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最強硬度の聖剣の鞘は、死んだ事にされてしまった! 処刑される魔王のしもべと偽りの友情を結びました。  作者: 家具付
第二部中編 全文掲載

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26/82

二部中編全文掲載

「立ってヘリオス!!」


二度と聞く事は叶わないと思っていた、途方もなく体に力を沸かせ、絶望を薙ぎ払う声が、その時に聞えた。

永遠に聞く事は叶わないと思っていた声だった。その声を聞けば、いついかなる絶望的な状況にあっても、起死回生の選択肢を取れるとまで思っていた、それだけ彼の体に力を沸かせ、耳元に甘く終焉の息を吹き付ける、死神を振り払うだけの気力を生み出す声が、確かに、ヘリオスの耳に届いたのだ。

ああ、彼女がまだあきらめていない。

ぼやけた意識の中で、彼はそんな事が頭の中に浮かび上がってくる。

そうだ、まだ、彼女が。彼女が立っている。

ヘリオスが想像もできないほどの激痛に、身をのたうち回らせたくなっても、立っている、あまりにもまばゆい彼女が、どんな時でも絶対に、諦めない彼女が、逃げの一手を打つ時だって、何が何でも、生きるという事をあきらめない彼女が、立っている。

ああ、立ち上がるだけの力を、いますぐに。

僕の魔力よ、今一度、この体を癒し、彼女の前に立ち、彼女を守るだけの力を。

牛の頭をした凶悪な魔人との、あらゆる意味での力の差で、どうしようもなく諦めかけていた心が、頭が、思考回路が、魂が、彼女の声を耳にした事で、諦めまいと吼え始める。

立つための力を、彼女の“勇者”に相応しいだけの根性を、今すぐに。

そう思っても、体を守る鎧も、盾も、兜も、そしてこれだけはと握りしめていた神剣も、手元にないせいか、回復の速度が恐ろしいほどのろまで、それでも立ち上がるだけの力がわいたならば、彼女の前に立ちはだかり、彼女に笑いかけるのだ。

何時だって、彼女が隣に並ぶにふさわしい勇者でありたくて、彼女が隣で笑うのにふさわしい男でありたくて、そうふるまい続けて、血で血を洗う戦いに身を投じているのだ。

だから、彼女が戦っているなら、絶対に僕は、倒れたまままんじりと死を待つなど、認めない。

体の中の魔力を急速に、回復に回していく。剛力極まりない牛の頭の魔人の攻撃の結果、いたるところの骨が粉砕していて、立ち上がるほどの回復が追い付かない。

それでも、それでも、それでも。

彼女がいるのならば、絶対に、絶対に、何が何でも、彼女だけを戦わせるなんて事はしない。

彼女はだって弱いのだ。彼女の心は勇者を上回るほど希望を捨てず、そして諦めが悪く、時にずる賢く、生き延びて起死回生の手段を探す、という事に特化しているけれども、肉体ばかりは、他の誰と比べても、ただの人間程度の弱さなのだ。

いくら彼女の心臓を、聖剣として取り出した結果、彼女の体が平凡依里は頑丈になったと言っても、それにも限度があるのだ。

ヘリオスという、勇者と比べたら、彼女はとにかくか弱いはずなのだ。

だから、だから。

彼女を守るための力を、今、神よ、与えてくれ。

ヘリオスは最大の速度で体を癒していく。元々それらに特化したわけではない勇者の回復速度は、願うほど早くないのだ。

それでも、ヘリオスは、立ち上がるために、力を尽くして、そして。


「哀れな恋する乙女、勇者とともに死んでもらおう!!」


立ってくれ、お願いだ!! 


彼女を守れない、彼女の盾にもなれない、いいや、彼女の性分を考えると、自分の盾になろうとしてしまう!

彼女を再び失うかもしれない、というその恐怖が、絶望が、はらわたを氷点下まで冷やすほどのおそろしさが、全身を包んだその時。

目を閉じて、回復に集中していたヘリオスでもわかるほどの、何者か、そう、とてつもなく強大な力を持っている何者かが、飛び出してきたのが、空気から伝わってきた。

そして殴打音が響き、何か重たい物が、思い切りよく吹っ飛ばされる音と、建物か何かに叩きつけられて、建物が崩落する音と、肉と骨がひしゃげる音に似た物が響き渡ったのだ。


