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一話

第一部の分割版です

胸の奥が痛い。いいや、痛いのは、痛いのは、私の本当に心臓なのだ。

何度も物理的に胸を襲う、この気を失う事も許してくれない激痛は、私の心臓……聖剣を、婚約者であり七人目の勇者であるヘリオスが、魔王に向って振り下ろしているからだ。

魔王の方もただ負ける事はないから、聖剣とぶつかり合うだろうし、その衝撃が、心臓の持ち主であり、鞘である私に襲ってきているのだ。


「っう……」


鞘の人間……つまり聖剣である心臓の持ち主が死ななければ、聖剣は折れない、という事はよく知られた話だけれど、聖剣が攻撃などに耐えられずに、折れたら、鞘の私は死ぬのだ。

私は勇者を見出す神殿で、何度も何度も言われてきた。

神官たちの言葉が、耳の奥に蘇ってくる。飽きるほど聞いた言葉たちだ。


「あなたが死んではなりません。死ねば聖剣は消滅し、聖剣をもつ勇者の死につながるからです。そして、魔王を倒す事が出来るのは、聖剣を持つ勇者とその加護を受けた仲間たちのみ。あなたは死んではならないのです」


「あなたはやすやすと死んではなりません。あなたが斃れるという事は、勇者が一人いなくなるという事なのですからね」


「勇者が魔王と戦うために、聖剣はなくてはならない武器。それの鞘であるという自覚を持ち、命を大事にしなさい」


生まれ故郷の村で、父親が誰かわからない、おそらく旅人だろうと言われて、つまはじきにされていた私にとって、私を見出した神殿の神官たちのいう事はとても大事だった。

だから、神殿で、血を吐くような訓練を受けて、今日、この日……魔王と勇者一行が戦う日を迎えたのだ。


聖剣を持った勇者。それこそ、魔王に侵略されたこの世界の希望だ。

勇者は聖なる光の力を持ち、自分と共鳴する聖剣を持つ事で、仲間たちに光の加護を与える事が出来るとされている。

勇者単体でも、並の人間とは思えない戦闘能力を持つけれど、聖剣を持った勇者というのは、もう、人間たちの希望の光になる位、強くなる。

その、勇者を支える、聖剣は、ただの刀剣じゃない。



聖剣は、鞘という特殊な体質の人間の、文字通り心臓なのだ。



勇者と鞘は深い関係があり、それはいまだ解明されていない謎だけれど、勇者の右手の痣と同じ痣を、胸に持つ人間の胸から、勇者が光の力で取り出した剣こそ、聖剣だ。

胸に意味深な痣がある人間は、発見次第、神殿が速やかに確保する事になっていて、同じ形の痣を持つ勇者を探しだし、聖剣を取り出す事が重要視される。

私が神殿に拾い上げられたのも、胸にそういう痣があったから。

月のものが来たその夜、胸に痣が浮かび上がり、それを見つけた村人たちが、報奨金欲しさに神殿に知らせた結果だ。

そして私は、自分が勇者の聖剣の鞘であると知らされて、己の胸から聖剣を取り出せる勇者を待ちながら、訓練を続ける生活になった。

聖剣の強度は、鞘の強度に比例する。鞘が病弱だったりすると、聖剣もまた折れやすい。

鞘が魔法に秀でていれば、聖剣は魔法の力を帯びるし、戦闘能力に優れていれば、時に勇者に助力する聖剣になるという。

そして強度も増すのだと。

だから私は、魔法の訓練も受けたし、戦いの訓練も受けた。でも。

魔法の才能も、戦いの才能も、私にはてんでなかった。

そんな私の聖剣の数少ない長所は、強靭性。私が歴代の鞘の中でも、特に耐久性に秀でた、頑丈極まりない鞘だから、聖剣もその特徴を継ぎ、並外れた耐久性の聖剣になった。

その耐久性の高さから、私の婚約者となった勇者ヘリオスは、他にも何人もいる勇者たちの中でも特別視されて、彼とその仲間こそ、魔王を倒す中心的存在になるだろう、と目されたのだ。

