四話
理解したから、今この場で、魔王のしもべを裏切る事も出来なくて、相手の言葉に返事だけをして、私達は進み始めたのだった。
幸いな事なのか、道は一本で、脇道とかそういう物もない。ひたすら、魔王のしもべの手のひらの光を頼りに、進んでいく。
いったいどれくらい歩いただろう? 体感的に数時間も歩いている。魔王のしもべはその間一言も喋らない。私も、干からびた喉が痛くてあまり言葉を言いたくない。
先もわからない道は、唐突に終わって、私は目にした光景に、目を大きく見開いた。
そこは、水を貯めている貯水池のような見た目で、でもすっかり干上がっていた。
便宜上貯水池といいたくなるそこの中心には、錆び一つない剣がささり、それに、魔王のしもべの手のひらの光を反射して、怪しい紫と黒に輝く蔦状の植物が這っていたのだ。
そして剣がささっている床にも、その蔦状の植物はそこを埋めるように這いまわっていて、なんかこう言うと変だけれど、紫光りする黒い塊の様になっていた。
「もっと近づこう」
とても気になるから、私は魔王のしもべの腕を掴んで、先に歩き出す。
どんどんその蔦状植物に近付くと、剣がささる地面から、じわじわ、と水が出ていて、それが一瞬で、湧いたそばから植物に吸い込まれているという事も、見て取れた。
これは一体。
聖水を吸い込む植物なんて、今までの人生で聞いた事もないし、存在も知らなかったのに、その事実だけで、その蔦状植物が、とんでもなく禍々しいんじゃないか、という気がして来た。
「魔王の指、ダ」
何かよくわからない物だから考えていた私の背後で、魔王のしもべが、ぼそり、と記憶を掘り起こしたようにそれの名前を告げた。
「……魔王の指?」
「昔、そう呼ばれテいた。井戸ヲことごとく、涸ラすから」
それはきっと忌み嫌われた植物だったんだろうな、と口ぶりから察せられた。
そして、魔王のしもべがさっき言った事を組み合わせると、ある事実も予想できた。
「この草どうにかしたら、ダズエルに、魔性は来なくなる?」
「あァ」
「……んじゃあ、引きちぎろう」
そう言って私は、その蔦状植物を掴んだ。水を吸い込むし、黒くて紫光りしていて、堅そうな外見の割にとても柔らかい。
そして、ぶちぶちと引っこ抜いたりしていくと、剣が刺さった場所から、どんどん、水が広がっていくのだ。
これが結構面白い。
……聖水だから、魔王のしもべにとって嫌な物……だったりする?
はっと我に返って魔王のしもべを見やると、相手は疑問のある顔をしていた。
「ダズエルを助ケるのかい」
「ダズエルだから助けるんじゃなくてさ」
どうやら嫌がる様子はない。だったら抜こう。そう思いつつ、私は魔王のしもべの疑問に答えた。
「助けてくれた人達がいる。その人達を助けたい。つまりあなたと似たような結論」
「……!」
私の言葉が何に引っかかったのか、魔王のしもべは目を見開いた後、その、際立って透明度の高い翠の目を、緩めた。
「いっしょ、ダ。……手伝ウ。二人デ、やれバ早い」
「そうだね」
そこからはもう、延々とぶちぶち、魔王の指という蔦状植物を引っこ抜き、端っこに積み上げた。積み上げつつ気付いたのは、魔王の指が、魔王のしもべの光が近いと、瞬く間に干からびて、燃え上がって、消え去っていく事実だった。
「……あなたのその明かりの術を、一気に魔王の指に向けたら、あっという間じゃない?」
「……やって、ミよう」
私が指摘して、二人で、魔王の指が実際に燃え上がって消え去るのを、黙ってみた後、魔王のしもべは、手の中の光に、息をふうっと吹き込んだ。
息を吹き込まれて、風船みたい煮膨らんだ光のたまが、強く強く光りだして、そして、魔王の指はその光の強さに耐え切れなくなったのか、引っこ抜く作業が無駄だったと思うとんでもない速度で、燃え尽きて、消え去って行った。
「……」
「……っ、く、あっはっはっは!! わー、気付くのおそかった! 作業にかかった時間無駄だった!! あー、おかしい!! 笑える!!」
それが、笑い出したくなるくらいあっという間過ぎて、吹き出したら、笑いが止まらなくなって、私は喉が痛いのも忘れて笑い声をあげた。
そんな風に、笑い出したこっちを見て、びっくりした顔の魔王のしもべが、唇だけで、笑った。
優しい笑い方だった。
そしてさらにすごい事が起きて、結構な音を立てて、剣が刺さる場所から、聖水であろう水が、水路を満たそうというのか、一気にあふれて流れ出したのだ。
「飲むトいい。聖水ハ力がわく」
「うん。あー、一日と半分ぶりの水だ!!」
そういって喜んで、その水を飲むと、体中に染みわたって、歩いて疲れていたのとか、そんなのも一気に薄れて、がんばった甲斐が十分にあった、と思えた。
魔王のしもべも、手で水をすくって飲んでいる。
「聖水、飲んで、大丈夫なの?」
問いかけた後、あ、聞かない方がよかったかもしれない、と思ったのだけれど、魔王のしもべは頷いた。
「もう魔王ガ、いないカラ」
魔王がいないから、供給されていた魔王の闇の力がなくなったから、平気なのだろうな、きっと。
そういう風に納得して、さて、ここからどうする、と今後を聞こうと思って、私は気が付いた。
魔王のしもべと、この先も行動しようと思っている自分に。
偽りじゃなくて、一緒に行動する友達だと、自分の中に位置づけているという事実に。
……あー、あー。やっぱり、ルナさんの言う通り、情は移ってしまったのだ。
そりゃそうだ。穏やかで優しくて、命の危機に、約束だからと、自分の事も顧みずに助けてくれて、比べれば弱い私を、気遣ってくれる。
勇者の仲間の彼女たちよりも、ずっと普通の扱いをしてくれる相手を、毛嫌いしたり、出来るわけがなかったのだ。
情が移った。うん。もう情が移ったままでいい。もう、ちゃんと友達になろう。
そのためには。
「ねえ、これからの事を相談する前に。あなたの名前を教えて欲しい」
「……なゼ?」
「友達の名前を、知りたいと思ったから」
私がそう言うと、魔王のしもべはこぼれんばかりに目を見開いて、それから顔を覆って、数秒黙った後、手を離して、静かに、名乗ったのだった。
「私ノ名前は」
アフ・アリス