だれが、ああ、ありがたい、彼女を助けてくれて、ありがとう。


それを言おうとしたのに、無茶な回復をしようとした結果、魔力が枯渇し、意識が急速に薄れていく。

待ってくれ、まだ、彼女をこの目に見ていない、彼女の笑う顔を見ていない、彼女のさしさす手を握っていない。

そういう思いに駆られたというのに、意識はぶつりと切れて、何も見えなくなり、何も考えられなくなり、真っ暗の闇の中に、ヘリオスの意識は落ちて行った。




「ヘリオス!」


夢を、見ていたのかもしれない。

ヘリオスは、ぼやけた意識で瞳を開き、自分を見つめる仲間たちを見やった。

そこに、生きていたら絶対にいるべき彼女の姿がない。


「……じー、なは」


ヘリオスがかすれた声で言うと、仲間たちは口を閉じた。顔がこわばっている。


「ねえ、夢でも見たの? ジーナはあなたに神剣を与えて、死んじゃったじゃない」


そう言ったのはシンディだった。彼女は、魔法使いという能力を駆使して、探索魔法を使って、ジーナの遺体を探してくれて、彼女の遺体がもはや回収不可能な程損傷しているという事を伝えてきた。

それを疑った事は、今まで一度もなかった。それほど彼女の探索魔法は正確無比で、そして嘘を言う理由がなかったと思って来たからだ。

それだというのに、どうしてこの現在、シンディの言葉が嘘めいたものに聞えているのか。


「ジーナの声が、した……」


「ジーナは死んだのですよ、ヘリオス様。魔王の居城の崩落に巻き込まれて、彼女は死んでしまったでしょう?」


痛ましい、と言わんばかりの声でリリーシャが、ヘリオスの手を優しく包み、心配しきりの顔で彼をの顔を覗き込み、そう伝えて来る。

だがヘリオスはその死を認められなくなっていた。


「彼女が、魔性から、時間を稼いで、くれた。彼女の声がして、彼女が来て、生かしてくれたんだ」


「そんな事はありえまないよ。ヘリオス。だってジーナの聖剣は一度、魔王との戦いで木っ端みじんになって、その後神剣として覚醒したじゃない。心臓が砕けたのに生きているなんて、あり得ないでしょ」


「しかし、あれは、ジーナの声だった。何時だって、力をくれる、強い声が……」


「ヘリオス様、私達の方をよく見てくださいな」


リリーシャがそう言い、ヘリオスはその顔を見る。リリーシャの、それはそれは美しい顔を、見た。

その顔を見ていると、だんだんと現実がはっきりとしてくる気がした。

そうなのだ。ジーナの聖剣は目の前で、魔王の攻撃を何度も耐えしのいだけれども、魔王が隠していた最終奥義で、ヘリオスを守るように砕けたのだ。

だから、ジーナが生きているわけが、ない。

その事実はあまりにもはっきりしていて、ヘリオス自身もわかっている。

だというのにどうして、心の理性的じゃない部分が、こんなにも、ジーナは生きていて、助けに駆け付けてくれた、と思うのだろう……

ヘリオスが黙ると、リリーシャを含めて、シンディもウテナも、彼を抱きしめて来る。


「私達が駆けつける前に、あなたは走馬灯を見たのですよ、そうに違いありませんから」


リリーシャがいたわるような声で言う。そうだとは思う、だが、だが。


「ジーナが、確かにあそこにいたんだ」


そして、婚約者が、どういう方法を使って生き延びたのかはわからないけれども、生きているなら答えは一つ。


「リリーシャ姫。僕は、あなたと結婚できない」


「……え?」


「僕の婚約者はジーナであって、リリーシャ姫ではない。元々リリーシャ姫との結婚は、王からの褒美とされていた。だが、婚約者が生きているのに、あなたと結婚する不誠実なクズにはなれない」


「そんなっ」


思ってもみなかったという反応をするリリーシャ姫。確かに、魔王のしもべの処刑を見届けたのち、超特急で王都に戻り、そのまま婚礼の儀式が行われるはずだったのだから、相当な衝撃であるのは間違いない。


「それに、ジーナは、ジーナと僕は、聖剣の鞘と勇者、切っても切れない、つながりがある。だから、わかる。いいや、分かってしまった。彼女が死んだのならば、僕ははっきりとそうだとわかるという事を。そして僕が死んだと思えない以上、彼女は生きているんだ」


