九話
視線の先で、一人の青年が、魔性の長らしき、見ただけで戦慄が走る、甲冑の魔性と切りあっていた。
その魔性は、腕が四本あり、それらが皆、恐ろしい速度で青年を切り殺そうと向かっている。
対する青年は、ずたぼろのあり様で、しかし瞳だけは爛々と燃え上がり、月明かりの中その瞳の金色が、暴力的な程輝き、闘志は全く衰える気配を見せない。
周りには、数多の魔性が切り裂かれて死骸をさらしている。
それだけならまだしも、彼女たちは言葉が出てこないし、動く事も出来なかった。
「……」
「…………」
彼女たちの視線の先にいる青年は、まごう事なくヘリオスその人で、しかし、彼の右手が握る剣は、彼女たちも見知った聖剣でも神剣でもなかった。
その剣は、夕暮れの光の中、異様な程赤く光り、たらたらと紫の混じる液をこぼしている。
その液体が地面に落ちると、じゅうじゅうと地面が溶け、煙を上げていた。毒性のある何かなのだという事が、よく分かる状態だ。
何より恐ろしいのは、その液体が飛び散り、自分の顔にもしぶきがかかるのに、ヘリオスの攻撃に、手心が一切加わらない事だ。
それどころか、どんどん、彼の剣の動きがさえわたり、魔性の長が圧されていく。
魔性の長は、こんな事は想定外だったのか、徐々に、剣筋がぶれていく。
だが。
じゅっ! という音とともに、ヘリオスがうめき、跳び退った。
「ヘリオス!!」
「目に入ったんだわ! ヘリオス!! 聖水よ!」
跳び退ったヘリオスが、頭をぶんぶんと振る。煙が上がっているのは、彼の片目がある側で、何が起きたのか、見る事になっていた二人には明白だった。
ウテナが、懐から聖水の瓶を取って投げつける。ヘリオスは魔性の長と距離を置き、その聖水を、液体のかかった側にかけ……それがいけなかった。
明らかな隙に、魔性の長がこれを契機だと襲い掛かってきたのだ。
「ヘリオス!! 危ない!」
ウテナが前に出る。だが魔性の長は、剣聖とまで言われる腕前のウテナを、横凪に薙ぎ払う動き一つで、相当な距離に吹っ飛ばし、寺院の石の柱に叩きつけた。
背骨と後頭部を打ち付けたウテナが、うめいて動けなくなる。
「火球よ!!」
シンディが叫び、魔性の長に火球を打ち込む。
効果があれば、絶大であろう超高温の火球はしかし、甲冑の魔性の甲冑を撫でるように滑り、とっさに減退魔法を自分にかけたシンディにはじき返される。
減退したとしても相当な高温であるそれをまともにくらい、シンディは気を失った。
二人の仲間が倒れ、ヘリオスも片目がまともに機能しない状態になり、絶体絶命のその時。
なにか、が起きたのだ。
ダズエルの石畳の地面がかすかにがたがたと揺れ、つなぎ目に淡い白い、まるで月明かりのような光が走り出し、何かの線を描いたのだ。
それが何か、きちんと見られた人間はあまりいない。
いたとしてもそれは、死に物狂いで、寺院の鐘楼に昇った数名だ。
彼等は町を信じられないほどの勢いで走る線が、描くものに目を見開き、奇跡に似た物を目撃した事になる。
そして。
その線が全てつながった時、魔性たちは、つぎつぎに光の柱に貫かれ、塵芥と化したのだ。
「す、すごい……」
「勇者様のお力はすごいんだ!!」
「また勇者様がダズエルを救ってくださった!!」
「勇者様、万歳!!」
「ヘリオス様、万歳!!」
瞬時に似た速度で魔性たちは消滅し、ヘリオスと相対していた魔性も光に貫かれ、がしゃんという金属音を立てて倒れ伏し、他の魔性と同じように、塵芥とかしたのだった。
町の中で響き渡ったのは、勇者ヘリオスの軌跡をたたえる声だった。
そんな歓声が響き渡る中、町の外側の、地下水路の点検用の入り口が、小さな音を立てて、さび付いた金網が、開いた事には、誰も気付く事はなかった。




