一話
二章前編は分割版を先に掲載します。
「さっさと入れ」
冷たい声でそんな事を言われて、私はどんっと思い切り強く突き飛ばされたから、つんのめって膝を石で出来た床に思いきり打ち付けて、思った以上に痛くてうめいた。
さらに言えば、体中に絡みついている網が邪魔して、思うように動けないってのもある。
「うう……」
「まったく。雌の魔物ってのはおっかないなあ! それも人間にとりついて、魔王のしもべと手を組んで魔物を、このダズエルに引き入れる計画を立てていたなんてなあ!」
そういう町の衛兵の人は、私の反論する隙もなく、ぺっと唾を吐き、私が着ている服にそれがついた。
避けようにも避けられなかった。網が思い切り鬱陶しいのだ。
そしてげたげたと笑って、色んな意味で絶句している私のお腹を蹴飛ばして、さらにその空間の奥に行くように言って、がっちゃんと、思い切り音を立てて、その空間……牢屋の鉄格子の鍵を閉めて、足音高く、その衛兵は仲間とともに笑いながら去って行った。
「本当にバカな雌の魔物だよなあ!!」
「まったくだ!! まさか勇者を助けるふりまでしたとは演技派だ!」
「だがそんな演技で、勇者様のお仲間である、リリーシャ聖姫様や、シンディ魔術師殿、ウテナ剣聖を騙しとおせるわけもないのに!」
「きっと、形勢が不利になったあたりで、逃げる算段をつけるために、勇者様を庇うふりをしたのだろうが」
「本当に頭の悪い雌の魔物だ!! せっかく魔王の居城で、生贄の女性にとりついて、人間のふりをしたって言うのになあ!!」
そんな事を大声で言う声が徐々に遠ざかっていく。私は気休めにしかならないけれど、吐かれた唾を、その辺にあった……もう何のためにあったものなのか、考えたくない朽ち果てたぼろきれで拭った。
そういうのは、すごく気持ち悪いけれど、着替えとかは与えられないわけで、これから先、食べられる物が用意されるかもわからない。
まともな水さえ、用意される可能性は低いし、お便所の事は……そのあたりにある壺に、用をたせって事だ。
こんな扱いを受ける事になる日が来るとは、欠片も思わなかった。だから、まだ頭の一部が、現実を受けられないのか、少しぼんやりしている気がする。
私は、あっちこっち散々蹴り飛ばされたりしたから、じくじくと痛む体を庇いつつ、座り込んで、顔を覆った。
「女の嫉妬舐めてた……」
現状は、まさに女の嫉妬を舐めていた結果、私に降りかかってきた超弩級の災難と言っていいだろう。
……私としては、聖剣の鞘であるジーナが死んだ扱いになっていたから、勇者一行と歯他人のふりとかはできると思っていた。
というか、勇者の仲間の彼女たちも、私なんて知らないふり、混乱に巻き込まれたただの一般市民だと認識してくれるんじゃないかな、と希望的観測を持っていた。
だって私は、自分が本来勇者ヘリオスの正式な婚約者のジーナである、と誰にも言わないで、こそこそと地味に生活を続けていたのだから、彼女たちだって、私がもう、ヘリオスの婚約者という事を望んでいないで、平凡な平和な生活を望んでいるって、理解してくれると想像していたのだ。
その方が彼女たちにとっても都合がいいだろうとも、思っていた。
彼女たちは、皆、勇者ヘリオスを愛しているわけで、聖剣の鞘と勇者のお約束という事だけで、婚約者になっていた私なんて、いない方が都合がいいだろうと。
だから、知らぬ存ぜぬ彼女は一般市民、と扱ってくれると思っていた。
彼女たちだって、それなりの期間一緒に旅をして来た女の子を、殺してまで排除したりなんかしないだろう。
そういうものだと考えていた私の方が、考えが甘かったのか、それとも彼女たちにとって、私という“聖剣の鞘”とヘリオスとの間に、切っても切れない関係が残ってしまう事だけでもう、生きていて欲しくないほどの相手になってしまっていたのか。
蹴られまくって散々痛む体で、なんとか座り込んで思い出すのは、彼女たちが、魔王のしもべの前で、ぼろぼろ泣いている私に、各々の武器を構えて、なんとか大広場まで集まれた衛兵たちに、声高に言う光景だ。