「ば、馬鹿な事を言わないでちょうだい、ヘリオス!!」


「そうだよ!! リリーシャ姫との結婚がなくなったら、私達も側室になれないでしょう!!」


「……もともと、僕はたった一人の人を、一番大事にしたいんだ。君たち全員を平等に愛する事なんてできない」


そして。ヘリオスは、彼女たちが呆然とする事を言い放ったのである。


「僕が世界で一番大事にしたい相手は、たった一人。僕の外付けの良心であり、僕の半身ともいえる、ジーナだけなんだ」


その部屋は沈黙に満ちた。三人の美女たちは想定外の事に絶句し、ヘリオスはもう譲らないと決めている。

ヘリオスはさらに続けた。


「そうとわかれば、国王陛下に、至急手紙を送らなければ。無論直接の謝罪もするし、君たちへの償いもする。だがジーナが生きている以上、君たちとそう言う仲にはなれない」


それを聞き、三人の美女たちは、各々涙を流し始めた。

美女の涙は美しいのに、ヘリオスは、どうしても、どうしたってほだされない。


「もともと国王陛下は、リリーシャ姫との婚儀にたいして、思う事があったご様子だったし、僕の我儘を聞いてくださるだろう」


「いやです!! 私はあなたの妻になりたいです!」


リリーシャ姫が泣きながら言う。だがヘリオスは優しい瞳で、でも譲らない。


「ジーナがいるのに、あなたは僕の妻にはなれない。だって」


彼は一呼吸してから、こう告げた。


「君たちが、慕っている勇者ヘリオスを作ってくれたのは、ジーナなんだから」






「勇者様!! お体は大丈夫でしょうか?」


ヘリオスが特別病室を後にして、通路を歩いていると、彼を見かけた尼僧が話しかけてきた。


「ありがとう、もうすっかり良くなったよ」


「それはよかった! ……ですが、私達には恐ろしいと思う事があるのです」


「恐ろしいと思う事?」


「はい! 実は、魔王のしもべが、あの魔性の軍隊を呼んだのだろうと皆噂しているのですが……魔王のしもべは、まだ生きているのです!! ああ、また魔性の軍隊が来たらどうしましょう!!」


身を震わせて怯える尼僧。突如襲ってくる魔性の軍隊など、恐ろしい以外の何物でもないだろう。

事実であり真実だ。魔性の軍団はそれほど恐ろしい。

一般的な人間をはるかにしのぐものを持つ魔性という物は、まさに、人間の勇者たちでなければ倒せないと言われる理由が明らかなのだ。


「それにしても、……まさかジルダさんが、ジルダさんが」


尼僧はそう言って悲しげな顔になった。ジルダとは聞き覚えのない名前であるけれども、大切なジーナの名前に似ている。

そのためヘリオスは少し親近感を抱き、問いかけた。


「そのジルダという人がどうしたのですか?」


「ジルダさんは、実は魔性に魂を食べられてしまって、体を乗っ取られた女性だったのです……魔王のしもべと手を組み、このダズエルに、魔性の軍団を呼び入れる準備をしていたのだと、リリーシャ聖姫様たちが教えてくださいました。でも、でも……」


尼僧はそう言って考え込む様子になる。何かあるらしい、と嫌でも感じ取れる挙動だ。

そのためヘリオスは問いかけた。


「何か考えるところがおありの様ですね」


「……ええ、まあ。ジルダさんは、いつだって仕事にきちんと向き合い、丁寧に仕事をこなし、時に困った人を助け、手伝い、とても魔性がジルダさんを演じていたとは思えない、善良な女性だったのです」


「しかし……魂を食べられて、体を乗っ取られていたと?」


「聖姫様が嘘をおっしゃる理由がわかりませんわ、きっと事実なのでしょう……でも、ジルダさんに助けられた人というのが、いるのです。それに、ジルダさんが、襲って来た魔性の軍団の長らしき牛の魔人から、ヘリオス様、あなたを庇って立っていた、という光景を見た町民もある程度いて……聖姫様や魔導士様、剣聖様たちは、そんなのは形勢が不利になったから、生き延びるためにこざかしい事をしたのだ、と言っておられますが……」


「何かが違うと、尼僧殿は思うのですね」


ヘリオスの言葉に、尼僧は頷いた。


「はい! だって、勇者様、あなたが倒れ伏し、絶体絶命で、それは明らかに魔性たちにとって有利な状況であったはず。その状況で、勇者様を倒そうとするならまだしも、勇者様を庇い、時間稼ぎのように対話をするというのは、あまりにも、合わないのです」


「……その、ジルダという女性は今、どこにいるのでしょう。お話が出来れば、何かリリーシャ姫たちの勘違いもしくは、見間違いという事も」


ヘリオスの言葉に、尼僧は顔を曇らせた。

そして口ごもった後、実に言いづらそうに続けたのだ。


「今、ジルダさんと、魔王のしもべは同じ牢屋に入れられています。それは……肉奪いの牢とダズエルで呼ばれている、呪われた牢屋です……」


肉奪いの牢。聞きなれない名前だが、いかにも禍々しく、おぞましい響きのようにヘリオスには思えた。


「そこは一体どのような呪いがかけられている牢屋なのですか?」


「数日そこに魔性を閉じ込めておくと、魔性が必ず骨だけになる、という恐ろしい呪いがかけられている牢屋です。魔王のしもべも、ジルダさんも、もはや魔性になり果てた存在である、ならばその牢屋で骨になるのを待った方が、戦わずして勝利できるという事で、網に捕らえられてつれていかれました……」