折れない聖剣というのは、他の特徴をしのぐほど、要になりうるのだ、と私はそれを聞き知った。

これまで何度も、勇者とその加護を受けた仲間たちと、鞘は魔王に挑んできた。

しかしそのたび、聖剣は折られ、勇者と加護を喪ったその仲間たちは、魔王とその配下たちに、殺されてきたのだ。

だから、人間たちは、各国の王は、なんとかして聖剣を強化し、魔王と戦っても折れない聖剣を求めてきた。

その条件を満たしたのが、私の心臓なのだ。

並の聖剣をはるかにしのぐ強靭性と耐久性。竜の牙に全力で噛みつかれても、刃こぼれ一つしない、あり得ないと言われるほどの頑丈な聖剣。

それが、私の、心臓でありヘリオスの聖剣なのだ。


「っ……う」


私は地響きを立てて揺れている、魔王の居城、古には天空の神々の神殿だった場所で、膝をつく。

胸が、いたくて、いたくて、涙がぼろぼろこぼれて、言葉なんて一個も出てこない。

そしてここには、それを見る仲間たちはいない。

ヘリオスはお人よしだから、私が痛みにうめいていたら、聖剣をふるえない。

だから、戦いになったら私はすぐに離脱して、聖剣との接続がぎりぎり可能な距離まで、退避する事が打ち合わせで決まっていた。

ここで私の想定外だったのは、彼の仲間たちの誰も、私を守るために一緒に退避してくれなかった事だった。

……まあ、知っている。ヘリオスは見目麗しい赤毛と金色の眼の男の人で、誰にでも親切で、笑顔が似合う人で、彼の仲間たちは、私を守るよりも、彼と戦う事を選びたくなってしまうのだ、という事くらいは。

それに、私は、彼の女の仲間たちから嫉妬されているって事も、分かっていた。

勇者と鞘は切っても切れない関係を持っているから、どうしたって特別な間柄になる。

そのため、勇者と鞘を婚約者として扱うのは、遠い昔に始まって以来、お約束になった。

その遠い昔からのお約束で、私というあまり見目の良くない奴が、誰からも愛されるヘリオスの婚約者になった事に対して、彼の仲間たちは嫉妬していた。


「……」


胸の痛みが一層ひどくなり、私は崩壊が進み始めた魔王の居城のとある広間で、倒れ込んでしまった。もう、立てない……。このまま崩壊する場所にいたら、きっと死んでしまうのに。

どうしても、足が動かない。体が起き上がろうとする事を、してくれない。

頭は必死に、立て、立て、と思うのに。

そこで、痛みとともに襲ってきたのは、彼の仲間たちが、私に敵意を持った視線を向ける光景だった。


『あんたなんかが、鞘ってだけでヘリオスの婚約者だなんて信じられない』


『ヘリオス様が魔王を倒したら、あなた、身を引いてくださる?』


『そうそう、ヘリオスにはあなたよりももっと相応しい……私達みたいな女性が隣に立つべきなの。あ、安心してね、魔王と戦う時は、ちゃあんと、あなたを戦場から遠くへ転移させてあげるから!』