理解不能の光景と言っていいだろう。
「とうとう尻尾を出しましたね!!」
リリーシャさんが、演技のような声で言った。大声で、誰にでも聞こえるような大声で、私を指さして、続ける。
「魔王の女配下!! 人間にとりつき、人間の魂を食らい、数多の悪事を行ってきたお前を、私達は内密に探してきたのですよ!!」
そんな話、どこかにあったっけ、と私は涙をこぼしつつ、それをぬぐいつつ、ちょっと他人事のように考えてしまった。
魔王は確かに数多の魔性を支配してきた強大な存在だったけれども、人間の魂を食べて乗っ取る配下なんて、どこの町でも聞いた事がないし、そういう魔性がいるという話を聞く事は、旅の間一度もなかった。
どういう理由で、なんでそんな、同じ旅路を歩いてきた私に回ってこなかった情報を、この場で声高に言うのだろう。
それもこの言い方だと、私がその恐ろしい魔王の女配下の様ではないか。
そんなのは絶対にありえない、と彼女たちの方がよく知っているはずなのに。
「魔王のしもべとともに、魔性たちをこのダズエルに引き入れ、人間たちが油断したすきを突き襲うなど、まさに悪!!」
「魔王のしもべもろとも、この場で倒されてくれない?」
「そもそも、魔王のしもべがこのダズエルに入った時点で、魔性たちの襲撃の計画はあったんでしょうね」
剣を構えて、舌なめずりせんばかりにこっちを見ているウテナさんの眼には、人間に向ける事のない、そういう殺意がこぼれんばかりで、冷静な風を装って、杖を構えて、いつでも何かしらの上位魔法を放てるように魔力を練っているシンディさんの目にも同じものがあった。
彼女たちは、明らかに私と、そして魔王のしもべを殺そうとしているとしか思えなくて……完全に私は固まり、魔王のしもべは何か考えている様子で、打開策なんか私達にはなかった。
でも、この時、打開策が思いつかなかった私達は、完全に背後に気が回ってなくて、前にいる彼女たちの方ばかり気にしていたから、反応がすごく遅れたのだ。
ばさっと、何かが上から迫ってきた、と思ったら、それは投げ網だったのだ。
「はっ!?」
「!」
ばさりとかけられて、身じろぎをしようとすると、網の口が閉じて、私と魔王のしもべは見事に網の中に囚われてしまった。
そしてその網を投げたのは、屈強な男たちで、どうもダズエル付近の大きな川で、漁をしている人たちだったらしい。
「へへっ、並の魔性でも早々破れねえ、うちらの特製の網だ!! そこで大人しくしていやがれ!!」
「聖姫様、魔術師殿、剣聖殿の手を煩わせるまでもねえ!」
「このまま町内を引きずり回しましょうぜ!!」
私と魔王のしもべが、なんとかお互いを押しつぶさないようにもがいている中で、漁師たちが自慢げにそう言い、リリーシャさんが仲間を見て、それから自分が癒しているヘリオスを見て、衛兵たちを見回した。
「いいえ、引きずり回して網がもしも破れては大変です。……確か、この町には呪われた牢屋がありましたよね?」
「は、はい」
「……前に聞いたかもしれないわ、確か数日で骨になる呪いがかかった牢屋でしょう」
呪われた牢屋、という話を聞いて食いついたのは、シンディさんで、それに衛兵たちも頷く。
私は初めて聞く牢屋だったから、もしかしたらダズエルの町民だったら当たり前の常識で、知らない人の方がいない牢屋だったのかもしれない。
「そこに入れましょう」
「……まあ、それでこいつらを確実に消滅させられるんだったら、切ったり焼いたりするよりも間違いがないわね」
ウテナさんが、そんな物騒な事を言って、でも剣を納めたりはしない。
「荷車を用意して、網に入れたまま運びましょう」
……そう言うわけで、私と魔王のしもべは網の中でもがきながら、荷車で牢屋まで運ばれて、網に入れられたまま、えっちらおっちら歩かされて、足が遅いと蹴飛ばされたり殴られたりしながら、その牢屋にぶち込まれたのだ。