「すみません、お時間があったら、そこに案内していただけませんか」


ヘリオスの言葉に、尼僧はじいっとヘリオスを見てから、ため息をついてこう続けた。


「明日にしてくださいませ、勇者様。勇者様は激戦で体が弱っております。そのような状態で、おぞましい呪いが充満する牢屋に、いくらなんでも連れていけませんもの」


「……すみませんね……」


数日ののちに骨になる呪いがかけられているのならば、きっと魔性ではなかったら、骨にならずに済むのだろう。ヘリオスは尼僧の言葉からそう判断し、息を一つ吐き出した。

やる事はいくつかある。その中でも、婚礼の中止は、特に大きな問題に違いなかった。

だがリリーシャ姫の父国王も、勇者と聖剣の鞘の重要なつながりや関係性を知っているため、聖剣の鞘が生きているならば、結婚できないという勇者の考えを、頭ごなしに否定はしないだろう、と判断したのだった。


「その事情は分かりました、あと一つだけお伺いしてもいいでしょうか?」


「はい、私が答えられる事だったら喜んで。勇者様とお話したというので、皆に自慢できますし」


そういってころころと笑う尼僧は、やはり善良なジルダの事が気がかりなのか、顔は少し暗く見えた。無理をして笑っている、という風にヘリオスには感じ取れた。

そんな彼女に、ヘリオスは穏やかな声を意識して、こう問いかけた。


「一番、王都に早く手紙を送れるのは、このダズエルではどこでしょうか?」


「それなら、間違いなくこの医療院の速達部門です! 治療には迅速な情報が必要とされていますから、医療院は何処も一級の速達係がいるのですよ」


「それはありがたいですね、使わせていただいても、問題はなさそうですか」


「ダズエルをすくった勇者様を、断るなんて事を誰もしませんよ」


ヘリオスは、その言葉を聞いて少しいぶかった。


「ダズエルを救った……?」


「はい! 勇者様が、魔性の長が撤退するほど戦ったから、魔性の軍団も撤退したと、聖姫様や魔導士様、剣聖様がおっしゃっておいででしたから!」


違う、とヘリオスは言いかけて、何がどうして、仲間たちがそんな嘘をついたのか、と考え始めた。

明らかに、あの時、自分は倒れて役に立たない状態で、そして何か圧倒的な力を持った存在が、ジーナと、そして結果的に自分を助けて、あの牛の頭の魔人を叩きのめしたはずなのだ。

それが秘密にされる理由とはいったい何なのだろう……?

よく分からない情報の勘違いが起きているのか、それとも恣意的に何かがゆがめられているのか。

よく分からない寒気がしつつも、ヘリオスは尼僧の案内で、速やかに王宮の国王あてに手紙をしたため、一番速く、どの速達よりも早く送ってほしい、としっかり言って、速達のための担当に、その手紙を預けたのだった。




手紙をしたためるという行動と、そして無理をして長い通路を歩いていた事がたたったのか、それとも思った以上に彼の体は牛の魔人の攻撃で損傷した後だったのか、ヘリオスは元居た特別病室に戻ろうとする途中、目を回して座り込んでしまった。


「……うう」


目が回り、ぐるぐると世界が回り、足元がふわふわとおぼつかなく、そしてこの感じは怪我の結果の発熱の状態である。

今までの長い旅路の間は、常に癒しの力を持つあれこれを着用していたため、これしきの事で、こんな風に座り込む事などなかったが、まさに自分は、装備品におんぶにだっこの状態だったのだろう、とヘリオスは苦く笑いたかった。

