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最強硬度の聖剣の鞘は、死んだ事にされてしまった! 処刑される魔王のしもべと偽りの友情を結びました。  作者: 家具付
第二部後編 分割版

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十話

「あんたら大変だったんだな」


「まあ、そうですよね……」


ここは東の大街道。そのもっと詳しい位置を言うと、ダズエルを南下していき、数えて二つ目の町、イニシエルを目指す街道だ。

私はうつむいたまま何もしゃべろうとしない、アフ・アリスを横目で見ながら、話しかけて来てくれている、いま私たちを一緒に乗せてくれている幌馬車の商人に答える。


「私もあんたらが、あんまりにも装備が乏しい状態で現れるもんだから、魔性が化けたんじゃないかって疑ったが、そんなの聖水を頭からかければ、一発でそうじゃないって分かるのに。あんたら魔性と勘違いされて、苦労したな」


「それは事実ですね……聖水をかければ、だいたいの魔性は激痛にのたうち回ると聞きますし、聖水の中でも、特に貴重な王都の聖水を使えば、魔王の結界を剥せるとまで言われているくらいですから」


頭からそれらをかければ、間違いなく、私達……アフ・アリスはどうだかわからないけれど、私がただの人間である事は証明できただろう。

それをしなかったリリーシャさん達は、間違いなく私を殺すつもりでいたという事実を、また明白にしてしまい、そんなに嫌われる事を、果たして私はしたのだろうかと考える時もある。

それだけの殺意を抱くほど、ヘリオスの婚約者の肩書は、彼女たちにとって憎悪の対象だったのだという現実も、また実感してしまう。

……でも、話し合えれば、私がヘリオスの婚約者という立ち位置を、もう喜んで受け入れてはいないと、直ぐに分かっただろうし、立場を交換して、と言えただろう。

勇者とその聖剣の鞘は、深く断ち切りがたいつながりがあると皆言うけれど、私とヘリオスの間にそんな重たくて強くて綺麗な物は存在していなかったと思う。

私は、ヘリオスが倒れれば、私も死ぬし、皆死ぬから、絶対にヘリオスが死なないようにしなくちゃいけなくって、そのために自分にできる事は何だってやった。

でもそれだけで、他の仲間たちの方が、献身的だったし、ヘリオスを愛していたし、思っていたはずである。

聖剣の鞘の方が思いだけ負けない、なんて言う物語もあるけれど、私の抱えていた思いと、彼女たちの思いを比べたら、圧倒的に彼女たちの思いの方が大きかったと思うし。


「王都の聖水は、古の……そうだ、古代の帝国、ウロボロスが栄えていた事から湧き出ていた、王都に魔性を一切合切近寄せない、強力なものだと聞くしなあ、それを使ってやれば、間違いなくあんたらが、悪しきものじゃないって、皆わかっただろうに。まあダズエルは聖水が湧かない都市だし、用意も出来なかったんだろうなあ」


商人さんはそう言いつつ、ちらちらとアフ・アリスを見ている。

彼の好奇心は間違いなく、古代ウロボロス帝国の純血を示す、アフ・アリスの持つ色彩に向っている。

アフ・アリスは黙ったまま、首を傾けて、足元をじっと見ている。ちなみに、まだ皮の腰巻だけだし、上半身はむき出しだし、見るだけで寒そう、と思う人も一定数いそうな身なりだ。


「お嬢ちゃんは話してくれるのに、連れの色男はだんまりだな。よっぽど喋るのが嫌いなのかい」


「……発音が、へたくそだから、あまりしゃべりたくないそうです」


「そっか。発音がへたくそなのは……極北の人かい。あっちは寒さで口が動かなくなるから、こっちと発音がえらく変わっているっていうし、実際極北の人と商売する時、通訳が欲しくなるもんな」


幌馬車はそんな会話をしつつ、軽快に進んでいく。さっさとダズエルじゃない町に入って、アフ・アリスの人目を集めてしまう半裸状態をどうにかしたかった私は、幌馬車が通りがかる時に手を振って、乗せてほしいとお願いしたのだ。