ヘリオスの幼馴染の、神殿に来るまで支え合っていたという剣士のお嬢さん。

ヘリオスに魔王の牢獄から助けられた、聖なる大国のお姫様。

ヘリオスとともに訓練を受けた、魔法の卓越した貴族の女の子。

彼女たちとは、出来るだけ交流を持つようにしたけれど、ヘリオスの婚約者という肩書の結果か、彼女たちと仲良くなる事は叶わなかった。

そして、決戦前夜、ヘリオスが寝ている時に、彼女たちにそう言われて、私は何も言い返せないで、頷くしかなかった。

……ヘリオスに相応しくないなんて、自分が一番よく知っているよ。

だから、言い返せなかった。彼女たちはそれぞれ見目麗しくて、ヘリオスと並んだ時に、誰が彼の本命なんだって、からかわれる光景も、見慣れた物だったから。

胸が痛い、心臓があった場所がとてもとても痛い、涙も出なくなってきた、呼吸も辛いほど痛い、でも。


「聖剣が、折られるわけには、いかない……」


聖剣が折れたら、聖剣が宿す加護の力も失せる。それはすなわち、勇者の敗北だ。

倒れたまま、もう、立ち上がれないほど痛くてうずくまる私の耳にも、ヘリオスたちを送り出した後にやってきただろう、勇者援軍の声がかすかに……とてもかすかにだけど、聞こえている。

きっと彼等と合流できれば、守ってもらえるだろう。

でも、立てない。立つ事も出来ない。

心臓が取り出されて、剣として振るわれる痛みは、鞘にしかわからないモノで、理解してもらうことの難しい物だ。

でも、私が生きていれば、ヘリオスたちを守れる。

……何とかして、勇者援軍と合流しなくては。

私は何度も死に物狂いで息をして、立てないと悲鳴を上げる体に鞭打ち、全身の力を使って立ち上がる。立てた、なら、歩ける。

そう、思った矢先の事だった。


「……嘘……」


私が目にしたのは、魔王のいる場所への、最後の関門だったとある存在が、消滅せずにうずくまっている様だった。

その存在は、とても強くて、魔王と同じかそれ以上ってくらい、強いんじゃないかって思うほど強くて、その存在が地響きを立てて倒れた時、ヘリオスたちは満身創痍のぼろぼろのあり様だった。

死人が出なかったのが不思議なくらいの、痛めつけられ方だった。

だから急遽、ここでは使う予定のなかった精霊の涙という、最強の回復薬を使う事になったほどの強い相手だった。

私が一人で、どうにかできる相手じゃない。どうしよう、隠れる俊敏さなんて、今の私は持っていない。

その存在が、私を認識したら、きっと、殺される……!!

引きつって固まった私とは違い、その存在は、よろよろと立ち上がり、持っていた剣を支えに、ずるずると体を引きずって歩き出している。

私はその存在が進んでいく方向を目で追いかけて、はっとした。

そっちは、勇者援軍が進んでいるだろう、魔王の居城の正規ルートじゃないだろうか?

だめ、そっちに行かせたら、きっと満身創痍の状態でも、勇者援軍の方が、倒されてしまう!!

たとえ弱り切っていても、あの存在はそれをなしえてしまう、と思うほど、強かった。

迷う暇なんてなくて、私はありったけの力を振り絞り、叫んだ。


「そっちに行かないで!!」


ぴくり、とその存在が立ち止まる。

そしてのろのろとこちらを見て、その、目だし帽の中の緑の目が、私を映した気がした。

私は、必死に懐を探って、ありったけポケットを探って、一つの瓶を取り出して、それを相手へ突き出して、こう言った。


「そっちに行かないでいてくれたら、秘薬をあげる」


……本当は、私が死にかけた時に使うべき秘薬で、その時が来た時のために、大事にとっておいた飛び切りのもので、分かってる、敵に使う物じゃない。

でも、これ一つで、たくさんの勇者の命を結果的に助けられるなら、安い。


「そっちに、進まないで」


必死に喉と肺を動かして、やっとの思いで私がそう言うと、その存在は、のろりと方向を変えた。

だから、私は秘薬の瓶をぶん投げて、相手がそれを受け止めて、のそり、のろり、と勇者援軍が来るのとは違う方へ、進んでいくのを見送った。完全に、相手が背中を向けた時。

そこで、不意に。そう、とても唐突に、魔王の居城の崩壊が、加速した。

まるで、居城に流れていた魔力が全て、断ち切られたように。

その崩壊の速度はあまりにも早く、床はがたがたと揺れて立てなくなるし、私は足がもつれてまた床に強かに体を打ち付けた。


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