笑う体力もなかったのだったが。

どっと襲い来る疲労感に目を閉じる。そのまま意識が、暗く染まっていった。



耳に響き渡る何か大規模な喧噪の音。それらに混じる魔力の放出の響き。明らかに異常事態だ、とヘリオスの感覚が訴えて来て、彼はそこから飛び起きた。

反射的に腰の神剣を掴もうとして、手が空を切る。ジーナの心臓はここにはないのだ、と一瞬だけ寝ぼけたヘリオスの頭が、即座に怒鳴り散らす。

通路の柱の陰にもたれかかり、目を閉じていたヘリオスに、走り逃げ惑う人々は誰も気付かない様子で、彼等は悲鳴を上げている。


「魔性の軍団だ!」


「どうして!! こちらには勇者様たちがいるのに、どうして立て続けにここに攻めてくるの!!」


「外壁が破られた!! いかなる石巨人たちも通さなかったダズエルの外壁が!!」


「こんな時に、勇者様はどちらに!!」


「お仲間たちもいらっしゃらない!!」


「まって、まさか婚礼のために帰ったとか言わないですよね!!」


「死にたくない、誰か助けて!!」


「聖なる印がある建物に逃げ込め!! さすがにそこにまで魔性たちは来ないはずだ!!」


その言葉たちが頭に巡り、ヘリオスは目を見開き立ちあがった。魔性の軍団が撤退したのは昨日の昼頃で、今は夕暮れに近いはずだ。

魔王から取り戻した空の色で判断する。ヘリオスは人々の走る方角とは逆を目指し、そして目立たないように走り出した。

再び襲って来た魔性たちは、戦う力もすべもない、抵抗の手段を持ち合わせていない町の人々を思いのままに殺しまわり、血まみれで猛っている。数多の悲鳴、あまりにも多すぎる苦痛の叫びに恐怖の声、それらを聞くだけで頭がおかしくなりそうな物がそこには広がっており、ヘリオスは耳をふさぎたくなった。

だが自分は勇者だ。彼等を助ける事が役割だ。

だが、剣がない。戦うための武器がどこにもないのだ。


だれか、だれか、武器になるもの貸してくれ!! ジーナの心臓が見つからないままなのだ!!


ヘリオスは誰彼構わずそう言いたかったが、そんなに都合よく武器が落ちているわけもない。

しかし、自分は勇者の肩書を持つ、戦いに身を投じる役割を持った男なのだ。

何としてでも、魔性たちの軍団を、町から追い出す事に死力を尽くさなければならない。


『勇者は旗頭なんだよ。勇者が折れたら誰も立てなくなる。ヘリオス、だから絶対に、私は折れないから、あなたも折れないで』


走りながら、遠い昔に、言われた言葉が頭の中に蘇る。それはジーナが、出会ってすぐに、まずはお互いを知ろう、という神殿の判断で二人きり、庭園を歩かされた時の事だ。

見目だけはいい、整った顔立ちのヘリオスを見て、目を丸くして頬を染めた、普通の、飽きるほど見てきた反応のジーナを見て、最初はこの女も同じなのだ、とヘリオスが思った矢先の事だった。

聖剣と勇者のあれこれを話していた時、ヘリオスは問いかけたのだ。


「聖剣がつかえなくても、勇者と呼ぶにふさわしい心の人はいくらでもいるのに、どうして彼等を重んじないのだろうか。君はどう思う?」


意地悪な問いかけである、聞けばこの少女は、あまり恵まれない育ちをしていて、世界の事もあまり詳しくないし、神殿に見いだされてからはかなり訓練漬けで、しかし訓練の中で突出した物を発揮できなかった“出来損ない”だという。

そんな少女に、こんな事を言ってどうする、と思う自分と、こんな少女と婚約する事がどうしようもなく嫌で、厭味にいじわるな事を言ったつもりだったのだ。

彼女は聖剣の鞘である。彼女の胸に宿る聖なる印が、自分の右手に浮かび上がる印と同じだから、彼女こそ自分が振るう聖剣の持ち主だとわかっても、あまり仲良くしたくなかった。

ヘリオスは自分の見目の良さや、求められている振る舞いを知っていて、それらを貫くためには、何か素敵なご褒美が欲しいと思っている、普通の少年だったのだ。

あの時は幼過ぎた、とヘリオスは反省していたが、彼女は平凡な顔で、じっとヘリオスを見て、そう言ったのだ。


絶対に私は折れないから、あなたも折れないで。


それは、ヘリオスの肩にのしかかる数多の重圧の事を示しているようにも、これから始まる過酷極まりない戦いの旅が、終わらなくても諦めないで、と言うかのような言葉で、そしてヘリオスが恥ずかしいと思うほど、勇者の考え方だったのだ。

あの時、硬直してしまったのだ。彼女の覚悟が、見えたから。

彼女の方がきっと色々な物がのしかかってきて、重たくてたまらないはずで、ただの少女だった彼女の方が、恐ろしいはずで、そして聖剣の鞘である以上、自分の心臓を聖剣とし戦う恐怖は、並の物ではないはずで。

