に入っていたのは、白地に黒に近い藍色の刺繍がされている事が特徴的な、はっきり言ってそれ位しか特徴のない、平凡な形の服だったのだ。
刺繍は複雑かもしれないけれど、ううん……これ位の刺繍だったら、刺繍の得意な地域の農村で、見ることもありそうな、超絶技巧とかそんなのは全くない感じの物だったのだ。
何というか……これは、衣装をより丈夫にするための刺繍では? と言いたくなる雰囲気の刺繍である。
こんなのだけ? と周りで見ていた人たちもざわめいているし、商人の人はそれを広げて、やっぱり目利きだろうに、特筆するべき価値もない、と判断したのか、その服を投げ捨てて、次の物を手に取って……こっちも布地……衣装だった。
この衣装は、色が赤かった。桃色系の赤さで、それに黒とか緑とか黄色とかの刺繍が入っている物で、なんかそんな服どこかの村で見たかもしれない、と長旅を続けた経験のある私でも思う感じだった。
商人さんの眼は見開かれ、また中身を取り出す。それはやっぱりそこまで貴重品に見えないサンダルで……最後に出てきたのは、長剣だった。
やっと値打ちものが出てきたって思ったのに、商人はその長剣の鍔にはまっている宝石を睨んで、大声で怒鳴ったのだ。
「宝石の屑石どころか、これはガラスじゃないか!! 何なんだこの宝箱は!! 素晴らしい宝物など何一つ入っていないじゃないか!!」
かんかんに怒っている。確かにこんな変哲もない物ばっかり入っていると思うと、それを何年も開けたかった彼からすれば、怒り狂う物ばっかりだったんだろう。
「お前たち!! こっちの開けた奴らが貴重品を盗んだとかはないか!!」
「ちょ!! そんな疑わないでくださいよ!? 皆私達が宝箱の中身を触ってないって見てます!!」
商人さんは現実を認めたくなくて、そんな事を怒鳴った。
それを慌ててすぐに否定すると、見張りの人たちも頷いた。
「彼等は開けただけです、旦那様……」
「そんなわけがあるか!! これはウロボロスの宝箱だったんだぞ!! 他の宝箱の中には、宝石で飾られた宝石箱や、素晴らしい首飾り、超絶技巧の花嫁のヴェールなどが入っていたと聞いているのに!!」
「……おどろイた。何も知ラないのか」
怒りのあまり頭から湯気が出てきそうな商人さんを見て、アフ・アリスが不思議そうにそう言った。
そのため、商人さんは怒りの矛先がアフ・アリスに向いたらしい。
「何も知らないとはどういう事を言っているんだ!! これのどこがウロボロスの宝箱なんだ!! 偽物を掴まされただけじゃないか!! 祖父が大金をはたいて手に入れたというのに!!」
怒鳴り散らす商人さんの迫力はなかなかだったけれど、アフ・アリスは平気そうで、頬を指でこすった後、宝箱を指さした。
「それハ、嫁入リ道具だ」
「……は?」
「赤イのは嫁に行った後ノ普段着で、白いのハ旦那の普段着として、花嫁が婚約が決まってから一番に仕立てるモノ。そのサンダルは旦那を喜ブ嫁親族が送る縁起物。中規模の村ナら値打ちモノだ。……いらないなら、白い服をもらいたい。それは丈夫で知られた地域の布地とかなんだ」
「……」
「……」
「…………」
アフ・アリスが慎重に発音して、何とか普通に聞こえそうな声で喋った中身に、皆黙っている。
私も呆気にとられていた。まさかそんな解説がやってくるとは思わなかった。
さらにアフ・アリスが放り投げられていた長剣を拾い上げる。
そしてそれを軽く振った。
途端だ。
長剣の鍔に幾つもつけられていたガラス玉が次々瞬いて、長剣の刃に、ばりばりばり、と電が走ったのだ。
「いい剣だ。状態ガいい」
「は……? 魔法剣は……貴重な鉱物を使わなければ……作れない……はず……」
商人さんはそういうのには詳しいんだろう。魔法剣は超が付く高級な剣で、その最上位になればぎりぎり、聖剣じゃなくても魔性を切り飛ばせると言われている品だ。
「第一……電を宿す魔法剣は……現在では採掘不可能な貴重過ぎる鉱物を使わなければ……電の力を宿せないと……だからウロボロスの消失とともに消えたと……」
口をぱくぱくと開いたり閉じたりした後、商人さんはあえぐようにそう言って、アフ・アリスを見た。
「どういう事なんだ!? ガラス玉が付いているだけの長剣がどうして、電を宿せる!?」
「そもソモ論だが……ウロボロスの国は、ガラスを重んじた国だぞ。永遠の蛇を祭ったあの国ハ、砕けてもとかせば再生するガラスを、神のあたえたもうた素材とした。ダカラ特別な剣や盾、道具には惜しみなくガラスを使ッた。宝石にはアマリ価値を見出さない国だった。だから一番特別な力ハ、ガラスに宿した」
「だからガラスに電の力が宿るのか……?」
「手順はシラナい。だがそういう工房は幾つもあったとキク」
ぶんぶんと機嫌よさそうに、長剣を振るアフ・アリス。そのたびにばりばりと電が剣を取り巻いている。
「コレは、祭祀に使われた儀式剣でもアリ、有事の時ニは家族と村を守る戦士ノ剣だったのダロウ」
だから仕舞われるまでも大事に扱われていたから、今までこんな状態のいいままだったんだろう、とあっけらかんと語るアフ・アリスに、皆呆然としている。
だって……そんな話、今まで誰も、聞いた事がないのだ。
数多の町を旅した私も、そんなすごい話は聞かなかった。
商人さんだって聞いた事がないんだろう。
血の気が引いた顔で、アフ・アリスが何者なのかと見つめている。
「剣はいらナい。宝箱の中ミで一番いい物ハ、持ち主に」
そう言って、執着も何もない、という調子でアフ・アリスが商人さんに、電を宿す長剣を差し出した。
「こっちの服ガいい。さっきカラ胸が窮屈だ」
アフ・アリスはそう言って、商人さんが放り投げた白い衣装を広げて、ばさっと頭からかぶった。
きつくないのかな、と思っていると、服は主の体の大きさに合わせるように伸びて……違和感なく、着られたのだ。
「この刺繍の作り手は腕がイイ」
機嫌よさそうに、いい物をもらった、みたいな言い方で言うアフ・アリスを見て、商人さんが赤い衣装の方を指さす。
「これには何か特殊な力は?」
「着る相手にちょうどよく伸びる。それと……ソレは冬デモ暖かく、着る相手を凍えさせない祈りが入っているハズだ」
「珍品じゃないか!!」
商人さんはそう叫び、赤い衣装の方を慌てて抱き込んだ。
確かに聞くだけでもかなりの珍品にしか思えなかった。着る相手にあわせて伸びる衣装ってだけでも相当なのに、さらに冬に着る相手を凍えさせない祈りとか……ここ数百年の中で、そんな高性能な衣装は発表された事がないはずである。
「ああ、ソウダ」
おまけのように、アフ・アリスは付け加えた。
「貴金属がイイなラ、白く塗られた宝箱デ、スズラン模様の鉄の飾りを探すトいい」
「なんで?」
私が突っ込むと、当然の常識を語る声で、アフ・アリスは告げた。
「ウロボロスの都市の中で最高の彫金都市ノ旗ハすずらんだ」