ちなみに、追剥に遭遇して、命からがら逃げてきたから、色々持っていないのだ、という適当だけれどありふれた言い訳を使用している。


「でも、お嬢ちゃんたちが乗ってから、いっぺんも低級魔性すら近寄らないから、あんたら魔除けとしては効果抜群なんだね」


「私よりも、連れが強すぎるから、魔性は近寄らないんですよ。魔性は自分より強い相手を、鋭敏な感覚で察知しますから、明らかに自分達が死ぬとわかっている相手の前には表れないんです」


「確かに、そのがっしりした筋肉の乗った体を見るに、相当強いだろうってのは理解できるけれど、霊魂系の魔性は、そんなの関係なく普通襲ってくるだろう?」


「うーん……」


商人のいう事も事実で、私が言っている事も事実だ。私は今までの旅の経験から、魔性は自分よりも強い相手に近寄ってこないし、襲ってこないと知っている。

だから、アフ・アリス程の強さの……元最強の魔王のしもべ……の相手には、命が惜しくて近寄ってこないと思う。

でも、霊魂系と言われている、一度死んでから蘇った魔性たちは、一度死んでいるから、そういうのが関係なくなるのか、ふらふらと寄ってくるし、襲い掛かって来る。

そんな霊魂系も、アフ・アリスと一緒に幌馬車に乗っている間に、一度も近付いてこない。

それってどういう事なんだろう、と思いつつ、アフ・アリスを横で見ていると、彼は視線を返してくる。重なった荒んだ歳月を感じさせるのに、穏やかに落ち着いた瞳を。


「どういう仕組みなのかは……私も連れも、わからないですね」


「だよなあ、魔性のすべてを、人間が分かっているわけないもんな! でもおかげで、襲われる心配が少なく移動できるから、私は助かっているよ」


商人はそう言い、幌馬車を進めていく。地図で見た時や、旅で歩いた時の計算で行くなら、そろそろイニシエルに到着する。

イニシエルは、魔性の侵略におびえていないだろうか。

……イニシエルは古い町だ。確か湧き出る聖水を吸い込んだ、聖樹がいくつも町に生えていて、それが魔性の進軍を阻んでいると、前は聞いた気がする。

その聖樹の力で、今も穏やかにあるのだろうか……

実際に見ていないから何とも言えないけれども。

アフ・アリスは商人が前を見て、馬を動かしているから、視線を持ち上げている。

私は彼の、伸ばされ放題の髪の毛をどこかで整えたいし、衣類を上げたい。

一緒に逃げている相手が、半裸でぼさぼさの頭だと、間違いなく人々の記憶に残りすぎて、足がついてしまう。

そんなのはごめんだし、死にたくないし、私は落ち着いて暮らしたいのだ。

魔王が倒されて、結果的に魔性の軍勢が町という町を襲い始めて、世界は一層恐ろしい状況に進んでいるけれど、私はもう、ヘリオスの聖剣じゃないし……神剣になったならきっと私との接続切れてそうだし……戦うのも戦いに付き合うのも、命がけのやり取りをするのもごめんだ。

ダズエルで、命を懸けてヘリオスを庇ったのに、魔性扱いでひどい目にあったせいか、私の考え方はちょっと変わってきている。

前までだったら、ヘリオスと一緒に、終わらない戦いに身を投じて、それに終焉を迎えさせたいと思っていたはずなのに、仲間と思っていた相手達に、面と向かって裏切られると、それ位考えも変わっちゃうものなんだろう。

前を見ていると、視界に入ってくるくらい、イニシエルの外壁が見えてきた。

イニシエルの外壁は、何段にもなっていて、奥の方に行くに従い、上流階級が生活する場所になっている。

そして、とある特別な物がイニシエルにはあるのだ。

それはとても有名で、知らないで街道を進む人なんていないんじゃないかって位の貴重な物でもある。

その貴重な物が分布する地図が売られているくらいだし、名物になっているそれを一目見て、触ってみようと、数多のもの好きがイニシエルも目指すくらいなのだ。


「……ウロボロスの宝箱」


私はぼそりと、前の旅では一切触れられなかったし、見る事も出来なかった、その珍しい物の名前を口にした。

それを聞き、アフ・アリスの耳がぴくりと動き、視線がこっちを向く。


「ああ、アフ・アリスはよく知らない? イニシエルには、古代帝国ウロボロスの、空かない宝箱があるんだよ。誰も開け方を知らなくて、開けようとしても開かないっていうもの。ウロボロスの関係者じゃなかったら、開けられないだろうって言われているんだ」