しかし、彼女は勇者は旗頭で、それを最後まで支える、と言外に言っていたのだ。

それだけの覚悟が、果たして自分の中にあったか。ヘリオスは考え、そしてないという事実に言葉を失ったのだ。

彼女は間違いなく、ヘリオス以上に“勇者の心”を持っていたのだ。

そして、見た目云々などどうでもよく、この言葉を聞いた時の頼もしさに加えて、ヘリオスは自分が恥ずかしくなったのだ。

彼女の隣に立つのに、あまりにも自分は心構えがなっていない。

彼女位勇者でなければ、“真の勇者”と呼べる存在にはなれない。

そして何より、彼女の隣に並ぶ事が、どうしようもなく恥ずかしかった。

彼女は聖剣の鞘として運命に選ばれているのは、間違いない。

でも、割を食った運命で、ヘリオスのように崇め奉られる事などほとんどない立場で、でも、勇者を支える言葉を知っていた。

ゆえに、立ち止まったまま動けなくなった自分を、不思議そうに見つめて来る彼女に、ヘリオスは誓ったのだ。


「君に似合う、一番素晴らしい勇者になるから」


折れたりしないで、そばにいてください。




思えばあの時、ヘリオスの心は、ジーナに預けられたのだ。

ヘリオスは、どこかに使えそうな武器がないかを探しながら、人々とは逆の方に進み、そして何も見つからないから、舌打ちをして……近くで悲鳴が響き渡ったため、そちらに目を向けた。

そこでは、子供たちが鎧の魔性に切りつけられそうになり、必死に逃げまどっている様子だった。

数人の子供が倒れている。ヘリオスはその時、ふと、ジーナだったらどうするか、と思ってしまった。

ジーナだったら、なりふり構わずに、あの間に割って入って、起死回生の一手を取る。

勇者とは最後まで希望を失わない存在であるべきで、たとえ武器がなくても、己の魔術で道を切り開く存在だ。

ジーナに恥ずかしくて顔向けできない人間にはなれない。たとえ黄泉の果てで再会したとしてもだ! 

ヘリオスはそう思い、全力で走り、魔術の言葉を唱えて、思い切り強く、凍結系の魔術を、その鎧の魔性たちに叩き込んだ。

鎧の魔性は元々、凍結系にも燃焼系にも耐性がある。だがある程度の動きは封じられる。その間に子供たちを聖なる印がある建物に走らせる。

ヘリオスの頭はそう計算し、子供たちを見て怒鳴る。


「聖なる印がある建物に、早く走って!!」


「は、はい……!!」


子供たちが、仲間を連れて走っていく。あちらは寺院の聖堂で、聖なる印は間違いなく描かれているべき場所だ。

そこは、今きっと、人々が押しかけ、すごい人口密度かもしれないが、行かないよりはましだと思えた。

ヘリオスは凍結系の魔術で、動きが鈍くなったその鎧の魔性を蹴飛ばし、その手から剣を奪い取り、勢いよく一刀両断した。

じじじじ、と嫌な音を立てて、剣の柄が煙を上げているのは、聖なる勇者と魔性の剣は相反するものだからかもしれない。

だが他に武器がない。落ちてもいないし、寺院の武器庫など場所がわからない。

だから今は、これしかない。

ジーナの神剣もない、戦うにはこれだけだ。

それゆえに、ヘリオスは、魔性たちを睨み、魔性の剣を握る自身の右腕に、何か得体のしれないオーラが巻き付きだすのも無視して、魔性たちに向って行ったのだった。





「まったく、あの死にぞこないったら、どこまで行ってもしぶといったらありゃしないわ」


機嫌が悪い、という顔で言うウテナ。彼女は苛立った顔を隠さず、仲間たちを見やった。


「あの状況下で、よくまあ脱走する根性があったものですよ」


苦々しいという表情をして、シンディが空っぽの牢を眺めて、探索魔法で何か出てこないか調べている。

彼女たちは、今、魔王のしもべとジーナを放り込んだ呪いの牢屋に来ていた。

呪いの効果が出るまで数日はかかる、という事だったが、彼女たちはジーナがどういう条件で生き延びたかはわからない物の、魔性ではない事を誰よりも知っていた。

そのため、ジーナが数日たっても生きていたら、自分達の判断が間違いだったとダズエルの住人たちにも知られ、結果ジーナ生存をヘリオスに知られると考えたのだ。

魔王のしもべは弱体化もしくは衰弱するだろうが、ジーナは人間の割にしぶといというか、訓練の結果しぶとくなったというべきか、とにかく一般市民というには間違いがある位には頑丈なのだ。そして根性もあるし、身体的耐久性で言えば、剣聖のウテナを超えるものが実際にはある。