ぶち込まれた衝撃で、網がほどけて、衛兵たちが去ってからやっと這い出せて、それだけは幸いだったけれど、現状はとても絶望的である。
「……だいジョうぶかい」
「私よりも、あんた散々蹴飛ばされて、鈍器で頭殴られてたけど」
「しょてデ ほのオデ あタまを やかレるよりは」
「……それを言っちゃあおしまいなんだけど」
魔王のしもべは、ゆっくりと網から這い出て、私の脇にしゃがみ込んで、問いかけて来る。
それに返答すると、反応に困る言葉が返ってきて、何とも言い難かった。
私はあたりを見回した。暗くてじめっとしていて、そして何よりかなり寒い。
地下に続く階段を、半ば落とされるような状態で降りてきた物だから、多少日当たりが悪いとか、湿気が多いとかは想定したけれど、その想定を軽く超えた場所だ。
とてつもなく、水っけが多い。
そんなここは、入った魔物が数日で骨になり果てる呪いがかけられた、恐ろしい牢屋なのだと衛兵たちは言っていた。
元々ここの建造物自体も、魔王が青空と星空を奪う前からあったという事だとも、衛兵たちは脅してきた。
つまりそれ位昔から、ここは呪われた場所なのだと言いたかったらしい。
「……ここ、数日で骨になる呪いがかかってるんだって」
「らしいナ」
「数日ここに、魔性を閉じ込めておくと、骨だけになるって……そんなよくできた、ご都合的な呪いって存在するわけ」
「トてもむずかシイが、やれル」
私があり得ない、という事を確認したくて口に出したのに、魔王のしもべはあちこちを見回しながら、出来るっちゃあできる、みたいな言い方をして来た。
やめてくれ。骨になる未来とか考えたくない。
いや、死んだ後土の中で骨になるのは自然の摂理、それに関しては怖くないけれども。
今はそれを考えるよりも、する事があるかもしれない。
私は、そう思いながら、やっとの事で立ち上がって、私の脇に座り込んであっちこっち見回す、魔王のしもべの頭に手をやった。
魔王のしもべは大人しくされるがままで、それ幸いと頭とかに怪我がないか、一応確認してみる。思った以上に魔王のしもべは頑丈なのか、頭部の傷はほとんど確認できなかった。
あれだけがんがん鈍器で、大事な頭を殴られていたのに。
私も人間の範疇の中では頑丈だけど、魔王のしもべはそれをはるかに上回って頑丈だと、また改めて思い知らされる。
これだけ頑丈だったら、呪い効かないんじゃないのか、と思うくらいには。
「あなたの頭、怪我も傷も腫れたところもない。でも脳みその損傷まではわからないけれど」
私がそう言うと、魔王のしもべが少し申し訳なさそうにこう言って来た。
「……きみのケがをかくにンシタいが、ふくノナカをのぞくのは、むりだ」
「私が散々やられたのは、服の下になる場所ばかりだから。大丈夫、受け身はとった」
実際はすごく痛いし、ちょっと無理な動きをしたらそれだけで、体が悲鳴を上げるけれど、やっぱり比較で行くと、魔王との決戦でヘリオスに、心臓である聖剣を振るわれた時が、頂点なので、何とも言えない。
私の痛覚の基準はたぶん、狂っていると思う。
体の骨は……折れていないと思う。
折れていたら流石に気付くはずだ。
そんな事を考えて、また座り込むと、魔王のしもべは周囲を見回して、床に指で何かをなぞっていた。
何か考えているのだろう。
「……私たちどうなるんだろう。まさか勇者を助けて、悪い奴ら扱いを受けるとは思わなかった」
「きみだケはそうはナらないと おもッたのに」
「一応死ぬ覚悟とかは、あの牛の魔性と向き合った時はあったけど、勇者の仲間に主犯格扱いを受けるとは考えなかった」
ここで私が、魔王のしもべと会話をしていても、誰も聞いていないから、私は声を潜める事無く喋る。
喋って少しくらいは気を紛らわせたかった。
それと同じくらいに、魔王のしもべも、私の事で気になる部分があったらしい。
こっちを、その透き通りすぎるほど澄んだ緑の目で見て、唇を開いたのだ。