「……そうカ」


答えはそれで十分だったんだろう。アフ・アリスはそう言い、小さな声で続けた。


「すこシ見てミタイ」


「じゃあ、町に着いたら、広場に行こう。広場で屋根付きの場所があって、そこに置かれているんだよ。開けた人と、宝箱の持ち主で、中身を半分に分けるっていうおまけつきで」


古代帝国ウロボロスは、時代の流れで滅んでしまったけれど、その住人達が、貴重なものを宝箱に詰めて、数多の国の数多の町に逃げて行ったと言われている。

そして住人たちが死んだ後、開けられる人は誰もいなくなり、宝箱の中に何が入っているのかは、誰も知らないで、時だけが流れている、伝説の物だ。

開けて中身を見て見たいと思う好奇心は、私にだってもちろんあるけれど、開けられるとは思わない。

誰も開けられなかった物を、開けられる気がしないからだ。


「そろそろ門につくから、あんたらも手続きをしてくれ」


「分かった。アフ・アリス、降りよう。商人さん、どうもありがとう、おかげでとっても助かった!」


「私の方が助けてもらっていたかもしれないよ。なにせあの街道を進んで、あんたたちを乗せた後、一度も魔性に出くわさなかったんだからな! もしもさらに南下していくんだったら、乗ってくれないかい?」


「うーん、そこまでの予定はまだ立ててないの。とりあえず、まともな見た目になりたいし」


「はっはっは、違いない!」


半裸の男に、汚れ切った訳ありの衣類の女が言うのはもっともな台詞で、商人さんは先に進んで、門番に手続きをして、入って行った。

私も旅人たちの後ろに並んで、彼等を不思議そうに見回しているアフ・アリスが、どっかに引っ張られていかないように手を掴み、門番の前に立つ。


「あんたら凄い格好だな、追剥の被害にあったのかい」


私達の見た目があまりにもあんまりだから、門番の人が先にそう言ってくれた。

おかげで話が通しやすい。


「そうなの、追剥に会って、なんとか逃げて、商人の人に途中まで乗せてもらっていたの。入る事は出来るよね?」


「ああ、もちろ……」


門番の人が頷き、私から、アフ・アリスへ視線をやり……ものの見事に固まった。

アフ・アリスが常識的に考えて、整い過ぎた男だからだろう。あまりにも美しい顔立ちと、明らかに戦い慣れした肉体と。

それから、敵意のない穏やかな翠の瞳。

こう言った外見から判断して、アフ・アリスは男女関係なく、目を奪う男なのだ。


「……あんちゃん、よく追剥につかまって、売り飛ばされなくて済んだな」


「……」


自分でもそう思う、と言いたそうな顔をして、アフ・アリスは頷いた。門番の人はそれから、私達に、聖水の入ったたらいに手を浸すように促し、それに従って、魔性じゃないと示して、私達は無事にイニシエルの町中に入る事が出来たのだった。

……そこで、私は、今更ながら、ある事実に思い至った。


「ダズエルの聖水じゃなくても、アフ・アリスは平気なんだね」


「聖水ハ、どこでも同ジだけ力がある」


「まあそっか……ダズエルで平気だったんだから、他の場所でも平気か」


つまりそれは、アフ・アリスが魔性ではないという事実を示している。

でも……数百年も魔王のしもべをやっていたのに、全く魔性じゃないって、それってあり得るんだろうか。

それとも、魔王が死んだから、魔性の呪縛から解き放たれているんだろうか。

ちょっと考えたけれど、まあ、どれにしても問題はないから、私は気にしない事にした。


「さて、どうするかな。イニシエルの寺院は……」


「寺院で何をスルんだ」


「身なりを整える。寺院だったら、寄付された衣類とかもあるし、追剥にあった可哀想な旅人が、身を清める場所も提供してくれるから」


それも寺院の一般的な役割だから、胸を張って言うと、アフ・アリスが感心したように言う。


「寺院モ仕事が増えタな」


「働く人間が増えているから、そうかもね」



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