だが、一日飲み食いさせず、牢屋にぶち込めば弱るだろうし、何も反撃できずに、今度こそ殺せる、と彼女たちは判断していたのだ。

魔王のしもべと何かのつながりがあるのは間違いなく、いざとなれば魔王のしもべが、愛する魔性を楽にするために、手をかけたのだとでも言えば、“魂を食らう女の魔性”が偽りの情報であると知らないダズエルの住人達も、無論ヘリオスも信じさせる事が出来るだろう、と彼女たちは想定したのだ。

それはある意味世界だろう。彼女たちが嘘を言ってまで、聖剣の鞘であるジーナを殺したい理由など、ダズエルの住人には全く分からないのだから。

そしてヘリオス自身にも、気付かせないでいる自信が彼女たちにはあった。

そのため、呪われた牢屋に来たものの……彼女たちを待っていたのは、空っぽで、どこにも逃げ出す場所のない牢屋だった。

唯一の出入り口である鉄格子は壊された形跡もなく、何かの魔法が使われたのか、とシンディが調べても、結果は白という状態。

だがここから、彼女と魔王のしもべが逃げ出したのだという事は明白な事実であり、リリーシャたちは苦い顔をしたのだ。


「この状態からどうやって逃げ出すというのです」


「今調べているけれど、魔法的な技術はないはず。あるなら……どっちかが、優秀な鍵開けの才能を持っていたという事になるわ」


「ジーナは器用だったよ。これ位の錠前を開ける事も出来たかも」


ウテナが錠前が頑丈だが、割と古典的である事を指摘する。リリーシャは聖姫の振る舞いに似合わない舌打ちをし、シンディは持っていた杖の先を石の床にたたきつける。

どちらも相当に苛立っていた。


「……とにかく、まずは二人が逃げ出した事を、急いで伝えなければ。魔性の軍団を引き寄せるとでも言えば、追手をつけられます。……ただ、死んだ事を目の前で確認しなければならないので、生きたまま捕獲して、と指定する必要がありますけれど」


「まったく、何て言う生きぎたなさなんだろう。魔王の居城で死んでくれてありがたかったのに」


「そうですよ。あそこで綺麗に終わってくれれば、こんな事しなくて済んだのに」


彼女たちがそう言って、数分これからの事を話し合い、牢屋の在る地下から上がってきた時だ。

彼女たちが目にしたのは、ダズエルの外壁を叩き壊し、数多の魔性が再び、無辜の民を襲いだす光景だった。


「! 信じられない! 撤退してすぐに来るわけ!」


ウテナはそう言い、近くにいた魔性を剣で切り捨て、襲われた人を助ける。


「いよいよ、普通では考えられない事が起きているという事になりますね」


魔術を精密に計算し、魔性だけを攻撃するように指定して、高温の火球を叩き込むシンディ。

リリーシャは神へ祈りを捧げ、彼女たちの能力が底上げされるようにする。

さらにできる限りの結界を張り、人々を守れるようにする。

彼女たちは、ジーナに対する扱いは悪いが、勇者の仲間であり、無辜の民が悪戯に殺される事を、喜ぶ人間でも、見捨てる人間でもなかった。

自分達の恋敵で、どうしたってかなわない部分が出てきてしまうジーナだけが、彼女たちにとって憎たらしく忌々しい相手であるだけなのだ。

そして、彼女たちの行動で、人々は勇者の仲間の美姫たちが、自分達を助けてくれると感じ取り、我先に、結界の中に入りだす。

ウテナは剣をふるい続け、シンディは魔法を行使し続ける。


「雑魚を切っても切ってもきりがないよ!!」


「リリーシャ姫!! 最も魔性の気配が強い場所は何処!! そこを叩く!」


「……見えました!! 寺院に近い広場です!!」


「分かった!! リリーシャ姫、あなたは遠方から援護して!! 魂の炎が揺らいだら回復お願い!!」


「あなたも死なないでね、リリーシャ姫!」


そう言って、。ウテナとシンディが走り出す。リリーシャ姫は深く集中し、神への祈りを純化させ、結界の強度を上げ、範囲を広くする。

生中な魔性は、これでリリーシャの結界には近寄れず、入る事など到底できない状態になったのだった。




「どんだけ多いのよ!」


ウテナは疲労が見え始めた顔で言う。同じように、いいやそれ以上に疲労した顔で、シンディが答えた。


「系統が違うわ。昨日来た魔性たちは、息系統を操るやつが多かった、でもこの魔性たちは、武器を操るやつばっかり! あしらいにくいったらありゃしない!」


それは事実だった。昨日ダズエルを襲った魔性たちは、武器を持つ数以上に、炎の息や氷の息と言った、息の全体攻撃を得意とする魔性が多く、その息を減退もしくは無効か出来れば、かなり勝率が上がる魔性だった。

だが今襲ってきている魔性のかなりの割合が、武器を持ち、ウテナやシンディにとって相性が悪い魔性だった。


「リリーシャ姫を連れてくればよかった!」


「駄目よ、リリーシャ姫には人々を守ってもらわなくちゃ! でも結界を使える彼女の方が、相性がいいのは事実ね!」


言いつつ、二人も魔性の血まみれ、魔性の灰まみれで進む。

そしてやっと、息も絶え絶えになる頃、彼女たちは、それを見たのだ。


「……へりおす……?」


視線の先で、一人の青年が、魔性の長らしき、見ただけで戦慄が走る、甲冑の魔性と切りあっていた。

その魔性は、腕が四本あり、それらが皆、恐ろしい速度で青年を切り殺そうと向かっている。

対する青年は、ずたぼろのあり様で、しかし瞳だけは爛々と燃え上がり、月明かりの中その瞳の金色が、暴力的な程輝き、闘志は全く衰える気配を見せない。

周りには、数多の魔性が切り裂かれて死骸をさらしている。

それだけならまだしも、彼女たちは言葉が出てこないし、動く事も出来なかった。


「……」


「…………」


彼女たちの視線の先にいる青年は、まごう事なくヘリオスその人で、しかし、彼の右手が握る剣は、彼女たちも見知った聖剣でも神剣でもなかった。

その剣は、夕暮れの光の中、異様な程赤く光り、たらたらと紫の混じる液をこぼしている。

その液体が地面に落ちると、じゅうじゅうと地面が溶け、煙を上げていた。毒性のある何かなのだという事が、よく分かる状態だ。

何より恐ろしいのは、その液体が飛び散り、自分の顔にもしぶきがかかるのに、ヘリオスの攻撃に、手心が一切加わらない事だ。

それどころか、どんどん、彼の剣の動きがさえわたり、魔性の長が圧されていく。

魔性の長は、こんな事は想定外だったのか、徐々に、剣筋がぶれていく。

だが。

じゅっ! という音とともに、ヘリオスがうめき、跳び退った。


「ヘリオス!!」


「目に入ったんだわ! ヘリオス!! 聖水よ!」


跳び退ったヘリオスが、頭をぶんぶんと振る。煙が上がっているのは、彼の片目がある側で、何が起きたのか、見る事になっていた二人には明白だった。

ウテナが、懐から聖水の瓶を取って投げつける。ヘリオスは魔性の長と距離を置き、その聖水を、液体のかかった側にかけ……それがいけなかった。

明らかな隙に、魔性の長がこれを契機だと襲い掛かってきたのだ。


「ヘリオス!! 危ない!」


ウテナが前に出る。だが魔性の長は、剣聖とまで言われる腕前のウテナを、横凪に薙ぎ払う動き一つで、相当な距離に吹っ飛ばし、寺院の石の柱に叩きつけた。

背骨と後頭部を打ち付けたウテナが、うめいて動けなくなる。


「火球よ!!」


シンディが叫び、魔性の長に火球を打ち込む。

効果があれば、絶大であろう超高温の火球はしかし、甲冑の魔性の甲冑を撫でるように滑り、とっさに減退魔法を自分にかけたシンディにはじき返される。

減退したとしても相当な高温であるそれをまともにくらい、シンディは気を失った。

二人の仲間が倒れ、ヘリオスも片目がまともに機能しない状態になり、絶体絶命のその時。

なにか、が起きたのだ。

ダズエルの石畳の地面がかすかにがたがたと揺れ、つなぎ目に淡い白い、まるで月明かりのような光が走り出し、何かの線を描いたのだ。

それが何か、きちんと見られた人間はあまりいない。

いたとしてもそれは、死に物狂いで、寺院の鐘楼に昇った数名だ。

彼等は町を信じられないほどの勢いで走る線が、描くものに目を見開き、奇跡に似た物を目撃した事になる。

そして。

その線が全てつながった時、魔性たちは、つぎつぎに光の柱に貫かれ、塵芥と化したのだ。


「す、すごい……」


「勇者様のお力はすごいんだ!!」


「また勇者様がダズエルを救ってくださった!!」


「勇者様、万歳!!」


「ヘリオス様、万歳!!」


瞬時に似た速度で魔性たちは消滅し、ヘリオスと相対していた魔性も光に貫かれ、がしゃんという金属音を立てて倒れ伏し、他の魔性と同じように、塵芥とかしたのだった。

町の中で響き渡ったのは、勇者ヘリオスの軌跡をたたえる声だった。






そんな歓声が響き渡る中、町の外側の、地下水路の点検用の入り口が、小さな音を立てて、さび付いた金網が、開いた事には、誰も気付く事はなかった。

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